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第二部
58 完全勝利への道
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ちょっと決闘に夢中になっている内に、咲良がアマテラスに乗っ取られてしまった。えらいこっちゃ。
こういう可能性を想定していなかった訳じゃない。
魔王の欠片がアマテラスの封印に使えるかは賭けだったし、その封印がいつまで続くかは分からなかった。
抜本的な対策は無いか、考えているところだったのだ。
「八束。一時休戦だ」
『……』
「八束?」
通信の向こうの、八束の様子がおかしい。
『我が神はお怒りだ……我が生涯において一度たりとも敗北せずという誓願を、果たせなかったのだからな。イザナミは俺の霊力と生命を欲している』
雲海がコポコポと泡立ち、水面に渦が巻く。
渦から赤いケーブルが蛸の足のように伸び、イザナミの機体に絡み付く。
『引き分けでも、試合が無効になったとしても、イザナミには関係ない。そも古神は、霊力を食らって稼働する。乗り続けるからには、勝利して敵の霊力を奪わなければならないのだ。大海のような霊力を持つ貴様には、分からないだろうがな……』
古神が動力炉にくべている燃料は何か。
推測していなかった訳ではない。
だが、天照防衛特務機関で、そのようなリスクの説明を受けたことはない。
「小坂さん、八束の言ってる事は本当なのか?!」
『事実でありますが、通常は古神に乗る事により消費される霊力は僅かです。確かに乗り続けていれば霊力の上限は下がりますが、加齢による体力の衰えと同程度です』
アメノトリフネに通信で問い合わせると、技師の小坂さんが説明してくれた。
『ふっ。その小僧は無理をしてイザナミに乗っているのだよ』
薄紫のツクヨミの機体から、咲良を乗っ取ったアマテラスの声が付け加える。
『イザナミは、本来、常夜の姫巫女の機体だろう。乗りこなすために、そやつは無理に古神との同調率を上げているのだ。赤い瞳が焼け付くほどに。同調率を上げれば上げるほど、人は霊力を消耗する。それは寿命を削ることになる』
八束が、アマテラスの指摘に『さすが神なる者はお見通しか』と苦笑した。
雲海に引きずりこまれていくイザナミの機体。
脱出しようとしない八束。もしかして、ハッチが開かないのか。スサノオが暴走した時のように、古神が勝手に動いてる?
『そやつはもう終わりぞ。自ら破滅を招いたのだ』
「咲良、じゃなくてアマテラス!」
『なんじゃ騒々しい。小僧なぞ放っておけ、響矢。それよりも私との再会を祝っておくれ』
上機嫌にささやくアマテラス。咲良を返してくれるなら、安心して会話を楽しめるのだが。
俺は咲良の意識がどうなっているか気になっていたが、今は眼前で雲海に沈もうとしているイザナミの機体の方が問題だった。
「アマテラス、八束を救う方法はないか?」
『!!』
そう言った途端、オープンチャンネルを通して会話を聞いている各所から、言葉にならない動揺が伝わってきた。
『久我、貴様どういうつもりだ?! 俺を侮辱するつもりか?』
真っ先に、八束から怒りの声が上がる。
「お前さあ、自分のプライドと常夜の姫巫女とどっちが大事なんだよ?」
『ぷらい…?』
「誇り。守りたいのは、自分の立場か? 常夜の民か?」
俺が問い返すと、八束は虚を突かれたように黙り込んだ。
もし咲良がいてくれたら「自分の事は棚に上げて」と呆れるだろう。さっきまで俺も無理に同調率を上げていたのだ。
でもまあ、それはそれ。これはこれだよな。
「だいたい、お前が死んだら俺の勝ち逃げになる。そうしたらお前を応援してる常夜の人達が怒るだろ。俺たちの戦いは、引き分けじゃなきゃ、いけないんだよ」
ずっと考えていた。
八束と決闘するのは良いけど、賭けるのが自分の命だけではないのが問題だ。俺は地上代表、八束は常夜代表となると、単純に「良い戦いでしたね」と称え合う話ではなくなってしまう。
「御大層な神前試合じゃなくて、個人的な試合なら、いくらでも受けて立つけど、これは駄目だ。仕切り直そうぜ」
『久我……お前は』
「アマテラス、答えろ!」
一喝すると、アマテラスは『やれやれ』と嘆息した。
『代償をそなたが払うのなら、イザナミも引き下がろうよ。霊力の半分を渡せばよい』
「そんなんでいいの」
『うむ。だが、私が止めるから無理ぞ。誰が大事な久我の子を犠牲にするものか。諦めるがよい!』
アマテラスは、俺に協力するつもりはないようだ。
「じゃあ仕方ない……イザナミを討つか」
『!!』
俺の言葉に、八束が絶句した気配がした。
「古神を壊せば止まるだろ」
『よせ。貴様が呪われるぞ!』
「大丈夫。俺には神様が付いてる。そうだろ、アマテラス!」
久我の末裔にこだわっているアマテラスなら、俺を死なせないはずだ。
咲良の体を借りたアマテラスが、一瞬吹き出し、そして高らかに笑った。
『くっ。あはははは! よくぞ申した久我響矢。この私を利用すると言うか。その性根の座り具合、まさに私の愛した久我の子よ。真に天晴!』
「じゃあ協力してくれるよな」
『思う道を進むがいい。強欲な人の子よ!』
アマテラスの肯定。
俺は操縦席のアームレストを強く握りしめる。
もう何も諦めない。ひとつも取りこぼしたりしたくない。
異世界に来て手に入れたものを、手放しはしない。
「力を貸してくれ、アメノオハバリ」
手にした長剣アメノオハバリを振りかぶり、急降下。
目標は、イザナミの胸にある神核だ。
行く手を阻むように、雲海から次々に石の柱が立ち上がる。
俺はそれを端から切り飛ばした。
「……てやあああああっ!!」
今まさに雲海に沈もうとしているイザナミの胸の上を、アメノオハバリで刺し貫く。
八束が操縦していないせいか、イザナミ本体の回避や抵抗は少なかった。
岩盤にぶつかったような手応え。
俺は力を込めて剣の切っ先を押し込む。
イザナミの黒い装甲から、絵の具が逆流するように、漆黒の色がずるずるとアメノオハバリの上を這いずって、スサノオの装甲を蝕む。
『いかな母上とて、私の愛する子に手を出すことは許さぬ』
スサノオの肩に、翼を広げたツクヨミがとまる。
虹色のヴェールが、機体を侵食する漆黒の波動を押し留めた。
「壊れろ、イザナミ!!」
気合を入れ、金槌で釘を叩くようにアメノオハバリの柄を拳で殴った。何か硬いものを貫通した手応え。スサノオを見上げるイザナミの機体から、光が失われる。
雷鳴がとどろき、雲海に並んだ石の柱の崩落が始まった。
こういう可能性を想定していなかった訳じゃない。
魔王の欠片がアマテラスの封印に使えるかは賭けだったし、その封印がいつまで続くかは分からなかった。
抜本的な対策は無いか、考えているところだったのだ。
「八束。一時休戦だ」
『……』
「八束?」
通信の向こうの、八束の様子がおかしい。
『我が神はお怒りだ……我が生涯において一度たりとも敗北せずという誓願を、果たせなかったのだからな。イザナミは俺の霊力と生命を欲している』
雲海がコポコポと泡立ち、水面に渦が巻く。
渦から赤いケーブルが蛸の足のように伸び、イザナミの機体に絡み付く。
『引き分けでも、試合が無効になったとしても、イザナミには関係ない。そも古神は、霊力を食らって稼働する。乗り続けるからには、勝利して敵の霊力を奪わなければならないのだ。大海のような霊力を持つ貴様には、分からないだろうがな……』
古神が動力炉にくべている燃料は何か。
推測していなかった訳ではない。
だが、天照防衛特務機関で、そのようなリスクの説明を受けたことはない。
「小坂さん、八束の言ってる事は本当なのか?!」
『事実でありますが、通常は古神に乗る事により消費される霊力は僅かです。確かに乗り続けていれば霊力の上限は下がりますが、加齢による体力の衰えと同程度です』
アメノトリフネに通信で問い合わせると、技師の小坂さんが説明してくれた。
『ふっ。その小僧は無理をしてイザナミに乗っているのだよ』
薄紫のツクヨミの機体から、咲良を乗っ取ったアマテラスの声が付け加える。
『イザナミは、本来、常夜の姫巫女の機体だろう。乗りこなすために、そやつは無理に古神との同調率を上げているのだ。赤い瞳が焼け付くほどに。同調率を上げれば上げるほど、人は霊力を消耗する。それは寿命を削ることになる』
八束が、アマテラスの指摘に『さすが神なる者はお見通しか』と苦笑した。
雲海に引きずりこまれていくイザナミの機体。
脱出しようとしない八束。もしかして、ハッチが開かないのか。スサノオが暴走した時のように、古神が勝手に動いてる?
『そやつはもう終わりぞ。自ら破滅を招いたのだ』
「咲良、じゃなくてアマテラス!」
『なんじゃ騒々しい。小僧なぞ放っておけ、響矢。それよりも私との再会を祝っておくれ』
上機嫌にささやくアマテラス。咲良を返してくれるなら、安心して会話を楽しめるのだが。
俺は咲良の意識がどうなっているか気になっていたが、今は眼前で雲海に沈もうとしているイザナミの機体の方が問題だった。
「アマテラス、八束を救う方法はないか?」
『!!』
そう言った途端、オープンチャンネルを通して会話を聞いている各所から、言葉にならない動揺が伝わってきた。
『久我、貴様どういうつもりだ?! 俺を侮辱するつもりか?』
真っ先に、八束から怒りの声が上がる。
「お前さあ、自分のプライドと常夜の姫巫女とどっちが大事なんだよ?」
『ぷらい…?』
「誇り。守りたいのは、自分の立場か? 常夜の民か?」
俺が問い返すと、八束は虚を突かれたように黙り込んだ。
もし咲良がいてくれたら「自分の事は棚に上げて」と呆れるだろう。さっきまで俺も無理に同調率を上げていたのだ。
でもまあ、それはそれ。これはこれだよな。
「だいたい、お前が死んだら俺の勝ち逃げになる。そうしたらお前を応援してる常夜の人達が怒るだろ。俺たちの戦いは、引き分けじゃなきゃ、いけないんだよ」
ずっと考えていた。
八束と決闘するのは良いけど、賭けるのが自分の命だけではないのが問題だ。俺は地上代表、八束は常夜代表となると、単純に「良い戦いでしたね」と称え合う話ではなくなってしまう。
「御大層な神前試合じゃなくて、個人的な試合なら、いくらでも受けて立つけど、これは駄目だ。仕切り直そうぜ」
『久我……お前は』
「アマテラス、答えろ!」
一喝すると、アマテラスは『やれやれ』と嘆息した。
『代償をそなたが払うのなら、イザナミも引き下がろうよ。霊力の半分を渡せばよい』
「そんなんでいいの」
『うむ。だが、私が止めるから無理ぞ。誰が大事な久我の子を犠牲にするものか。諦めるがよい!』
アマテラスは、俺に協力するつもりはないようだ。
「じゃあ仕方ない……イザナミを討つか」
『!!』
俺の言葉に、八束が絶句した気配がした。
「古神を壊せば止まるだろ」
『よせ。貴様が呪われるぞ!』
「大丈夫。俺には神様が付いてる。そうだろ、アマテラス!」
久我の末裔にこだわっているアマテラスなら、俺を死なせないはずだ。
咲良の体を借りたアマテラスが、一瞬吹き出し、そして高らかに笑った。
『くっ。あはははは! よくぞ申した久我響矢。この私を利用すると言うか。その性根の座り具合、まさに私の愛した久我の子よ。真に天晴!』
「じゃあ協力してくれるよな」
『思う道を進むがいい。強欲な人の子よ!』
アマテラスの肯定。
俺は操縦席のアームレストを強く握りしめる。
もう何も諦めない。ひとつも取りこぼしたりしたくない。
異世界に来て手に入れたものを、手放しはしない。
「力を貸してくれ、アメノオハバリ」
手にした長剣アメノオハバリを振りかぶり、急降下。
目標は、イザナミの胸にある神核だ。
行く手を阻むように、雲海から次々に石の柱が立ち上がる。
俺はそれを端から切り飛ばした。
「……てやあああああっ!!」
今まさに雲海に沈もうとしているイザナミの胸の上を、アメノオハバリで刺し貫く。
八束が操縦していないせいか、イザナミ本体の回避や抵抗は少なかった。
岩盤にぶつかったような手応え。
俺は力を込めて剣の切っ先を押し込む。
イザナミの黒い装甲から、絵の具が逆流するように、漆黒の色がずるずるとアメノオハバリの上を這いずって、スサノオの装甲を蝕む。
『いかな母上とて、私の愛する子に手を出すことは許さぬ』
スサノオの肩に、翼を広げたツクヨミがとまる。
虹色のヴェールが、機体を侵食する漆黒の波動を押し留めた。
「壊れろ、イザナミ!!」
気合を入れ、金槌で釘を叩くようにアメノオハバリの柄を拳で殴った。何か硬いものを貫通した手応え。スサノオを見上げるイザナミの機体から、光が失われる。
雷鳴がとどろき、雲海に並んだ石の柱の崩落が始まった。
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