上 下
92 / 126
地底の迷宮

90 正直ご飯の時間が分かれば俺的には良いですが

しおりを挟む
 白竜スノウに乗って白銀山脈フロストランドに戻ってきたティオ。
 途中でフェンリル兄弟と別れ、ローリエの王宮に顔を出すことにした。
 
「ただいま戻りました、父さま」
「おお、ティオ! 元気そうで良かった」
 
 ローリエ国王ハロルドは、ティオを力強く抱擁する。
 
「それに何と、竜に乗って帰るとは」
「キューキュー(僕のご主人様にベタベタするな人間)」
 
 王宮の庭に降りた白竜スノウは、付近の人間を威嚇する。
 皆、竜を恐れてティオに積極的に近付かない。
 しかし唯一、元宮廷魔導士のフィリップだけは涼しい顔をして歩み寄り、ティオに話し掛けた。
 
「ティオさま。今、岩の国スウェルレンを伝説の巨人が襲っているそうですが、ご存知でしたか?」
「いえ……」
 
 ハロルドはフィリップの言葉に、打って変わって深刻な表情になった。
 
「岩の国スウェルレンを通過すれば、次は我が国だ。伝説の巨人に、いったいどうすれば対抗できるのか……」
「僕が行きます!」
「ティオ?!」
 
  国王は驚いて息子を止めようとしたが、ティオは素早く白竜に駆け寄って、竜の鞍にまたがってしまった。
 
「ゼフィがここにいれば、きっと助けてくれた。だけど今はいない……今度は僕が戦う番だ!」
「お待ち下さい殿下、帰国歓迎パーティーの予定が」
「そんなの後で良いじゃないか!」
 
 白竜はあっという間に上昇して、南の空へ飛んで行ってしまった。
 ハロルドは空を見上げながら呟く。
 
「なあフィリップや。息子はああ言っていたが、あのゼフィくんが協力してくれたと思うかね?」
「……少なくとも、前回のマツサカギュウより上等な肉が必要かと」
「だよね」
 
 肉大好きなフェンリル末っ子は、タダでは動かない。ティオは夢を見すぎだと、大人のハロルドとフィリップは溜め息を付いた。
 
 
  
◇◇◇ 
 
 
 
「へ、へくしゅ!」
「何? 風邪?」
「いや……誰か噂してるのかな」
 
 俺はルーナの突っ込みに首をかしげながら、鼻の下をこすった。
 迷宮都市ニダベリルを出た俺たちは、道なりに南を目指して歩いている。
 
「ところで、イヴァンは装備がなくて大丈夫? ニダベリル以外に補給できるところないの?」
 
 酒場に残るつもりだったイヴァンは手ぶらの状態である。
 鎧も武器もなく、水筒や携帯食料の用意もない。
 
「そうだな。ニダベリルの外に念のため荷物を隠している場所があるから、そこに寄って行こう」
 
 広い通路から少し逸れて狭くて寂れた道に入る。
 イヴァンは迷宮の壁の、何もないところを押した。
 壁に切れ込みが入って隠し扉が現れる。
 
「おおー」
 
 俺は感心した。
 準備が良いのは慎重なイヴァンらしい。
 イヴァンは不老不死の身体になっているから、傷はすぐに治る。だから鎧はあまり必要ないそうだ。隠し倉庫から短剣と携帯食料が入ったバッグだけ取り出している。
 
 俺は暇な間、迷宮の景色を眺める。
 今いる場所の天井は高い。吹き抜けのようになっている。フェンリル兄でもつっかえないだろう高さだ。見上げた先には橋のような建造物が見える。多層構造の迷宮の、ここは一番下のようだ。
 迷宮の壁は灰色の人工物で、幾何学模様が刻まれている。ところどころ壁や階段は崩れ落ち、自然の岩と混じってしまっていた。耳を澄ませると水の滴る音が聞こえる。川が近くにあるのかな。
 
 これから行く迷宮の名前は時計地獄クロックヘル
 時計の地獄というからには、時計が沢山あるのだろうか。
 
「南の時計地獄クロックヘルは、もともと探索済の安全な小規模の迷宮だった」
 
 準備を整えたイヴァンは、再び俺たちを案内して歩き始めた。
 
「探索済? じゃあ鍵はもう誰かに見つかっているんじゃ」
「実はそうなんだ。しかも鍵の所有者に心当たりがある。そいつは安全になった迷宮にそのまま住み込んで、時計を作り始めたんだ。偏屈な変人ドワーフでな」
 
 イヴァンは憂鬱そうな顔をした。
 
「迷宮に閉じこもって次から次へ時計を作るものだから、時計だらけの異様な景色になってしまった。だから時計地獄クロックヘル。あそこにはモンスターはいない。頑固ジジイがいるだけだ。だから余計に厄介なんだよ」
「もしかして頑固ジジイから鍵をゆずってもらうよう、交渉する必要があるってこと?」
「その通りだ」
 
 うわあ、面倒だな。
 
「そんなの、盗むか、脅して奪えばいいじゃない」 
 
 ルーナがすやすや眠っている赤ん坊ルーナを背負い直しながら、何でもないように言った。
 トラブルメーカーのルーナらしい提案だ。
 
「却下。一応、真正面から頼んでみよう」
 
 そういう訳で、俺たちは時計が積まれた一角に踏み込んだ。
 俺は時計と言えば教会の屋根の上にあるやつしか知らなかったのだが、柱時計や目覚まし時計など、いろいろな種類があるらしい。イヴァンに時計の種類を教えてもらう。見たことない時計が沢山あった。
 
「なんじゃいガキどもが」
 
 両側に時計がずらっと並んだ通路を歩いていくと、奥の部屋で大地小人ドワーフのおっさんが工具でネジを回しているところに行き着いた。
 何日も洗っていない作業服を着て、気難しい顔をした大地小人ドワーフのおっさんだ。
 おっさんは俺たちを見て不思議そうにする。
 見た目、大人が一人もいないよな、俺たちのパーティーは。
 
「お邪魔しまーす。あ……その時計に刺さっているやつって」
 
 壁際の一番大きい時計の、文字盤ダイアルの真ん中よりちょっと下に、金色の小さな鍵が刺さっている。
 ビンゴ!
 
「俺たち、その鍵を探してここまで来たんだ。おじさん、その鍵を譲ってもらえない?」
 
 俺は単刀直入にお願いした。
 
「断る。この時計は一番正確に時を測ることのできる作品なのだ」
 
 大地小人ドワーフのおっさんはむっつり言った。
 ま、いきなり頼んでも、無理だよな。
 
「そっかー。残念だな。じゃあ話は変わるけど、おじさん何でこんなところで時計作ってるの?」
「よく聞いてくれた!」
「わっ」
 
 おっさんは急に生き生きした様子になった。
 俺に向かって身を乗り出すようにする。
 
「ワシはどこよりも正確な時計を目指しておるのじゃ! そう、ニダベリルが地上と行き来があった頃、昼と夜が別れていた頃の、正確な時間を取り戻したい!」
 
 正確な時間?
 
「ニダベリルにある時計は正確じゃないの?」
「正確かどうか、今となっては分からん。日の光が射し込まなくなって久しいからの。本当に地上の昼夜と同期した正確な時間か、誰にも分からないんじゃ。ワシは過去の資料や小動物の行動パターンなどを調べながら、失われた時を探し求めている」
 
 このおっさんは職人肌なんだな。
 俺には「正確な時間」を測ることにどんな意味があるか分からないけど、世の中には拘りを持つ人がいるものだ。
 
「おじさんの目的は分かった……ような気がする。どうして迷宮で仕事してるの? ニダベリルじゃなくて」
「市長のバーガーの奴と気が合わんのだ。奴は、時間の正確性などどうでもいい、とりあえず定期的に鳴る時計さえあれば良いの一点張りでな」
 
 おっさんはニダベリルの時計職人たちと喧嘩中らしい。
 隣で聞いていたイヴァンが、うんうん頷く。
 
「正確な時間かどうかは、重要なことだ。時間が正確でないと書物や過去の資料の記載が間違っていることになるし、定期的に出現するモンスターを推測することも不可能になる」
「おお、分かってるじゃないか!」
 
 イヴァンとおっさんは意気投合した。
 何となく気付いてたけど、イヴァンは考え方がどっちかというと学者寄りだよな。
 
「その鍵が地上に戻るアイテムかもしれないんだ。おっさんの言う正確な時間も地上に出たら測れるだろ。な、鍵を貸してくれない?」
 
 俺はもう一回、おっさんが納得しそうな理由を付けて頼んでみる。
 今度は心に響いたらしく、おっさんは悩む様子を見せた。
 
「……条件がある。鍵を使うところをワシに見せてくれ」
「お安いご用だよ!」
「ワシの名前はゴッホじゃ。道中よろしく頼む」 
「こちらこそよろしく!」
 
 仲間が増えた。やったね!
 俺たちはいよいよ最初の氷結監獄アイスプリズンの奥へ引き返して、例の装置を動かすことになった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜

MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった お詫びということで沢山の チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。 自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。

おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ

Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_ 【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】 後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。 目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。 そして若返った自分の身体。 美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。 これでワクワクしない方が嘘である。 そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

処理中です...