107 / 126
不屈の剣
104 好みの焼き加減はミディアムレアです
しおりを挟む
地下迷宮都市ニダベリルは多層構造になっていて、時計台広場の吹き抜けを登ると、簡単に最上部に到達できる。
「よっと」
時計台の窓から壁に設置してある非常用梯子に飛び移り、俺は壁をよじ登った。
イヴァンが窓から身を乗り出して「ゼフィ、無茶はするな!」と叫んでいる。
「へーきへーき!」
ニダベリルの外に群がっているモンスターは、地下最下層の迷宮からやってきたので、一番下にいるのだ。だから俺は、一番上の階層から奴らの上に飛び降りるつもりである。
「出入口は、無ければ作ればいい!」
愛剣・天牙をふるって、壁の一部を切り崩す。
ヒュウと風が吹き込む穴が空いた。
「ゼフィ!」
クロス兄が突起をつたって、身軽に壁を登ってくる。
「兄たん、俺たちが通ったら、この穴を氷でふさいでくれる?」
「任せておけ!」
俺は天牙で空けた穴をくぐりぬける。
続く兄たんは、自分が通った後に氷で穴を埋めた。
これでモンスターがニダベリルの中に入ってこれないだろう。
「飛込斬《とびこみぎり》!」
モンスターの群れに飛び込みながら、剣を振るう。
一回目の切り込みで着地の衝撃をやわらげ。
二回目の水平回転切りで、まとめて雑魚モンスターを薙ぎ払う。
突風で雪煙が立った。
着地した俺の周囲は、雑草を鎌で切り取ったように開けて、円の外側に切り倒されたモンスターの骸が散らばっている。
クロス兄がシュタッと俺の隣に舞い降りると、絶命寸前で未練がましく動いていたモンスターの切れ端が、白く凍てついた。
「久しぶりね、坊や……」
部下のモンスターが倒されたというのに、邪神ヒルデは動じない様子で、俺の前に進み出た。
前に会った時は人間サイズで、教会のシスターの恰好をしていた。
だけど今は人間の三倍近い身長で、上半身は黒髪の美女、下半身はムカデの化け物だ。
「あなた、ヴェルザンディを殺したんですって? 今度は同じようにはいかないわよ。対策して来たから」
「対策?」
「ふふ……私を斬ってごらん……?」
ヒルデは両腕を広げて、俺を手招きした。
ふわんと甘い匂いがする。
「うーん、なんか気持ち悪いから近づきたくない……」
「先に行くぞ、ゼフィ!」
「あ、兄たん」
俺が突撃するか迷っているうちに、クロス兄がヒルデに飛び掛かった。
ヒルデは笑みを浮かべて動かない。
「うがっ! 固っ!」
牙を射し込もうとしたクロス兄は「歯が折れそうだ」と引き返してきた。
「俺の牙が通らない。いったいどういうことだ?!」
「あははっ! 私は皮膚を神硬金属にしてきたのよ! フェンリルの牙はいざ知らず、人間の作った武器など、私にかかれば逆に折れてしまうわよ!」
皮膚を超硬くしてきたのだと、ヒルデは高笑いした。
「ええっ?! そんな!」
俺はがっかりした。
「じゃあ焼いて食べられないってこと? 皮をちょっと火で炙ってパリパリにするのが美味しいのにー」
「ちょっと! 私は魚じゃないわよ!」
ヒルデは額に青筋を立てる。
「兄たん、食べられないなんて残念だね」
「そうだな。今回は諦めよう」
「ここまで来て撤退?!」
俺たちの言葉に、ヒルデは唖然とした。
クロス兄は「歯が痛い」とやる気を無くしている。
俺も今回の獲物は美味しくなさそうなので、戦闘意欲がなくなってしまった。
あの辺でこっそり逃げようとしているカトブレパスを狩って、あとは適当に帰ろうかな。
その時、カタリと音が鳴った。
音の方向を見ると、閉じたニダベリルの門の前、大地小人の子供が震えながら立っている。
「……た、助けて」
逃げ遅れて、街の中に入り損ねたのだろう。
子供はおびえた表情で、ヒルデを見上げている。
「あら素敵な子供。いたぶって殺せば、ページ数は少ないけど、印象的な本になるかしら?」
ヒルデは子供の方に向きを変えた。
クロス兄が唸りながら俺に警告する。
「……ゼフィ。戦えば、お前のその"牙"が折れてしまうかもしれないぞ」
「そうだね」
俺は迷いながら剣を握り直す。
ヒルデを倒す方法は、何も剣で斬るだけじゃない。工夫すれば、ニダベリルを守る方法は真正面から戦う以外にもあるはずだ。
だが今、子供を守るためには、剣を振るうしかない。
「私のことは気にしないで」
「メープル……?」
空色の髪に黄金の瞳をした、半透明の少女が俺の肩口に現れる。
天牙に宿る剣の精霊メープルだ。
「剣は折れるものよ。だけどたとえ折れたとしても、戦うために使ってもらった方が、私は嬉しい」
メープルは微笑みながら、俺の剣を持つ手に重ねるように、手を伸ばした。
俺は逡巡する。
「修理できるか分からない。もう二度と会えなくなるかもしれないのに……」
「大丈夫よ。だって私とあなたは、また巡りあえたでしょう? 剣を失っても、心が折れても、もう一度最初から始めればいい。何度でも……戦って、私の英雄」
覚悟を決めて、俺は天牙を上段に構える。
息を吸い込みながら地面を蹴って踏み込んだ。
「はあっ!!」
子供に手を伸ばそうとしてるヒルデを追撃する。
ヒルデの腕に天牙を叩きつけた。
何かに引っ掛けたように、重い手応え。
一拍の後、ヒルデの白い腕に斜めの線が入り、ずるりと下に落ちる。
「嘘っ、私の腕が!」
切れた。
俺は少し安堵しながら、一回転して子供の前に着地する。
動揺するヒルデに向かって剣を構えなおした。
パシリ。
小さく繊細な音が耳に届く。
天牙の刃に亀裂が走った。
「よっと」
時計台の窓から壁に設置してある非常用梯子に飛び移り、俺は壁をよじ登った。
イヴァンが窓から身を乗り出して「ゼフィ、無茶はするな!」と叫んでいる。
「へーきへーき!」
ニダベリルの外に群がっているモンスターは、地下最下層の迷宮からやってきたので、一番下にいるのだ。だから俺は、一番上の階層から奴らの上に飛び降りるつもりである。
「出入口は、無ければ作ればいい!」
愛剣・天牙をふるって、壁の一部を切り崩す。
ヒュウと風が吹き込む穴が空いた。
「ゼフィ!」
クロス兄が突起をつたって、身軽に壁を登ってくる。
「兄たん、俺たちが通ったら、この穴を氷でふさいでくれる?」
「任せておけ!」
俺は天牙で空けた穴をくぐりぬける。
続く兄たんは、自分が通った後に氷で穴を埋めた。
これでモンスターがニダベリルの中に入ってこれないだろう。
「飛込斬《とびこみぎり》!」
モンスターの群れに飛び込みながら、剣を振るう。
一回目の切り込みで着地の衝撃をやわらげ。
二回目の水平回転切りで、まとめて雑魚モンスターを薙ぎ払う。
突風で雪煙が立った。
着地した俺の周囲は、雑草を鎌で切り取ったように開けて、円の外側に切り倒されたモンスターの骸が散らばっている。
クロス兄がシュタッと俺の隣に舞い降りると、絶命寸前で未練がましく動いていたモンスターの切れ端が、白く凍てついた。
「久しぶりね、坊や……」
部下のモンスターが倒されたというのに、邪神ヒルデは動じない様子で、俺の前に進み出た。
前に会った時は人間サイズで、教会のシスターの恰好をしていた。
だけど今は人間の三倍近い身長で、上半身は黒髪の美女、下半身はムカデの化け物だ。
「あなた、ヴェルザンディを殺したんですって? 今度は同じようにはいかないわよ。対策して来たから」
「対策?」
「ふふ……私を斬ってごらん……?」
ヒルデは両腕を広げて、俺を手招きした。
ふわんと甘い匂いがする。
「うーん、なんか気持ち悪いから近づきたくない……」
「先に行くぞ、ゼフィ!」
「あ、兄たん」
俺が突撃するか迷っているうちに、クロス兄がヒルデに飛び掛かった。
ヒルデは笑みを浮かべて動かない。
「うがっ! 固っ!」
牙を射し込もうとしたクロス兄は「歯が折れそうだ」と引き返してきた。
「俺の牙が通らない。いったいどういうことだ?!」
「あははっ! 私は皮膚を神硬金属にしてきたのよ! フェンリルの牙はいざ知らず、人間の作った武器など、私にかかれば逆に折れてしまうわよ!」
皮膚を超硬くしてきたのだと、ヒルデは高笑いした。
「ええっ?! そんな!」
俺はがっかりした。
「じゃあ焼いて食べられないってこと? 皮をちょっと火で炙ってパリパリにするのが美味しいのにー」
「ちょっと! 私は魚じゃないわよ!」
ヒルデは額に青筋を立てる。
「兄たん、食べられないなんて残念だね」
「そうだな。今回は諦めよう」
「ここまで来て撤退?!」
俺たちの言葉に、ヒルデは唖然とした。
クロス兄は「歯が痛い」とやる気を無くしている。
俺も今回の獲物は美味しくなさそうなので、戦闘意欲がなくなってしまった。
あの辺でこっそり逃げようとしているカトブレパスを狩って、あとは適当に帰ろうかな。
その時、カタリと音が鳴った。
音の方向を見ると、閉じたニダベリルの門の前、大地小人の子供が震えながら立っている。
「……た、助けて」
逃げ遅れて、街の中に入り損ねたのだろう。
子供はおびえた表情で、ヒルデを見上げている。
「あら素敵な子供。いたぶって殺せば、ページ数は少ないけど、印象的な本になるかしら?」
ヒルデは子供の方に向きを変えた。
クロス兄が唸りながら俺に警告する。
「……ゼフィ。戦えば、お前のその"牙"が折れてしまうかもしれないぞ」
「そうだね」
俺は迷いながら剣を握り直す。
ヒルデを倒す方法は、何も剣で斬るだけじゃない。工夫すれば、ニダベリルを守る方法は真正面から戦う以外にもあるはずだ。
だが今、子供を守るためには、剣を振るうしかない。
「私のことは気にしないで」
「メープル……?」
