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第一部

17 村田響矢がヒーローである理由

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 手足を貫かれたカグツチの姿を見て、俺は一瞬、怒りで我を忘れた。
 わざといたぶって何が楽しいんだ。
 
「そこを、どきやがれっ!!」
 
 太刀を大振りに叩きつけた。
 自分でも信じられない威力が出た。弘の乗った機体は盛大に後ろに飛ばされ、地面をざりざり削りながら尻もちを付く。

「殴りに来てやったぞ、弘」
 
 公開用のチャンネルを開いた。
 これで回線のつながっていないテュポーンにも聞こえるはず。
 
『まさか、村田だというのか?! ありえない』
「何がありえないんだ。異世界転移だなんて、ありえない事に巻き込まれたんだ。もう何でもありだろ」
 
 狼狽する弘の声が聞こえてくる。
 かつて友人だと思った男の声を聞きながら、一方で俺は冷静に六個のキューブを空に飛ばし、付近のマップを探査し直した。
 そして予想外に敵の数が多いことに気付く。
 
「御門さん、敵の数は二十一。こっちは俺たち以外の味方機はいないのか」
『!! 大神島が襲われたせいで、出動できていないようだ。響矢くん、詳細情報をくれないか』
 
 俺は地図を含めた調査結果を、御門さんに転送した。

『おかしいぞ。この数がまとまって現れるなんて。天岩戸結界の力で、敵の機体はまっすぐ進めずに分散するはずなのに! 誰かが天岩戸の地図を敵に渡しているとしか思えない!』

 綺麗な花畑に、無粋な灰色の機体が次々に現れる。
 無骨な量産型のロボットだ。カグツチやクラミツハのような一点ものの古神が、流麗なフォルムと独特な装備を持っているのに比べ、侵入者たちは角ばった画一的な機体に同じ型の銃を携えていた。

『ぎゃあぎゃあ、うるせえな。普段は胃痛で戦場に出て来ない隊長のくせに』
『桃華くん、体は大丈夫なのか?』
『これくらい、屁でもねえよ!』
 
 味方の回線は常時オープンなのか、先日戦った一条桃華いちじょうももかの声がした。
 何やら御門さんと桃華は揉めている。
 俺は二人の会話を無視して、テュポーンに向かい太刀を構えなおす。
 テュポーンに意識を戻すと、漆黒の竜の機体は立ち上がり、癇癪を起した子供のようにライフルを地面に投げ捨てたところだった。
 
『村田が俺より強いなんてことは、ありえない。ある訳がないんだ!!』
 
 ごう
 蒼天に向かって竜は咆哮を上げる。
 その途端、機体から激しい風が巻きあがった。
 平和な花畑の土壌をひっくり返し、花弁を巻き上げて、黒い渦が生まれる。
 
『俺の方が強い! あの日、村田がそう言ってくれたから、だから俺は強くならなければいけない! そうでないと恰好が付かないだろう?!』
「弘、お前」
 
 弘の台詞に、忘れかけていた記憶の一端が刺激される。
 テュポーンは自ら起こした竜巻に呑み込まれるように、姿を消す。
 黒い竜巻は規模を拡大しながら、ジグザグに進み始めた。
 
『このままでは逃がしてしまうぞ、響矢!』
「分かってる」
 
 俺は残る二個のキューブも空に飛ばして、全力で付近の天候を分析させた。
 天気図のように、台風の勢力圏を表す等高線が目の前の空中に表示される。先刻のカリブディスと違い、テュポーンは高速で移動を開始している。マップは数秒ごとに更新され、テュポーンの予測進路が提示された。
 
「台風の目は静かなんだよな。なら……!」
 
 空から、あの渦の中心に飛び降りる!
 
『行け、響矢。ほかの敵は、僕が片付けてみせるとも!』
『行ってあのクソ野郎をぶちのめしてこい!』
 
 御門さんと桃華の声援が背中を押す。
 俺は太刀を鞘に戻し、大地を蹴って機体を飛翔させた。
 
「落下ポイントは……」
 
 刻一刻と勢力を増す台風の安全な攻略ルートを、オモイカネの思金石が割り出してくれる。
 
「弘、俺たちの関係を、ここで一度リセットしよう」
 
 きっと、それがお前のためでもある。
 
 
 
 
 同世代の子供が遊ぶジャングルジムの前で、幼い弘は立ち止まっていた。
 目の前にはワイワイと楽しそうに子供たちが遊んでいる。
 その輪の中に入っていきたくて、でも、どうすればいいか分からない。
 
「……あの」
 
 こわごわと、勇気を振り絞って弘は声を掛けた。
 チビの弘に気付いた子供の一人が振り返った。
 
「なんだ、弱虫ヒロシじゃないか」
「あ……」
「この前は、転んで怪我をして泣いてたよな。大人がいっぱい来て、おれたち叱られたんだぞ!」
 
 弘が怪我をすると、過保護な両親がやってきて先生や他の保護者を威嚇するため、周囲は弘になるべく関わらないようにしていた。
 面倒に巻き込まれるのは嫌だ。
 そんな大人の態度は、彼らの子供にも伝染している。
 
「あっちに行け!」
「どっかにいっちまえ!」
 
 子供たちは口々に弘を追い出そうとした。
 
「なにもめてんの?」
 
 そこに、タオルを鉢巻きにした少年が通りかかった。
 同じ年ごろながら、やんちゃで賢そうな雰囲気の子だった。
 
「なりや……」
 
 弘を糾弾していた子供たちが、静まり返る。
 この頃の村田響矢という少年は、好奇心旺盛で自立した性格だった。また、喧嘩も強いことから、周囲の子供たちから一目置かれていた。
 
「一人によってたかって、お前らかっこわるい」
「なら、なりやが、そいつと遊べばいいじゃん」
「じゃあそうする」
「え?」
 
 なりやと呼ばれた少年が、呆然としている弘に手を差し伸べる。
 
「一緒にかくれんぼ、する?」
 
 周囲の子供たちの羨望の視線が、弘にそそがれる。
 本当は彼らも、なりやと遊びたいのだ。
 
「――うん」
 
 弘はなけなしの勇気を振り絞って、なりやの手を握る。
 
「行こう!」
 
 なりやは太陽のように笑う。
 その瞬間、なりやは弘のヒーローになった。
 
 
 
 
 人は綺麗な花ほど、手折って花瓶に飾りたくなる。
 美しいものほど汚したくなる。
 好きな人ほど――傷つけたくなる。
 強くて賢い村田響矢という少年を膝まずかせ、言う事を聞かせられたら、どんなに素晴らしいだろう。
 弘の純粋な羨望と憧れの裏には、醜い欲望も隠れていた。
 普通は実行に移せない、その願望を実現できたのは、中学に入りメキメキと背が伸び、体格で響矢に勝てるようになった頃だ。
 実家の金の力も使い努力の甲斐もあって、響矢より上に立てるようになった。
 
 自分よりチビだった弘に負けて響矢はショックだったようだが、その傷ついた心を利用し、「親友」という関係から巧みに誘導して二人の関係を変化させていった。
 やがて諦めた響矢は、弘の言う事に反対しなくなり、弘は密かな望みを叶えたのだ。
 
「弘様、弘様! しっかりしてください!」
「機体の操縦がきかないんだ!」
 
 テュポーンのコックピットで、衝動的に必殺技を発動させた弘は、操作を受け付けなくなった機体に動揺していた。
 執事の佐藤は、弘の肩を揺さぶって、喝を入れてくる。
 
「しっかりしてください! それでも東條の名を背負う男ですか!」
 
 叱咤激励を受けた弘は、しかし、顔を歪ませた。
 
「くそぅ、俺が、俺が欲しい言葉は……」
「弘様!」
 
 テュポーンはすさまじい速度でどこかに移動している。
 どこへ行くのか、もはや弘にも分からない状態だった。
 周囲は竜巻に囲まれており、景色の確認もできない。
 光明を求めて空を見上げた弘は、台風の目を落下してくる藍色の機体を発見した。
 
「村田、お前はなんで、そんなにいつも」
 
 どうしてお前はいつも……眩しいんだ。
 
「!!」
 
 次の瞬間、オモイカネが振り下ろした太刀が、テュポーンの頭部に命中し、弘は脳天を揺さぶる衝撃に意識を散らした。
 
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