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地底の迷宮

84 縁起でも無いことを言わないでください

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 ゼフィが地下迷宮都市ニダベリルで酒飲み大会をしていた頃。
 兄狼たちは、またもやゼフィが失踪したことを察知して、吠えまくっていた。
 
「どうしてゼフィはいつも、目を離した隙にいなくなるんだ?!」
「ワオオオン!!」
「しかも気配が全く感じられない! こんなことは初めてだ!」
 
 遠くにいても分かる弟の匂いが突然、消えてしまったのだ。
 動揺したフェンリルの遠吠えによって、火山のふもとの街レイガスの気温は下がり続けている。兄狼が居座る庭は凍り付いてしまった。領事館の人々は、故郷ローリエから持ってきた防寒具を着込む始末である。
 
「まさか、どこかの川か湖に落ちて溺れたのでは……!」
「落ち着けと言っておろうに。ほれ、ゼフィが作った転移魔法のゲートはそのままだろう」
 
 小さな青い竜の姿をしたヨルムンガンドが、空中で腕組みして兄弟をさとした。ゼフィの転移魔法が維持されているということは、本人が無事である証拠だ。
 しかし荒ぶるウォルトとクロスは全く聞いていなかった。
 
「お兄さん!」
 
 怒れる狼に立ち向かう勇者が現れた。
 ティオだ。
 
「貴様のような人間にお兄さんと呼ばれる筋合いは」
「じゃあウォルトさん、クロスさん」
「む……」
 
 金髪碧眼の少年は懸命に前に進み出る。
 クロスはひるんだ。
 兄狼たちは小さくて可愛いものに弱い。
 ティオは金色の猫姿になっていたこともあり、兄狼たちの中では可愛い生き物認定にギリで入っている。勿論、可愛い生き物ナンバーワンは弟である。
 
「ゼフィがいなくなって悲しいのは、お兄さんたちだけじゃない! ゼフィ! ずっと一緒にいられると思ってたのに」
「くっ……」
 
 にわかに通夜のような空気になった。
 泣きながら訴えるティオ。
 とても真剣な表情だ。
 ウォルトとクロスは思わず空気に呑まれ、走馬灯のようにゼフィの思い出を追った。
 
「ゼフィはお兄さんたちが喧嘩することを望んでないよ!」
「そうだな……あいつはいつも、吹雪になるから止めろと言っていた……」
「……ヴヴ……」
「お主ら、ゼフィは死んでおらんと言っておるのに……」
 
 ヨルムンガンドは呆れている。
 
「ゼフィ!」
「我が弟よー!」
「ウオォゥ!」
 
 フェンリル二匹とティオはひしと抱き合った。
 ちなみにティオは以前フェンリルの加護を与えられているので、兄狼の冷気は平気なのである。王子を守る騎士ロキなどは「寒くて凍っちまう」と毛布にくるまって歯をガチガチさせながら感動の抱擁シーンを見守っていた。
 
「過去にゼフィと行った思い出の場所を巡ろう!」
「ゼフィ巡礼の旅だな!」
「ウオオオ(いや弔い合戦だ)」
 
 すっかり弟狼は死んだという前提になっている。
 ヨルムンガンドは消極的に突っ込みを入れた。
 
「だから死んでないと言っておろう……」
「まずは白銀山脈フロストランドに戻って」
「殿下、竜騎士学校は?!」
「休む!」
 
 ティオは白竜スノウにまたがると、フェンリル二匹に続いて転移ゲートをくぐり白銀山脈《フロストランド》へ旅立ってしまった。
 
「大変だ。フェンリルくん、早く戻ってきてくれ……」
 
 主の行動をフォローしなければならないロキは、ゼフィの早々の帰還を心から祈った。
 
 
 
 ところで別の場所では別の異変が起きていた。
 黄金の聖女バレンシアは、その知らせを聞いて眉をひそめる。
 
「岩の国スウェルレンを、巨人が襲っている、ですって……?!」
「はい。同盟国を支援するため我が国も竜騎士を派遣しましたが、巨人には全く歯が立たず」
 
 膝まずいて報告する兵士。
 彼らは困惑している。
 
「数日前、フレイヤ王女が巨人を討伐したそうですが、いかなる技を使われたのでしょう。竜騎士の攻撃は、巨人に傷ひとつ付けられないのに」
「……」
 
 バレンシアは旧友の生まれ変わりだという、ゼフィという名前の少年を思い浮かべた。
 彼の剣術は達人を通り越して神業の域だ。
 普通の人間は剣だけで巨人を真っ二つにすることなど、できはしない。
 
「いったい何が起きているのでしょう。古代に滅んだとされる巨人が、こうも度々、姿を現すとは」
 
 兵士が深刻そうに言った。
 バレンシアも「邪神復活に続き、巨人復活とは。何か作為を感じるわね」と思ったが口には出さない。
 代わりにこう言った。
 
「巨人など歩く大岩に過ぎません。足場の悪い沼や湖に誘導して、動きを封じてしまえばよい」
「おお。仰る通りです」
「我が娘フレイヤをここに呼びなさい。一緒に、セイル・クレールという少年も」
「ははっ」
 
 巨人を無傷で倒せるのは、ゼフィしかいない。
 そう思って彼を呼び出そうとしたバレンシアだが、この時はゼフィが行方不明中だと知らなかった。
 
 
  
◇◇◇ 
 
 
 
 兄たん今頃どうしてるかなー。喧嘩してなきゃいいけど。
 俺は地上にいる家族を思った。
 早く帰らないとな。
 
「飲み比べの賞金で、俺を雇うとは。考えたな」
 
 俺の隣を歩くイヴァンが、感心したように言った。
 イヴァンは軽装鎧を着て細剣レイピアを持っている。
 大地小人ドワーフたちに飲み比べで勝った賞金は全て、イヴァンを迷宮案内に雇うために使った。立て替えた参加費を倍にして返せと言われていたし、ちょうどいい。
 
「私を赤ん坊の抱っこ係にするなんて……私に給料は無いわけ?!」
「んー。ありがとう」
「きぃーっ、そんな感謝の言葉で誤魔化されないわよ!」
 
 小銭で抱っこ紐を買って、ルーナに赤ん坊のローズを抱えてもらっている。宿に置いていく選択肢もあったのだが、俺たちと離れるとギャン泣きするため断念した。
 というか、迷宮の中で転移魔法を使える場所があったら、転移魔法で外に脱出できる。その時にローズもいないと置いてけぼりだからさ。
 
「イヴァン。この付近の迷宮で、皆が探索を断念してる、とびきり手強い場所を教えて」
「まさか……」
「皆が探索し終わった場所に、出口なんてある訳ないだろ」
 
 そんな簡単にいくなら、皆、外に出られているはずだ。
 イヴァンは当然のように顔をしかめる。
 どうせ危険だからとか言うんだろ。耳タコです。
 
「俺の忠告を聞きそうにないな。やれやれ」
 
 そうそう、諦めてね。
 
「誰も踏破していない迷宮、それは北の氷結監獄アイスプリズンだな」
 
 イヴァンは俺たちを連れて大通りを北に進んだ。
 突き当たりに鋼《はがね》の扉がある。扉の表面には何か文字が彫ってあった。
 
「親しき者に別れを告げよ、と書いてある。ここから先は迷宮だ。しかも空間がねじれてる場所もあって一筋縄ではいかない。生きて帰れないかもしれない。それでも……行くんだな?」
 
 門番の大地小人ドワーフと挨拶を交わしながら、イヴァンは険しい表情で言った。
 俺は笑って答える。
 
「大丈夫だよ。何とかなるって」
「……泣いて帰ることにならなきゃいいが」
 
 こちらを子供と思っているイヴァンや大地小人ドワーフのおっさんは心配そうだ。仕方ないか。第三者から見ると子供ばかりの遠足パーティーだからな。
 俺たちは扉の先に進んだ。
 隣でエムリットが緊張感無くピョンピョン跳ねている。
 暗い場所はエムリットが目から光線を発して照らしてくれた。便利だ。
 だんだん気温が下がって寒くなる。
 辺りは凍り付いて、いつの間にか足元は氷の床だ。
 氷柱つららが支える大広間に辿り着いて、俺は正面にうずくまる白銀の獣に気付き、息を飲んだ。
 
「これが誰も踏破できない理由さ。迷宮の入り口に、いきなり最強の敵がいるんだから……神獣フェンリル。氷結監獄アイスプリズンの門番さ」
「嘘だろ……?!」
 
 黄金の鎖で四肢を繋がれた獣は、確かに俺の知るフェンリルだった。
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