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第一部

26 裏ボス紅さくら登場?

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 弘と仲直りして、胸のつかえが降りた気分で、俺は咲良の待つ家に帰ってきた。
 普通の友達が欲しいと思ってたけど、別に普通じゃなくても友達は友達だ。幼馴染みで気心の知れた弘が、改心して無茶ぶりしてこなくなったなら、理想の友達じゃないか。
 
「響矢、嬉しそうだね」
「まあな」
 
 浮かれて、帰り道で買ったエビ数十匹を盛大に天ぷらにしてしまった。
 狸も咲良も大喜びだった。
 その夜、俺はいつも通り一階の部屋で狸と一緒に就寝した。
 
「……」
 
 夜半、寝苦しくて目が覚めた。
 誰かが俺の腹の上に乗っている。
 誰だ?
 
「咲良……?」
 
 人影の向こうの、すだれの隙間から、彼岸花の色に染まった満月が見えた。
 腹の上に腰かけているのは、白い浴衣を着た咲良だ。
 浴衣の下には何も着ていないらしく、乱れた裾の下からは、白く滑らかな太ももがのぞいている。はだけた浴衣の襟元には、形のよい胸の谷間がはっきり見える。
 月光に照らされた横顔は、見知った咲良のようでいて、どこか冷たい。
 
「……」
 
 どうしたの? と声を掛けようとして、俺は口をつぐんだ。
 俺を見下ろす彼女の瞳は、深紅に輝いていた。宝石のように妖しく光るピジョンブラッドだ。
 
「……どうして、東條弘を許した? あれは、そなたに取って害悪にしかならないのに」
   
 口調がいつもの咲良じゃない。
 
「君は誰だ?」
 
 彼女は俺の上にかがみこんで、白魚のような指先で、頬を撫でてきた。
 冷たい感触が頬をつたった。その妖艶な仕草に、俺の背筋がぞくりとする。
 
「元の世界には帰さない。絶対に」
 
 俺の疑問には応えずに、彼女はゆっくり顔を近付けてくる。
 
「そなたを傷付けるものは、なべてすべてを消し去ろうぞ。私は世界を支配する」
「……!」
 
 彼女の唇が、俺に触れる。
 冷たいかと思っていた唇は、火傷しそうなほどに熱かった。霞がかかったように寝ぼけていた頭が完全に覚醒する。
 
「ぷはっ」
 
 俺は全理性を総動員して、両手を彼女の肩にあて、えいやっと上半身を起こして体を引き離した。
 こっそり腹筋鍛えてて良かった~。
 
「なんじゃ、面白くない」
 
 キスを中断された彼女は、不満そうだった。
 
「私はそなたのもので、そなたは私のもの。好きにしてもよいというのに」
「その体は咲良のもんだろ」
「全く問題なかろう。この娘はそなたを好いておるゆえ」
「問題大有りだ。咲良に無断で、そんなことできない。だいたい中身が違ったら別人だろ」
 
 反論すると、彼女は目を丸くして、プッと吹き出した。
 
「なんとまあ、真面目な子じゃのう」
「笑うな!」
「だが色仕掛けに応じぬ姿勢はよし。それでこそ久我の末裔よ」
 
 謎の女性はクスクスと笑う。
 彼女が身動きするたびに、甘い花の匂いがして、俺はくらくらした。
 
「どうせ、この娘の体もその内に私のものになる。ふふふ」
「咲良の体から出ていけ!」
「ひどい言い草だ。だが私は耐えようぞ。そなたを失うよりはマシだ」
 
 俺の言葉に傷付いたのか、彼女は悲しそうに笑った。
 そして、さっと立ち上がり裾の乱れを直す。
 
「愉しい逢瀬はここまでにするとしよう。響矢、よい夢を」
「待て……!」
 
 急速な眠気がおそってきて、俺はそれ以上、彼女と話していられなくなった。くっそー、狸の奴、何をやってんだ。ぐうすか寝てないで俺を守れよ。
 
 
 
 
 翌朝、咲良の顔をまじまじと見つめたら「どうしたの?」と逆に心配されてしまった。
 
「ぼうっとして。熱でもある?」
「……いいや」
 
 咲良の瞳は、日本人にあるまじき澄んだ翡翠の色だ。
 昨夜の紅い咲良はなんだったんだろうな……。
 ぼんやりしていると、彼女は自分の手を俺の額にあて、熱を測ってきた。
 
「平熱だね」
「まー、熱はないからな」
 
 額に当たった手を握り返す。
 俺たちの手首には、同じ形の勾玉の模様が刻まれている。おそろいのようで、見比べると嬉しいような、こそばゆい気分だ。
 
「今日も徒歩で学校にいくの?」
「いや、咲良と一緒に馬車で行く」
 
 昨日の一日で、自分の立場から逃げても無駄だと知った。
 俺は久我響矢こがなりや
 東皇家とも血縁関係がある、由緒正しい家の防人、古神操縦者だ。偉業を成し遂げた先祖のおかげで、色眼鏡で見られるのは仕方ない。
 それに咲良と結婚するなら、どうせいつかは正体を明かさないといけない。その時の予行練習だと思って、多少の注目は受け流すことにしよう。
 
「古神発掘学で友達を見つけたいんでしょ。楽しみだね」
「うん」
「あれ? なんだか響矢、大人になった?」
「なんだよそれ」
 
 昨日より落ち着いた様子なのを、咲良は不思議に思ったらしい。
 俺は笑い返して狸を抱えあげた。
 馬車に乗り、大鳳学院に向かう。
 古神発掘学の学舎の前へ行くと、予想外の光景が待ち受けていた。
 
「遅かったねえ、ナリヤ」
 
 金髪ドリルヘアのお姉さんが、学舎の玄関前に陣取っている。
 昨日、出会った外国の古神操縦者サンドラだ。
 
「古神発掘学の学舎は、この私がいただいた!」
「はあ?!」
「正確には、サイトーに協力してもらって、古神発掘学に資金援助する代わりに、私がオーナーになる契約をしたんだよ。学生を入れるも辞めさせるも、私の自由さ!」
 
 俺はギギギと首を回して、玄関脇に立っている斎藤さんを見た。
 斎藤さんは角刈りの頭をした厳めしい男だ。
 謹厳実直を絵にかいたような斎藤さんが、まさかサンドラの暴挙に協力するとは思わなかった。
 
「……君の対戦が見たくなってね」
 
 斎藤さんは、しれっと言った。
 この人マトモに見えたのにバトルマニアだったんだな。
 
「古神発掘学に入りたければ、私と仮想霊子対戦で勝負しな!」
 
 後ろの学舎の、二階の窓には、古神発掘学の学生たちが鈴なりになっていた。迷惑しているかと思いきや興味津々のようだ。
 
「あの可愛い男の子、咲良様の弟なんだって」
「仮想霊子対戦なんて、めったに見れるもんじゃない。たまにはこういう行事があってもいいじゃないか!」
 
 なぜかお祭り扱いされている。
 うん、これはもう普通の友達は作れないな……諦めよう。
 
「分かったよ、対戦しようか」
 
 そう答えた瞬間、ギャラリーがわっと沸いた。
 
「よし。操縦学の学舎に移動しよう。発掘学の諸君、対戦を見物したければ付いてきたまえ。騒がせたお詫びに、特別公開しよう」
 
 古神操縦学のリーダーである斎藤さんが許可を出したので、発掘学の面々は俺たちの後をぞろぞろと移動し始めた。
 こうして大名行列のごとく操縦学の学舎に到着する。
 操縦学の学生たちも、俺とサンドラの対戦に興味があるらしく、キラキラした目で壁際に並んでいた。
 
「ヤハタはもう飽きたよ、サイトー! 私はヤハタで戦うのは嫌だ」
 
 教室に着いたサンドラが、我が儘を言い出した。
 斎藤さんが奥の座席を指して答える。
 
「そこの列の座席は、制限が掛かっていないから、要求霊力値が満たされている他の古神を使える」
「いいんですか、斎藤先輩」
「響矢くんも、好きな古神を選べばいい。この学舎の端末には、数十種類の古神の情報が登録されている。要求霊力値があるから、使える学生は少ないが……響矢くんは大丈夫かな?」
「大丈夫だと思います」
 
 答えると、周囲の学生が息を呑んだ。
 そうか、ヤハタ以外の古神を動かせるのはエリートなんだ。霊力値が高い人は、天照防衛特務機関の本部にある訓練校の方へ行くんだな。
 ここにいる学生のほとんどが、ヤハタしか使えないのだろう。
 
「私はこの、アヅミイソラという古神にしようかねえ」
 
 サンドラもたぶん霊力値が高いのだろう。
 学舎の端末に携帯をセットして、表示された古神を品定めしている。乗りたい古神は決まったようだ。
 俺は、アマツミカボシやオモイカネを使うとまずいので、サンドラと同じく新しい古神を登録して使うことにする。
 
「俺はシナトベにします」
 
 準備は整った。
 ヘッドギアをかぶり、目を閉じた。
 適当に選んだけど、シナトベはどういう古神なんだろう。なんだかんだで、対戦が楽しみだ。
 
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