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第一部
28 嵐を呼ぶ古神スサノオ
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分福茶釜という話をご存知だろうか。
狸が茶釜に化ける話である。
「斎藤さん、知ってます? 分福茶釜」
「たぬきが出てくる話だったかな。響矢くんの縁神もたぬきだな」
「そーなんですよー」
俺たちは、古神操縦学の学舎の一階にある、茶室に移動していた。
狸を膝に載せた俺は、斎藤さんと並んで畳の上に正座している。
目の前では、着物を着た咲良が滑らかな動作で茶をたてていた。
せっかく茶室なんだから、茶をたてないと、とは咲良の言である。
「俺、茶釜を初めて見ました。こんな形をしてるんですね」
「おや? 西園寺なら、国宝級の茶釜の二つや三つ、家にあると思うのだが。響矢くんは、田舎で静養していたから見なかったのか」
「う。あはははは」
斎藤さんに突っ込まれて、俺は誤魔化し笑いをした。
四角い囲炉裏には、静かに燃える黒炭が投入されており、丸い茶釜がふつふつと沸騰する水の音をたてている。
咲良は茶釜の蓋を取ると、細いひしゃくで熱湯を汲み上げ、茶碗に注ぎ入れた。茶筅でシュッシュと抹茶を練る。
練りながら、咲良は会話に入ってきた。
「響矢、分福茶釜の話、続きを知ってる?」
「いや」
「茶釜に化けたたぬきは、茶釜から元に戻れなくなっちゃうの。貧乏な男と仲良くなって、一緒に見世物小屋をして男を裕福にするんだけど。結局、化けるのが負担だったのか、死なないでくれと必死に看病する男の努力の甲斐なく、自分は幸せだったと言って亡くなるのね」
「うわ……」
日本の昔話はダークだったことを忘れていた。
「ごめんな、たぬき。冗談で茶釜に化けてくれと頼むところだったよ」
「……」
「たぬき……!」
こちらを見上げて黒瞳をウルウルさせる狸。
めっちゃ可愛い。
俺は狸とひしっと抱き合った。
「響矢、お茶できたよー」
「ありがとう、さ、姉さん」
咲良が入れてくれた茶を飲んで、斎藤さんと休憩した。
ひとやすみ、ひとやすみ。
「そろそろ本題に入ろう。怪しい場所は……」
茶室をぐるっと見回す。まさか畳をひっぺがして調べる訳にはいかない。何かあるのなら、箪笥か囲炉裏か、床の間か。
「床の間が怪しいよなー。斎藤さん、この壺は?」
「それも久我家由来の品という話だが」
高そうな陶器の花瓶だ。
俺は割らないように、両手で持ちあげた。
すると花瓶の、俺が触った部分が内側から輝く。今のは、古神の操縦席に座った時と似た反応だ。
「床の間が動いた……?!」
斎藤さんが仰天している。
床の間が横にスライドして、地下への階段が現れた。
「大当たり、だな」
咲良がさっと立ち上がり、斎藤さんに向かって言った。
「本件は、天照防衛特務機関の任務に関係します。斎藤さん、茶室に誰も近付かないよう、手配していただけますか?」
「分かった」
斎藤さんは頷いて、茶室を出た。
何か気になることがあったのか、廊下で俺を振り返る。
「まさか、 響矢くんは西園寺じゃなくて、久我」
「機密ですので」
咲良が視線をさえぎるように言い放った。
「失礼しました」
今度こそ納得したのか、斎藤さんは足を止めずに去る。
茶室の前の廊下に学生が入らないよう、通行止めの看板を立ててくれるそうだ。
「じゃあ、秘密基地に入ろうか」
俺は咲良と、床の間に現れた階段を降りる。
地下はひんやりしていた。
階段を降りていくと縦に長い扉がある。俺が前に立つと、サッと開いた。自動ドアか。
真っ暗だった格納庫に、明かりが付く。
「あれがアマテラス……??」
格納庫は三つ古神を置くスペースがあった。
中央と左のスペースは空白だ。
残る右のスペースに、大きな剣を携えた武者の古神が立っていた。
俺は天照大神の神話に詳しくないけど、アマテラスとは違う気がする。
「ちがう、あれはスサノオよ。日本の三貴神の一柱。三つ座があるということは、ここにアマテラスとツクヨミもあったのよ……!」
咲良の声が震えている。
きっと、これは歴史に残る大発見なのだろう。俺には実感が沸かないが。
その時、ズボンのポケットで、けたたましい警告音が鳴り響いた。
「警報?!」
咲良と、俺の携帯が激しく振動している。
画面を開くと赤文字で「敵襲。応援を求む」と表示されていた。
「天岩戸が、大群に攻撃されてる!」
「あれ? サンドラが天岩戸を閉じたんじゃなかったっけ?」
「今日、元に戻したの!」
敵の数、百以上。
量産機体に混じって、外国の古神の反応あり。
次々に情報が流れこんでくる。
戦況が厳しいことは、すぐに分かった。
「……大神島から出撃してる時間が惜しいな。俺はスサノオに乗って行くよ」
「分かった。気を付けて、響矢」
咲良が、うるんだ瞳で俺の前に立つ。
「無茶、しないでね」
「うん」
コツン、と額を合わせた。
軽くキスをする。
名残惜しいが、すぐに体を離し、スサノオに駆け寄った。
「たぬき、頼む!」
俺の足元から狸が駆け出す。
暗闇で埃をかぶっていたスサノオの巨体が、ズンと音を立てて動き出した。
身長と同じ丈の大剣が横にずらされ、胸部のハッチが開く。
俺はその中に飛び込んだ。
『嵐神スサノオ…起動』
空中にメッセージが浮かび、コックピットが明るくなる。
床がせりあがり、機体を出口に運び始めた。
大鳳学院は小さな山の上だ。
山の斜面の一部がスライドして開く。
民家にぶつからないよう注意しながら、俺はスサノオを発進させた。
そのまま日本海側を目指す。
『響矢くん、咲良に聞いたわ!』
「恵里菜さん」
味方機をつなぐチャンネルから、恵里菜さんの声が聞こえてくる。
『君が出撃してくれて、正直本当に助かる! 今回は敵の本隊が来ているようなの!』
「本隊?」
『米国で発掘され、今や世界各国を支配している謎の古神、魔王。君の目で真実を見届けて! 天岩戸への突入経路を指示するわ!』
「お願いします」
スサノオは今までの機体より断然に速度を出せる。
もう日本海だ。
天岩戸を包む白い霧が見えてきている。
恵里菜さんからもらった情報を元に、霧の中へ突入した。
「敵の数は……多っ!」
俺は絶句した。
敵は黒い金属の鎧をまとったロボットで、両手が刃物になっている。異世界転移直後に遭遇した、剣腕魔神だ。
アリのように地上を埋め尽くす剣腕魔神で、花畑が見えない。
あれは量産型の機体だったのか。
道理で名称が番号付きだった訳だよ。
『恐れるな、一体でも多く押し留めろ!』
数十機以上のヤハタが、剣腕魔神に立ち向かっている。
だが焼け石に水だ。
コケシのようなヤハタの機体が、次々に剣腕魔神によってバラバラにされる。犠牲者は増える一方だ。
「駄目だ……死んじゃ……死んじゃ駄目だろ!」
俺は我知らず叫びながら、ヤハタの軍勢と、敵の間を、スサノオの大剣で薙ぎ払った。
剣から衝撃波が走り、一度に数機もの剣腕魔神が切り刻まれる。余波に巻き込まれた敵は、将棋倒しになった。
「前線から下がれ!」
俺は、ヤハタに乗っている操縦者に通信をつないだ。
『しかし……』
「あんたらの機体じゃ、敵に斬られるだけだ!」
『君は神華隊なのか。神華隊なら、我々への命令権限がある。所属と名前を聞かせてくれ』
勝手に撤退はできないか。まどろっこしいな。
「……俺は、久我響矢。神華隊の操縦者だ」
『久我……!!』
ヤハタの操縦者が、仰天した気配がした。
『あの伝説の……了解した!』
そういえば「日本に危機が訪れた時には必ず久我家の末裔が現れる」という伝承があるんだっけ。忘れてた。
自分の名前の威力に密かに戦慄する。
だが目の前で沢山の人に死なれるよりマシだ。
「無理に戦わずに、逃げろ! 戦うなら出口で、天岩戸を突破した敵を囲んで倒すんだ!」
味方に伝達しながら、大剣を振り回す。
剣腕魔神の攻撃はスサノオの装甲に傷ひとつ付けられない。逆にスサノオの大剣に掛かれば、野菜でも切るように敵を一刀両断できた。
このまま俺が内部で敵を減らし、討ち漏らした敵を出口でヤハタや他の味方機が倒す、を繰り返せば敵を殲滅できる。
問題は……敵の数が多すぎるってことだ。
狸が茶釜に化ける話である。
「斎藤さん、知ってます? 分福茶釜」
「たぬきが出てくる話だったかな。響矢くんの縁神もたぬきだな」
「そーなんですよー」
俺たちは、古神操縦学の学舎の一階にある、茶室に移動していた。
狸を膝に載せた俺は、斎藤さんと並んで畳の上に正座している。
目の前では、着物を着た咲良が滑らかな動作で茶をたてていた。
せっかく茶室なんだから、茶をたてないと、とは咲良の言である。
「俺、茶釜を初めて見ました。こんな形をしてるんですね」
「おや? 西園寺なら、国宝級の茶釜の二つや三つ、家にあると思うのだが。響矢くんは、田舎で静養していたから見なかったのか」
「う。あはははは」
斎藤さんに突っ込まれて、俺は誤魔化し笑いをした。
四角い囲炉裏には、静かに燃える黒炭が投入されており、丸い茶釜がふつふつと沸騰する水の音をたてている。
咲良は茶釜の蓋を取ると、細いひしゃくで熱湯を汲み上げ、茶碗に注ぎ入れた。茶筅でシュッシュと抹茶を練る。
練りながら、咲良は会話に入ってきた。
「響矢、分福茶釜の話、続きを知ってる?」
「いや」
「茶釜に化けたたぬきは、茶釜から元に戻れなくなっちゃうの。貧乏な男と仲良くなって、一緒に見世物小屋をして男を裕福にするんだけど。結局、化けるのが負担だったのか、死なないでくれと必死に看病する男の努力の甲斐なく、自分は幸せだったと言って亡くなるのね」
「うわ……」
日本の昔話はダークだったことを忘れていた。
「ごめんな、たぬき。冗談で茶釜に化けてくれと頼むところだったよ」
「……」
「たぬき……!」
こちらを見上げて黒瞳をウルウルさせる狸。
めっちゃ可愛い。
俺は狸とひしっと抱き合った。
「響矢、お茶できたよー」
「ありがとう、さ、姉さん」
咲良が入れてくれた茶を飲んで、斎藤さんと休憩した。
ひとやすみ、ひとやすみ。
「そろそろ本題に入ろう。怪しい場所は……」
茶室をぐるっと見回す。まさか畳をひっぺがして調べる訳にはいかない。何かあるのなら、箪笥か囲炉裏か、床の間か。
「床の間が怪しいよなー。斎藤さん、この壺は?」
「それも久我家由来の品という話だが」
高そうな陶器の花瓶だ。
俺は割らないように、両手で持ちあげた。
すると花瓶の、俺が触った部分が内側から輝く。今のは、古神の操縦席に座った時と似た反応だ。
「床の間が動いた……?!」
斎藤さんが仰天している。
床の間が横にスライドして、地下への階段が現れた。
「大当たり、だな」
咲良がさっと立ち上がり、斎藤さんに向かって言った。
「本件は、天照防衛特務機関の任務に関係します。斎藤さん、茶室に誰も近付かないよう、手配していただけますか?」
「分かった」
斎藤さんは頷いて、茶室を出た。
何か気になることがあったのか、廊下で俺を振り返る。
「まさか、 響矢くんは西園寺じゃなくて、久我」
「機密ですので」
咲良が視線をさえぎるように言い放った。
「失礼しました」
今度こそ納得したのか、斎藤さんは足を止めずに去る。
茶室の前の廊下に学生が入らないよう、通行止めの看板を立ててくれるそうだ。
「じゃあ、秘密基地に入ろうか」
俺は咲良と、床の間に現れた階段を降りる。
地下はひんやりしていた。
階段を降りていくと縦に長い扉がある。俺が前に立つと、サッと開いた。自動ドアか。
真っ暗だった格納庫に、明かりが付く。
「あれがアマテラス……??」
格納庫は三つ古神を置くスペースがあった。
中央と左のスペースは空白だ。
残る右のスペースに、大きな剣を携えた武者の古神が立っていた。
俺は天照大神の神話に詳しくないけど、アマテラスとは違う気がする。
「ちがう、あれはスサノオよ。日本の三貴神の一柱。三つ座があるということは、ここにアマテラスとツクヨミもあったのよ……!」
咲良の声が震えている。
きっと、これは歴史に残る大発見なのだろう。俺には実感が沸かないが。
その時、ズボンのポケットで、けたたましい警告音が鳴り響いた。
「警報?!」
咲良と、俺の携帯が激しく振動している。
画面を開くと赤文字で「敵襲。応援を求む」と表示されていた。
「天岩戸が、大群に攻撃されてる!」
「あれ? サンドラが天岩戸を閉じたんじゃなかったっけ?」
「今日、元に戻したの!」
敵の数、百以上。
量産機体に混じって、外国の古神の反応あり。
次々に情報が流れこんでくる。
戦況が厳しいことは、すぐに分かった。
「……大神島から出撃してる時間が惜しいな。俺はスサノオに乗って行くよ」
「分かった。気を付けて、響矢」
咲良が、うるんだ瞳で俺の前に立つ。
「無茶、しないでね」
「うん」
コツン、と額を合わせた。
軽くキスをする。
名残惜しいが、すぐに体を離し、スサノオに駆け寄った。
「たぬき、頼む!」
俺の足元から狸が駆け出す。
暗闇で埃をかぶっていたスサノオの巨体が、ズンと音を立てて動き出した。
身長と同じ丈の大剣が横にずらされ、胸部のハッチが開く。
俺はその中に飛び込んだ。
『嵐神スサノオ…起動』
空中にメッセージが浮かび、コックピットが明るくなる。
床がせりあがり、機体を出口に運び始めた。
大鳳学院は小さな山の上だ。
山の斜面の一部がスライドして開く。
民家にぶつからないよう注意しながら、俺はスサノオを発進させた。
そのまま日本海側を目指す。
『響矢くん、咲良に聞いたわ!』
「恵里菜さん」
味方機をつなぐチャンネルから、恵里菜さんの声が聞こえてくる。
『君が出撃してくれて、正直本当に助かる! 今回は敵の本隊が来ているようなの!』
「本隊?」
『米国で発掘され、今や世界各国を支配している謎の古神、魔王。君の目で真実を見届けて! 天岩戸への突入経路を指示するわ!』
「お願いします」
スサノオは今までの機体より断然に速度を出せる。
もう日本海だ。
天岩戸を包む白い霧が見えてきている。
恵里菜さんからもらった情報を元に、霧の中へ突入した。
「敵の数は……多っ!」
俺は絶句した。
敵は黒い金属の鎧をまとったロボットで、両手が刃物になっている。異世界転移直後に遭遇した、剣腕魔神だ。
アリのように地上を埋め尽くす剣腕魔神で、花畑が見えない。
あれは量産型の機体だったのか。
道理で名称が番号付きだった訳だよ。
『恐れるな、一体でも多く押し留めろ!』
数十機以上のヤハタが、剣腕魔神に立ち向かっている。
だが焼け石に水だ。
コケシのようなヤハタの機体が、次々に剣腕魔神によってバラバラにされる。犠牲者は増える一方だ。
「駄目だ……死んじゃ……死んじゃ駄目だろ!」
俺は我知らず叫びながら、ヤハタの軍勢と、敵の間を、スサノオの大剣で薙ぎ払った。
剣から衝撃波が走り、一度に数機もの剣腕魔神が切り刻まれる。余波に巻き込まれた敵は、将棋倒しになった。
「前線から下がれ!」
俺は、ヤハタに乗っている操縦者に通信をつないだ。
『しかし……』
「あんたらの機体じゃ、敵に斬られるだけだ!」
『君は神華隊なのか。神華隊なら、我々への命令権限がある。所属と名前を聞かせてくれ』
勝手に撤退はできないか。まどろっこしいな。
「……俺は、久我響矢。神華隊の操縦者だ」
『久我……!!』
ヤハタの操縦者が、仰天した気配がした。
『あの伝説の……了解した!』
そういえば「日本に危機が訪れた時には必ず久我家の末裔が現れる」という伝承があるんだっけ。忘れてた。
自分の名前の威力に密かに戦慄する。
だが目の前で沢山の人に死なれるよりマシだ。
「無理に戦わずに、逃げろ! 戦うなら出口で、天岩戸を突破した敵を囲んで倒すんだ!」
味方に伝達しながら、大剣を振り回す。
剣腕魔神の攻撃はスサノオの装甲に傷ひとつ付けられない。逆にスサノオの大剣に掛かれば、野菜でも切るように敵を一刀両断できた。
このまま俺が内部で敵を減らし、討ち漏らした敵を出口でヤハタや他の味方機が倒す、を繰り返せば敵を殲滅できる。
問題は……敵の数が多すぎるってことだ。
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