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第一部

23 最弱の機体で最強を倒すってロマンだよな

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 御門さんいわく、この世界の学生は霊子情報網インターネットにつながっている端末があるので、自宅で勉強することが多いらしい。
 
「基礎教育? そんなものは携帯で自習すれば十分だろう」
 
 異世界の教育が進み過ぎている件。
 俺は携帯に校内マップを表示する。大鳳学院の敷地内には、複数の建物があって、そのそれぞれが専門の分野を研究する施設なのだそうだ。
 
「どうだ、響矢くん。ここは人造神器を極める機甲学に進むというのは」
「咲良とお昼ご飯を食べながら決めることにします」
 
 学科のデータを携帯にダウンロードして、内容を確認していたのだが、陰陽術を研究する陰陽学というのが非常に気になる。魔法か? 魔法なのか?!
 
「私も一緒に行っていいかい? サイオンジがどんな奴か気になるし」
 
 サンドラは不本意そうな顔をしながら、俺に頼んできた。
 一人で心細いのは彼女も同じらしい。
 お昼ご飯は機甲舎で食べるという御門さんを残し、俺はサンドラと食堂に移動した。
 
「咲良さまが食堂にいらしているぞ!」
「すーはー、同じ空気を吸えるだけで興奮する」
 
 食堂は咲良ファンで埋まっていた。
 主に男子だが、咲良が見える場所に陣取って写真を撮ったりしている。対象の咲良と言えば、慣れているのか澄ました顔をしていた。
 大変入っていき難い。
 この状況は予想してしかるべきだったな。
 
「響矢!」
 
 俺の姿を見つけた咲良が手を振る。
 途端にギャラリーの視線が俺に集中する。
 
「……姉さん」
 
 と答えると「なんだ例の弟か」と視線が去っていった。
 しかしこの呼び方、無性に背中がこそばゆくなる。
 
「もう、響矢。家にいる時みたいに、お姉ちゃんで良いのよ?」
 
 咲良は何かスイッチが入ったらしく目をキラキラさせている。
 はいはいお姉ちゃんプレイね。
 後で覚えてろよ、咲良……!
 
「止めてくれよ、姉さん」
 
 差し障りの無い範囲で嫌だと主張すると、咲良は頬を膨らませた。
 ああ、あの柔らかい頬を思い切りつねってやりたいぜ。
 
「……お前がサイオンジか」
 
 サンドラが、定食が乗ったプレートを、ゆっくり机に降ろした。
 にわかに緊張が走る。
 
「あなたは……」
「私はアレクサンドラ。留学生のようなものさ。よろしく頼むよ」
 
 咲良とサンドラの間で、火花が散った気がした。
 
「あー、さ、違う。姉さんは、何の学舎に通ってるの?」
 
 俺は二人の間に割って入る。
 放っておくと喧嘩が始まりそうな雰囲気だったからだ。
 
「私は縁神学よ。縁神よりがみの研究をしているの」
「そういえば、姉さんの縁神を見たことないな」
「ふふふ」

 咲良は、自分の頭部を指差した。
 そこにはいつもの青い蝶々の髪飾りがある。
 髪飾りが何?
 
「バタフライのスピリットか」 
 
 サンドラの言葉に、俺は「えっ」と思ってよく見る。
 ステンドグラスを嵌めたような青紫の羽は、一見静止しているように見えたが、僅かに小刻みに上下していた。生きている。
 
「髪飾りだとばかり思ってたよ……」
 
 謎は解けた。気付いていないだけで、たぶん御門さんや桃華も、縁神を連れていたのかもしれない。
 サンドラが退屈そうに舌打ちした。
 
「なんだい、パイロットも通うというから、バトルに関係する科目があるかと思ったのに。机に向かうお勉強だけしかないなら、腕がなまりそうだよ」
「一応、古神操縦学もあるわよ」
「へえ……どのくらいのレベルか、確かめてもいいねえ」
 
 咲良の言葉に、サンドラはうっそりと獣のような笑みを浮かべた。
 
 
 
 
 昼食後、俺たちは咲良の案内で、古神操縦学の学舎に向かった。
 施設内には、合計十台の仮想霊子戦場と接続するチェアが並べられている。
 
「なんだよ、量産機のヤハタしか操縦できないのかい」
 
 サンドラはブツブツ文句を言っていたが、よほどバトルがしたいのか、チェアに座って学生と対戦を始めた。
 
「つ、強い!」
 
 対戦相手の学生が、青い顔でチェアから起き上がる。
 早くもサンドラに敗北したようだ。
 
「足りないよっ! 食い足りない! もっと! もっと骨のある奴はいないのかい?!」
 
 サンドラはギラギラと飢えた目で周囲を見回す。
 何の罪もない学生たちは「ひっ」と悲鳴を上げて後ずさった。
 
「なら俺が相手になろう。仮想霊子対戦の六位、斎藤崇さいとうたかしだ。ヤハタに限っては最強を自負している」
 
 斎藤という学生が名乗りを上げる。
 頭を角刈りにした鋭い目の男だ。
 
「ふぅん。結構、食いごたえがありそうじゃないか」
 
 二人は対戦を始めた。
 
「なあ、姉さん。俺は他の学舎も見に行きたいんだが」
「あれ? 響矢は最近、仮想霊子対戦に夢中になってるって、叔父さんに聞いたけど」
 
 見てるだけよ、の俺は暇を持てあましている。
 あまりに退屈だったので、狸の毛皮を三つ編みにしようとしていたところだ。
 咲良の問いかけに、ついポロリと本音が漏れる。
 
「だってサイトーさんには昨日勝ったし」
「え?」
 
 その時、勝負の結果が出たのか、観戦していた学生たちが歓声を上げた。そのざわめきで、俺の呟きはかき消される。
 
「引き分けだ!」
「部長相手にすごい!!」
 
 ヘッドギアを外して立ち上がったサンドラと斎藤は、握手を交わしたところだった。
 
「あんた、ヤハタに関しては、操縦を研究しつくしているんだ。大した熱意だねえ」
「一芸は道に通ずる、とも言う。霊力値が高くなく、他に操縦できる機体が無い俺には、選べる道もなかった」
「その努力、いつか報われるといいね」
 
 何やら二人の間にはドラマがあったようだ。
 健闘を讃えあう二人から、俺はそっと視線を外した。
 咲良は察したように小声で話しかけてくる。
 
「どうする? 古神操縦学に入るの?」
「止めておくよ。俺には無理だ。こんなに熱心に頑張っている人たちと一緒にやるのは」
 
 古神操縦は、実戦なら命の奪い合い、仮想なら俺にとっては単なるゲームに過ぎない。熱意の方向性があまりに違い過ぎて、一緒に頑張ることはできないと思った。
 
「賢明な判断だな、西園寺さんの弟」
「!!」
 
 いつの間にか、俺と咲良の会話を部分的に聞いていたらしい。
 背の高いロン毛の男が割り込んできた。
 洋服を着ているのだが、中世の貴族みたいな金糸付きのジャケットがダサいことこの上ない。なんだこの人。
 
「古神操縦学は、大鳳学院には不要の学舎だ。天照防衛特務機関の本部に訓練校があるのに、どうしてここに来て操縦を学ぶ必要がある?」
「花山院涼介」
 
 古神操縦学のリーダーの斎藤さんが、ロン毛の名前を呼んだ。
 
「ヤハタでどれだけ頑張ってもたかが知れている。斎藤の努力は無駄としか言いようがない。なんたって僕のホスセリに勝ったこともないからな!」
 
 大声でディスる花山院涼介。
 斎藤さんは悔しそうだ。
 
「そういう訳で、響矢くん。僕が訓練校を案内してあげるよ。西園寺さんの弟ということは、古神に興味があるのだろう?」
「へ?」
「古神操縦学なんて学舎に通うことはないさ! 遠慮なく僕を頼ってくれたまえ!」
 
 花山院涼介は、俺を通り越して咲良を見ていた。
 そうか。こいつ弟の俺を介して、咲良とお近づきになりたいんだな。
 
「いらん」
「うん? 聞き取れなかったのだが?」
「訓練校にはいかない」 
 
 恵里菜さんには「来なくていいですよ。というより来ないで下さいね?」と言われているし。
 
「田舎で静養していたんだってね。悪いことは言わないから、年長者の意見は聞いておくものだよ。西園寺家の者なら古神操縦は必須科目だろう」
 
 花山院は、俺が年下で大人しい性格だと見たのか、有無を言わせない態度で迫ってくる。
 今までは、こういう弘みたいな手合いは、ハイハイという言うことを聞いて流してたんだけどな……。
 俺は隣の咲良をチラリと見て、嘆息した。
 彼女の前だ。これからは、押し負けて相手の言う事に従ってばかりではいられない。
 
「……ヤハタで、本当にホスセリに勝てないの?」
「勝てない。なぜ分かりきっていることを聞くんだ」
「じゃあ仮想霊子対戦で証明しようか」
 
 俺はすたすたとチェアへ向かって歩く。
 チェアの前で足を止めて振り返ると、花山院は戸惑った顔をしていた。
 
「どうしたんですか? もしかして負けるのが怖い?」
「ま、まさか!」
 
 挑発すると、花山院は荒い動作で空いているチェアに座った。
 
「西園寺さんの弟だからって手加減しないからな!」
 
 言ったな。
 俺は我知らず冷たい笑みを浮かべた。
 元の世界で得意な科目が無かった俺だが、この世界では違う。俺は、努力しても届かないと絶望する気持ちと、努力しなくても目標に手が届く気持ち、両方を知っていた。
 だから、斎藤さんの苦悩も分かる。
 自分が恵まれているからって良い気になっている花山院を、一回ぎゃふんと言わせてやるとしよう。
 
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