空色の髪に黄金の瞳をした、半透明の少女が俺の肩口に現れる。
天牙に宿る剣の精霊メープルだ。
「剣は折れるものよ。だけどたとえ折れたとしても、戦うために使ってもらった方が、私は嬉しい」
メープルは微笑みながら、俺の剣を持つ手に重ねるように、手を伸ばした。
俺は逡巡する。
「修理できるか分からない。もう二度と会えなくなるかもしれないのに……」
「大丈夫よ。だって私とあなたは、また巡りあえたでしょう? 剣を失っても、心が折れても、もう一度最初から始めればいい。何度でも……戦って、私の英雄」
覚悟を決めて、俺は天牙を上段に構える。
息を吸い込みながら地面を蹴って踏み込んだ。
「はあっ!!」
子供に手を伸ばそうとしてるヒルデを追撃する。
ヒルデの腕に天牙を叩きつけた。
何かに引っ掛けたように、重い手応え。
一拍の後、ヒルデの白い腕に斜めの線が入り、ずるりと下に落ちる。
「嘘っ、私の腕が!」
切れた。
俺は少し安堵しながら、一回転して子供の前に着地する。
動揺するヒルデに向かって剣を構えなおした。
パシリ。
小さく繊細な音が耳に届く。
天牙の刃に亀裂が走った。
0
お気に入りに追加
5,226
あなたにおすすめの小説
転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜
MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった
お詫びということで沢山の
チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。
自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。
おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ
Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_
【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】
後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。
目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。
そして若返った自分の身体。
美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。
これでワクワクしない方が嘘である。
そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。
気がついたら異世界に転生していた。
みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。
気がついたら異世界に転生していた。
普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・
冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。
戦闘もありますが少しだけです。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい
こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。
社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。
頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。
オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。
※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。
神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく
霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。
だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。
どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。
でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる