105 / 126
不屈の剣
102 俺のご飯を取らないで兄たん
しおりを挟む
働いたらお腹空いたなあ。
バーガーさんに花を届けた後、俺は子狼の姿のまま、ニダベリルの中にあるゴッホさんの家に戻ってきた。
とてとてとて。
「おお、戻ってきたな、ゼフィ! くぅー、可愛い俺の弟よ!」
クロス兄は俺を前足の間に引き込んで毛繕いを始めた。
最近、人の姿ばっかりだったからな。
「ゼフィ……?」
イヴァンが俺を指さして絶句している。
そういえば子狼の姿を見せるのは初めてだっけ。
「銀髪少年、銀狼、子犬……いったいどの姿が本当の姿なんだ?!」
混乱して頭を抱えるイヴァン。
えー、どれって言われても困っちゃうなあ。
「帰ってきたか坊主。そこな兄貴が肉を食いつくしたおかげで、食い物が残っとらんぞ」
ゴッホさんが時計をいじりながら言った。
俺はギギギとクロス兄を見上げた。
「ごはん……?」
「……」
クロス兄は明後日の方向を向いて知らんぷりした。
ひどい、ひどいよ兄たん!
「おれのごはんー!!」
「あっ、ゼフィ」
俺はクロス兄のふわふわ胸毛の間から飛び出した。
ええい、家出してやる!
逆戻りして外に出ていく俺を、クロス兄が急いで追いかけようとした。
しかしその前にイヴァンが立ちふさがる。
「どけ、人間!」
「――俺が追いかけます。ゼフィには頭を冷やす時間が必要でしょう」
牙をむき出して唸るクロス兄。
しかしイヴァンは冷静だった。
「必ず連れて戻りますから」
「……」
暗い夜の街に飛び出した俺は、耳をそばだてて、そのやり取りを聞いていた。
やがて、イヴァンが淡々と歩み寄ってくる。
「なんだ、待っていてくれたのか。言うほど怒ってないんだな」
イヴァンは俺の身体をすくいあげて抱っこする。
俺はぶっすり呟いた。
「兄たん、かほごなんだ……」
「うん」
「たまにちょっとあつくるしくなる」
「うん」
母上も兄狼も、俺のことを大事にしてくれる。
前世の人間の頃は、父親は物心ついた頃に亡くなり、母親は病気がちで俺が成人する前に死んだ。だからフェンリルに生まれ変わってから、糖分高めに甘やかされるこの環境は、嬉しくもあり、少し重くもある。
「そのくせ、おれより先にごはん食べちゃうし」
動物だからか本能に忠実だった。
肉親の情より食欲を優先することもある。
「そうか……良い家族なんだな」
「うん」
イヴァンは俺を抱っこしたまま夜の街を歩く。
こいつと再会して良かったと思うのは、こういう時だ。
愚痴を言いたい時にイヴァンは重宝する。
兄たんズは単純な性格だし、ティオは弟子だから弱音を吐きにくい。その点、前世で親友だったこいつなら、静かに話を聞くだろうと分かってる。
「おなかすいたー」
「だな」
イヴァンもご飯を食べ損ねたらしく、ちょっと虚ろな目をしている。
ゴッホさん時計以外は気にしてなさそうだもんね。
「あー、あっちから良いにおいがする!」
「ゼフィ、人の家に入るのは」
と言いながらも、イヴァンは俺が指差した方向に歩いて、扉が開いた家をのぞきこむ。
そこでは大地小人の夫婦が食事の準備をしていたところだった。
俺たちの視線に気付いた彼らが振り向く。
「おっ! そこにいるのは我が友イヴァンではないか!」
前に酒飲み勝負で意気投合した、飲んだくれ同盟のおっさんだ。
イヴァンは表情を明るくした。
「ガーランド! 久しぶりだな」
「そう時は経っていないが、ここで会ったが百年目。飲んでいくか? ついでに夕飯も馳走しよう!」
ガーランドというらしい大地小人のおっさんが、にこやかに言う。
やったね、ご飯ゲットだね!
後ろで鍋を見ていたガーランド夫人が、照れたように頬に軽く手をあて、片手に持ったお玉で夫をどついた。
「嫌だね、あんた。夕飯がついでだなんて! 私の作った夕食より酒の方が美味しいの?!」
「ぐふっ」
めっちゃ笑顔の奥さん、ガーランドさんをお玉で打ち倒す。
俺とイヴァンは家庭内暴力を目の当たりにして呆然とした。
「き、気にするな。いつのものことだ。さあ、食べていってくれ。家内も喜ぶ……」
「どうぞどうぞ!」
腫れた頬をさすりながら俺たちを手招きするガーランドと、夫人。
「お邪魔します……」
イヴァンは俺を抱えて恐る恐る家に入り、食卓の前の椅子に座った。
「あら可愛いワンちゃん。とっておきのハムをあげようね」
ガーランド夫人は、いそいそと俺の前に生ハムの載った皿を差し出してきた。
お肉!
続いて卓の中央に鍋が置かれた。中身は茶色いシチュー。ニダベリルには牛乳がないので、肉と野菜から染み出した出汁がスープの、シンプルな煮込み料理だ。
「最近ニダベリルはどうなんですか?」
イヴァンはガーランドと乾杯をかわしながら世間話を始める。
ガーランドは「これも食え」と焼いたキノコが乗った皿を押し出しながら答えた。
「そうだな。地上への道が通じたから、故郷に帰ろうとする迷い人や、旅に出たいという若い大地小人もいて、混乱しとるよ」
「そうですか……」
「良いことばかりじゃないさ。これからニダベリルがどうなっていくかは、分からない。だが破滅に向かうとかそういうのではなく、これはそれとは真逆の良い変化だ。未来は希望に満ちている。ワシらはお前たちに感謝しとるよ」
俺はテーブルに飛び乗って行儀悪く生ハムをほおばった。うまうま。
これ持って帰ってクロス兄の前で食べてやろうかな。
食い意地が張ってる兄たん、悔しがるだろうなあ。
バーガーさんに花を届けた後、俺は子狼の姿のまま、ニダベリルの中にあるゴッホさんの家に戻ってきた。
とてとてとて。
「おお、戻ってきたな、ゼフィ! くぅー、可愛い俺の弟よ!」
クロス兄は俺を前足の間に引き込んで毛繕いを始めた。
最近、人の姿ばっかりだったからな。
「ゼフィ……?」
イヴァンが俺を指さして絶句している。
そういえば子狼の姿を見せるのは初めてだっけ。
「銀髪少年、銀狼、子犬……いったいどの姿が本当の姿なんだ?!」
混乱して頭を抱えるイヴァン。
えー、どれって言われても困っちゃうなあ。
「帰ってきたか坊主。そこな兄貴が肉を食いつくしたおかげで、食い物が残っとらんぞ」
ゴッホさんが時計をいじりながら言った。
俺はギギギとクロス兄を見上げた。
「ごはん……?」
「……」
クロス兄は明後日の方向を向いて知らんぷりした。
ひどい、ひどいよ兄たん!
「おれのごはんー!!」
「あっ、ゼフィ」
俺はクロス兄のふわふわ胸毛の間から飛び出した。
ええい、家出してやる!
逆戻りして外に出ていく俺を、クロス兄が急いで追いかけようとした。
しかしその前にイヴァンが立ちふさがる。
「どけ、人間!」
「――俺が追いかけます。ゼフィには頭を冷やす時間が必要でしょう」
牙をむき出して唸るクロス兄。
しかしイヴァンは冷静だった。
「必ず連れて戻りますから」
「……」
暗い夜の街に飛び出した俺は、耳をそばだてて、そのやり取りを聞いていた。
やがて、イヴァンが淡々と歩み寄ってくる。
「なんだ、待っていてくれたのか。言うほど怒ってないんだな」
イヴァンは俺の身体をすくいあげて抱っこする。
俺はぶっすり呟いた。
「兄たん、かほごなんだ……」
「うん」
「たまにちょっとあつくるしくなる」
「うん」
母上も兄狼も、俺のことを大事にしてくれる。
前世の人間の頃は、父親は物心ついた頃に亡くなり、母親は病気がちで俺が成人する前に死んだ。だからフェンリルに生まれ変わってから、糖分高めに甘やかされるこの環境は、嬉しくもあり、少し重くもある。
「そのくせ、おれより先にごはん食べちゃうし」
動物だからか本能に忠実だった。
肉親の情より食欲を優先することもある。
「そうか……良い家族なんだな」
「うん」
イヴァンは俺を抱っこしたまま夜の街を歩く。
こいつと再会して良かったと思うのは、こういう時だ。
愚痴を言いたい時にイヴァンは重宝する。
兄たんズは単純な性格だし、ティオは弟子だから弱音を吐きにくい。その点、前世で親友だったこいつなら、静かに話を聞くだろうと分かってる。
「おなかすいたー」
「だな」
イヴァンもご飯を食べ損ねたらしく、ちょっと虚ろな目をしている。
ゴッホさん時計以外は気にしてなさそうだもんね。
「あー、あっちから良いにおいがする!」
「ゼフィ、人の家に入るのは」
と言いながらも、イヴァンは俺が指差した方向に歩いて、扉が開いた家をのぞきこむ。
そこでは大地小人の夫婦が食事の準備をしていたところだった。
俺たちの視線に気付いた彼らが振り向く。
「おっ! そこにいるのは我が友イヴァンではないか!」
前に酒飲み勝負で意気投合した、飲んだくれ同盟のおっさんだ。
イヴァンは表情を明るくした。
「ガーランド! 久しぶりだな」
「そう時は経っていないが、ここで会ったが百年目。飲んでいくか? ついでに夕飯も馳走しよう!」
ガーランドというらしい大地小人のおっさんが、にこやかに言う。
やったね、ご飯ゲットだね!
後ろで鍋を見ていたガーランド夫人が、照れたように頬に軽く手をあて、片手に持ったお玉で夫をどついた。
「嫌だね、あんた。夕飯がついでだなんて! 私の作った夕食より酒の方が美味しいの?!」
「ぐふっ」
めっちゃ笑顔の奥さん、ガーランドさんをお玉で打ち倒す。
俺とイヴァンは家庭内暴力を目の当たりにして呆然とした。
「き、気にするな。いつのものことだ。さあ、食べていってくれ。家内も喜ぶ……」
「どうぞどうぞ!」
腫れた頬をさすりながら俺たちを手招きするガーランドと、夫人。
「お邪魔します……」
イヴァンは俺を抱えて恐る恐る家に入り、食卓の前の椅子に座った。
「あら可愛いワンちゃん。とっておきのハムをあげようね」
ガーランド夫人は、いそいそと俺の前に生ハムの載った皿を差し出してきた。
お肉!
続いて卓の中央に鍋が置かれた。中身は茶色いシチュー。ニダベリルには牛乳がないので、肉と野菜から染み出した出汁がスープの、シンプルな煮込み料理だ。
「最近ニダベリルはどうなんですか?」
イヴァンはガーランドと乾杯をかわしながら世間話を始める。
ガーランドは「これも食え」と焼いたキノコが乗った皿を押し出しながら答えた。
「そうだな。地上への道が通じたから、故郷に帰ろうとする迷い人や、旅に出たいという若い大地小人もいて、混乱しとるよ」
「そうですか……」
「良いことばかりじゃないさ。これからニダベリルがどうなっていくかは、分からない。だが破滅に向かうとかそういうのではなく、これはそれとは真逆の良い変化だ。未来は希望に満ちている。ワシらはお前たちに感謝しとるよ」
俺はテーブルに飛び乗って行儀悪く生ハムをほおばった。うまうま。
これ持って帰ってクロス兄の前で食べてやろうかな。
食い意地が張ってる兄たん、悔しがるだろうなあ。
10
お気に入りに追加
5,226
あなたにおすすめの小説
転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜
MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった
お詫びということで沢山の
チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。
自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。
異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます
空色蜻蛉
ファンタジー
普通の高校生の樹(いつき)は、勇者召喚された友人達に巻き込まれ、異世界へ。
勇者ではない一般人の樹は元の世界に返してくれと訴えるが。
事態は段々怪しい雲行きとなっていく。
実は、樹には自分自身も知らない秘密があった。
異世界の中心である世界樹、その世界樹を守護する、最高位の八枚の翅を持つ精霊だという秘密が。
【重要なお知らせ】
※書籍2018/6/25発売。書籍化記念に第三部<過去編>を掲載しました。
※本編第一部・第二部、2017年10月8日に完結済み。
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
気がついたら異世界に転生していた。
みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。
気がついたら異世界に転生していた。
普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・
冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。
戦闘もありますが少しだけです。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
めんどくさがり屋の異世界転生〜自由に生きる〜
ゆずゆ
ファンタジー
※ 話の前半を間違えて消してしまいました
誠に申し訳ございません。
—————————————————
前世100歳にして幸せに生涯を遂げた女性がいた。
名前は山梨 花。
他人に話したことはなかったが、もし亡くなったら剣と魔法の世界に転生したいなと夢見ていた。もちろん前世の記憶持ちのままで。
動くがめんどくさい時は、魔法で移動したいなとか、
転移魔法とか使えたらもっと寝れるのに、
休みの前の日に時間止めたいなと考えていた。
それは物心ついた時から生涯を終えるまで。
このお話はめんどくさがり屋で夢見がちな女性が夢の異世界転生をして生きていくお話。
—————————————————
最後まで読んでくださりありがとうございました!!
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる