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第一部

31 主神アマテラス、降臨!

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 魔王とやらは退治した。これで戦いは、終わり。
 終わりだよね?
 
『天岩戸が……! 響矢、気を付けて!』
 
 咲良の警告。
 地震と共に足元が崩落し、俺は慌ててヤハタを下がらせた。
 稲妻型に刻まれた大地の亀裂からは、日本海の紺碧の水面が見えた。
 
「なっ?! 天岩戸が、壊れた?」
 
 亀裂に呑まれた剣腕魔神が、次々に落下する。
 
『おそらく、度重なる戦闘と、魔王の侵攻により、限界が来たのだ』
「御門先輩!」
『アメノトリフネに戻れ、響矢くん。天岩戸結界が崩壊する!』
 
 俺は急いで、低空すれすれを飛行する巨鯨、時空渡航艦アメノトリフネを目指した。
 間一髪のところで、腹に空いた収納扉から艦内に飛び込む。
 一番、アメノトリフネに遠かったのは俺だ。他の皆はとっくに引き上げたらしい。俺のヤハタが着艦したのと同時に扉は閉まり、アメノトリフネは上昇気流に乗った。
 機体のハッチが開くのを待ちきれず、押し開けて通路に飛び降りる。
 メンテナンスを始める技師の間を通り抜けて、アメノトリフネの操縦室に向かった。
 
「おかえり、響矢くん。魔王の討伐、お疲れ様でした」
 
 そこには艦長席に座る恵里菜さんを始め、御門先輩、桃華、咲良が勢ぞろいしていた。
 
「天岩戸が……」
 
 中央のスクリーンに映し出された光景に、俺は絶句する。
 真っ青な天蓋が透明な破片になって砕け散る。
 異様に大きかった白いお月様は、雪のような光になって消えていく。
 天国のような花畑が、土くれの塊になって、日本海に落下した。
 味方の大破した機体も、魔王の残骸も関係なく、天岩戸の崩壊に巻き込まれ、海に降る瓦礫の雨となった。
 夢幻の空間はもうない。
 それはまるで、一つの世界の滅びを見ているようだった。
 
「そうだ、剣腕魔神の大群は?!」
「半分は、天岩戸結界と一緒に海に落ちたわ。残る半分は体勢を立て直して、本土に向けて飛行している」
「我々は決闘に勝って、戦争に負けたと言える。本土の戦力では、剣腕魔神の襲撃に耐え切れまい」
 
 恵里菜さんと、御門さんは、深刻な表情をしていた。
 
「これから皆で手分けして日本各地で剣腕魔神を迎え撃つつもりだけど、本土は被害を免れないでしょう。多くの人が死ぬわ……」
「そんな」
 
 戦う前から、艦内はお通夜のような空気になっていた。
 俺は解決手段を探して視線を巡らせ、スクリーンに映っている金色の光に気付いた。
 
「あれは……?!」
 
 紺碧の海の上に、黄金の光が集中する。
 光の中から、金環を背負った天女のような姿の古神が現れた。
 
「もしかして、アマテラスの機体?!」
 
 暗い面持ちをしていた面々が、皆、サッと顔を上げてスクリーンに注目した。
 オペレータの女性が緊張で上ずった声で「拡大します」と告げる。
 謎の古神の全容が、スクリーンに大写しになった。
 
「装甲が、ボロボロだ……」
 
 拡大すれば、古神の装甲に幾多の傷が走っているのが明白になった。
 いたましい傷は全身におよび、背中に浮かぶ大きな金環は、ところどころ歯抜けの櫛のように飾りが欠けている。
 
「……考えてみれば、答えは既に示されていた。天岩戸結界を維持するにあたって、アマテラスの機体がそこに無いはずがない。ああ、我らが日本の守護神、天照大神は、尊き御身を犠牲にして我々を守ってくださっていたのだ」
 
 御門さんが震える声で解説した。
 艦内で映像を見ていた何人かが、軽く手を合わせて古神を伏し拝む。
 俺は、アマテラスの機体を見上げ、これからの戦いについて考えを巡らせた。
 剣腕魔神は日本各地に散った。
 迎撃は焼石に水となるだろう。
 もし迎撃中に敵の増援が押し寄せてきたら、天岩戸結界の無い今のパラレル日本では、後手に回らざるをえない。あっという間に占領されてしまうだろう。

「俺……アマテラスを修復してきましょうか?」
「行って、くれますか」
 
 恵里菜さんが、すがるような目を向けてきた。
 
「響矢くん、君の献身は後世に語り継がれるだろう……痛い!」
「まだ死んでないだろが、ボケッ」
 
 厳かに言った御門さんに、桃華が蹴りをかました。
 
「響矢、生きて帰って来いよ!」
 
 機体の修復は、霊力だけででなく生命力まで奪われる。名高いアマテラスともなれば、修復に要求される霊力値が半端無いことは想像にかたくない。
 つまりアマテラスを修復すれば俺は死ぬ。
 しかし、誰も止めない。
 操縦室にいる皆が、俺が死地に赴くことを期待していた。
 この世界は戦争してるだけあって、命の価値がやっすいな。
 それに俺が行けば、必ずパラレル日本が救われると思ってる。

「……行ってきます」
 
 俺は狸を抱え上げて、通路をすたすたと歩き出した。
 アメノトリフネは慎重に飛行して、アマテラスの機体に艦を寄せた。
 空中に浮かぶアマテラスの機体の胸に向かい、縄梯子が垂らされた。
 俺は縄梯子を伝って、アマテラスの機体に着地する。
 
「頼むよ、たぬき」
「……」
「こら、可愛い顔で泣くな」
 
 狸は滂沱の涙を流していた。
 もー、仕方ないなー。
 
「協力してくれたら、エビフライをいっぱい作ってやるから」
「……!!」
 
 狸の涙がひっこんだ。現金な奴。
 ぴょんと機体に着地した狸が光になって消えるのと同時に、アマテラスの胸部が開いた。
 俺はコックピットに飛び降りる。
 他の古神と同じ作りの球体の操縦室は、真っ暗だった。
 
「きゃーっ、響矢、受け止めてっ」
「咲良?!」
 
 コックピットの観察が終わる前に、咲良が上から落ちてきた。
 俺は彼女の下敷きになる。
 
「ひ、ひでー」
「ごめん、ごめんね響矢!」
「いや、別にいいけど」
 
 操縦席の前で、俺は咲良と一緒に立ち上がった。
 
「なんで来たんだ?」
「響矢は、優しいから。皆の期待に応えてしまうんだね。でも私の前で良い格好をしなくてもいい。私は響矢のしたいことに付いていくよ。例えそれが、この世界から逃げることだとしても」
「……っ」
 
 誰かに優しくすることは、自分に優しくしないことだ。
 この世界に来るまで、俺はイケメン幼馴染みの弘に振り回されていた。荷物持ちをしたり、飲み物を買ってきたり。それは友達の弘のためにしたことで、自分のためになることではなかった。
 自分のために生きることは、誰かを犠牲にすることだ。
 例えば、早々に弘と縁を切って、自分の思うように生きていれば良かったのかもしれないが、そうすれば弘は早晩自滅していただろう。他人だし、俺の知ったことではないと言えば、そこまでだが。
 今だって、生き延びるためには、ここから逃げ出すべきだと思う。だが逃げ出せば、代わりの誰かが犠牲になるだけなのだ。
 
「皆が幸せになる未来は、無いのかな」
「一人では、その答えに届かないよ。私も一緒に、考えさせて」
 
 咲良が、うつむく俺の頬に手を伸ばす。
 
「逃げても良いんだよ、響矢」
「じゃあアマテラスの修復を途中で切り上げて、俺の生まれた世界に二人で逃げようか。どうせパラレル日本は、アマテラスが復活しなきゃ長く保たないだろうし」
 
 この国を見捨てよう。
 試すように、そんなことを言ってみる。
 
「そうする? 響矢の世界、久しぶりだから、楽しみだね!」
 
 しかし咲良の方が一枚上手だった。
 動じずに笑顔で答えてくる。
 
「まだサクランボを食べたことが無いし。教えてくれるんでしょ?」
「……ああ」
 
 胸の奥に巣くっていた、重苦しい気持ちが昇華される。
 そっか。この国を滅ぼすのも救うのも、好きにしていいんだな。咲良さえ隣にいてくれれば、誰に批判されようが自分のしたいことを貫いていいんだ。
 なら、一回くらいは奇跡が起こるか試してみよう。
 案外、要求霊力値が高くないかもしれないし。
 俺は気楽な足取りで、暗闇に沈む操縦席に歩み寄った。
 操縦席のアームレストには、真っ赤な勾玉が嵌め込まれている。
 
「二人で片方ずつにしよう!」
「え? 咲良もやるの?」
「駄目だよ。私は絶対、君を一人にしないんだから!」
 
 俺は咲良と顔を見合わせて笑い……アームレストに手首を載せる。
 深紅の勾玉が光り輝いた。
 
「う……!」
 
 急速な脱力感を覚え、俺は膝をつく。
 手を離す間もなく、全部持っていかれる感じがした。
 
「咲良……!」
 
 せめて咲良を逃がそうと、腕を伸ばしかけた時。
 一瞬、咲良の瞳が深紅の色に染まったように見えた。
 
「え?」
 
 崩れ落ちる咲良の体を受け止めると同時に、暗闇だった操縦室が明るくなった。
 俺は気を失った咲良の体を抱えながら、導かれるように操縦席に腰をおろす。
 今度はきっちりアームレストに両手首を載せた。
 
『…主神アマテラス、降臨しました…』
 
 空中にメッセージが浮かび、操縦室内部に寒々しい日本海が投影された。
 アマテラスの武装の情報が俺の頭に流れ込んでくる。
 
「配置済の、全ての八咫鏡やたのかがみを並行起動」
 
 俺は何かに取り憑かれたように、自然な手順を踏んで滑らかにアマテラスの武装を起動した。
 八咫鏡とは、日本全国各地の天空に設置された透明な円形の鏡で、その数、実に千を超える。アマテラスはこの鏡を使い、日本各地の情報を収集することが出来る。仮想霊子戦場をつなぐ霊子情報網インターネットも、この鏡同士の交信を利用したものだ。
 鏡は、太陽光を吸収して半自動で浮遊し続ける。
 パラレル日本に、アマテラスの目の届かない場所は無いと言ってもいい。
 まさに日本の主神を名乗るにふさわしい、でたらめなチート性能だ。
 
「敵の位置を捕捉。宝鏡照射!」
 
 本土に上陸した全ての剣腕魔神を、同時にロックオンする。
 天空で密かに浮遊する鏡から、太陽光を集めたレーザービームが一斉に照射された。神鋼をも溶かす太陽の高熱を束ねた光線が、空から降る。
 それは現地では「光の柱」として観測された。
 無慈悲な神の天罰は、愚かにも許可なく領土に足を踏み入れた、百体以上の剣腕魔神を、一瞬で蒸発させた。
 
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