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地底の迷宮
82 地下迷宮都市ニダベリルより中継します
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そういえば妙にローズが静かだなーと思ってたら、彼女はいつの間にかスヤスヤ寝ていた。俺とエムリットの騒々しいやりとりは子守唄だったらしい。いやはや。
「ねえ、どこまで歩けばいいの?」
「……データベースショウゴウ。ゲンザイイチ、フメイ。マップデータヲ、ニュウリョクシテクダサイ」
「全く役に立たないわね!」
割れた扉を踏み越えて、俺たちは暗い地下通路をひたすら歩いていた。
ルーナがぶつくさ文句を言っている。
エムリットの言葉は意味不明だ。
「大丈夫だよ。この先に食べ物の匂いがする」
俺の鼻は人家の気配を嗅ぎ付けていた。
通路の先に明かりがある。
「出口だ……!」
眩しくて立ち止まる。
そこは地下にある大通りのような空間だった。
道を行き来するのは大地小人。
荷車を引いているのは焦げ茶色の巨大なネズミだ。馬車ならぬ鼠車といったところか。
天井にはスズランに似た花が咲いていて照明代わりになっている。
足元は星屑めいた光が入り交じる黒くて平べったい石が敷かれており、標識と思われる文字の書かれた石板があちこちに設置されていた。
「おおー」
見たことの無い風景に、俺は思わず見いってしまった。
しかしどこへ行けばいいだろう。
まだ地下みたいだけど。
「おや……迷い人かい?」
キョロキョロしていると、大地小人のおっさんが声を掛けてくれた。なまりが強いけど共通語だ。
「迷宮都市ニダベリルへようこそ! ここには空間のねじれた色々な場所から人が迷い込んでくるのだ」
「迷宮都市?」
「おうよ! ニダベリルの周囲は地下迷宮になっているんだぜ!」
俺はルーナと目を合わせた。
彼女は「私も知らない」と首を横に振っている。
「地上へ出るには、どっちに行けばいい?」
「さあな! ここは地下迷宮だ。出た奴の話は聞いたことがない!」
「ええ?!」
うわあ、やばい場所に迷い込んでしまったなあ。
「迷い人はイヴァンの酒場へ行きな! あそこの酒場は宿屋も兼ねていて、迷い人に無料で宿や飯を提供してくれる」
「情報ありがとう」
イヴァン……はて、どこかで聞いた名前だな。
俺は聞き覚えがあると思ったが、とりあえずイヴァンの酒場とやらを目指すことにした。
「俺が案内してやるよ!」
「いいの?」
「困った時はお互いさまさ」
親切な大地小人のおっさんは道案内をかって出てくれた。ここはありがたく好意に甘えよう。
辺りにはお店が並んでいたが、地下なので建物ではなく洞窟を利用した部屋になっている。店の前の壁には商品が吊られていて、例えば食品店ならカエルの干物や果実が並んでいたり、工具店ならツルハシや金づちが置かれていた。
おっさんと一緒に歩いていると、鍵盤楽器の低くて柔らかな音色が聞こえてくる。短いメロディーだったが、地下空間に反響して長く響いた。
音楽が終わった後、天井の明かりがいきなり暗くなった。
「ここは地下で昼が無いからな。決まった時間に音楽を流して消灯するようにしているのさ」
「規則正しいんだね」
「おうよ。俺たち大地小人は時計作りが得意だ。工芸芸術って奴には規則性が必要なんだ。生活もそうであるべきってな!」
へえー。街の中も綺麗で整備されてるし、文化が高水準だな。
「だけど規則ってのは破るためにある! 大概の大地小人は消灯後も工作したり、だらだら酒を飲んだりしているけどな」
「規則意味ないね!」
感心した気持ちがどこかに飛んでいってしまった。
「ここだ!」
案内された店の前には、剣が突き刺さっている酒樽が目印代わりに置かれている。壁の石に「イヴァンの酒場」と書かれているようだが、大地小人独自の文字なのか読めない。
扉は無かった。
オレンジ色の光と喧騒が店内から漏れている。
「お邪魔しまーす」
俺はピョンピョン跳ぶエムリットと後ろにルーナを伴って、酒場に足を踏み入れた。中では大地小人の客が椅子に座って酒を飲み、料理を食べている。
美味しそう……。
「おーい、イヴァン! 久し振りの迷い人だぞ!」
案内の大地小人のおっさんが、声を張り上げて店主を呼んでくれる。
オリーブ色のベストを着こんだ青年が、カウンターから出てきた。背は俺より少し高いくらい、店主とは思えない若さだ。
短い髪は赤銅色で、瞳は石炭のような落ち着いた赤だ。
「あ……!」
顔を見た途端に、思い出した。
前世の人間だった頃に一緒に遊んだ幼馴染みの少年。
一緒に兵士に徴収されて、戦いの中で生死不明の行方知れずになったイヴァンのことを。
「お、お前!」
「?」
イヴァンの方はきょとんとしている。
今の俺は銀髪碧眼の、人間時代とは全く異なる容姿になっている。
彼が気付かないのも当たり前だ。
「疲れた! もう限界よ。椅子に座らせて。あと、お水ちょうだい」
ルーナが横から文句を言ったので俺は我に返る。
イヴァンは苦笑して「水か。すぐに持ってくる」と言った。
俺はルーナとカウンターに座った。
水の入った金属のコップが目の前に置かれる。
「災難だったな。こんなところに迷い込んでしまうとは」
カウンターの向こう側で、イヴァンは食器を布で拭きながら人懐っこい笑顔を浮かべた。
「ここは大地小人ばかりで人間が少ないから、外から迷い込んで来たらすぐに分かる」
「イヴァンは人間だよね?」
もしかして本当に人間時代の幼馴染みイヴァンなのだろうか。
俺はさりげなく彼の出身を聞き出そうとした。
「そうだよ。イグザムという国の戦争に兵士として駆り出された時、仲間からはぐれて変な空間に迷い込んだんだ。それで迷宮都市ニダベリルに来てしまった」
イグザム……俺のいた国の名前だ。今はルクス共和国という恥ずかしい名前に変わっているが。
経歴も幼馴染みと一致する。
「俺はこれでも五十歳を過ぎてるんだぜ。見えないだろ? 迷宮で不老不死の薬を間違って飲んじまって、ずっと若いままの姿なんだ」
「へ、へえー」
「信じてないな? まあ、自分でもおかしな人生だと思うよ。結局、迷宮から出るのを諦めて、ここで迷い人を支援する酒場を運営してるしな」
間違いない、幼馴染みのイヴァンだ。
会話するごとに懐かしい雰囲気を感じる。
しっかし「おかしな人生」度合いは俺の方がすごいぞ。なんたって一度死んでフェンリルに転生だからな! 絶対お前も信じるまい。
俺は思い出してローズを抱え直した。
「……」
いつの間にかローズは目を開けて、じっと周囲を観察している。
「ふぎゃああああっ!」
やべっ。泣き出した。
すると酒を飲んでいた大地小人たちが寄ってくる。
「赤子の泣き声だ。めんこいのう!」
「幼い子供を見るのは数年ぶりじゃ。ほれ、いないいないばあ!」
「誰かミルクとオムツを持ってきてやれ!」
皆、赤ん坊が好きらしい。
寄ってたかってローズをあやし始めた。
「その子は君の妹かい?」
「へ? ああ」
妹じゃないけど、そう見えるよな、普通。
「そうか……俺がいなくなって皆、どうしてるかな……」
イヴァンが寂しそうな顔をした。
自分の妹を思い出しているらしい。
俺の記憶では生き残って美人に成長していたが。
「……イヴァン。一緒に地上を目指そう」
「無理だよ。酒場の運営の仕事もあるし」
気になるなら自分の目で確かめればいい、と誘いを掛ける。だがイヴァンは数十年の地下生活で自信を失っているのか、やる気がなさそうだ。
ここはひとつ、辛気臭い顔をしている友人の背中を、多少強引でもぐいっと押してやるとするか。
「無理なんてことはないよ。どんなことでも自分次第さ」
そう言うと、イヴァンはゆっくり瞬きした。
「その台詞、誰かを思い出すな……」
俺を思い出してくれてもいいんだぜ。
というか、そろそろご飯も出してくれ。お腹減ったー。
「ねえ、どこまで歩けばいいの?」
「……データベースショウゴウ。ゲンザイイチ、フメイ。マップデータヲ、ニュウリョクシテクダサイ」
「全く役に立たないわね!」
割れた扉を踏み越えて、俺たちは暗い地下通路をひたすら歩いていた。
ルーナがぶつくさ文句を言っている。
エムリットの言葉は意味不明だ。
「大丈夫だよ。この先に食べ物の匂いがする」
俺の鼻は人家の気配を嗅ぎ付けていた。
通路の先に明かりがある。
「出口だ……!」
眩しくて立ち止まる。
そこは地下にある大通りのような空間だった。
道を行き来するのは大地小人。
荷車を引いているのは焦げ茶色の巨大なネズミだ。馬車ならぬ鼠車といったところか。
天井にはスズランに似た花が咲いていて照明代わりになっている。
足元は星屑めいた光が入り交じる黒くて平べったい石が敷かれており、標識と思われる文字の書かれた石板があちこちに設置されていた。
「おおー」
見たことの無い風景に、俺は思わず見いってしまった。
しかしどこへ行けばいいだろう。
まだ地下みたいだけど。
「おや……迷い人かい?」
キョロキョロしていると、大地小人のおっさんが声を掛けてくれた。なまりが強いけど共通語だ。
「迷宮都市ニダベリルへようこそ! ここには空間のねじれた色々な場所から人が迷い込んでくるのだ」
「迷宮都市?」
「おうよ! ニダベリルの周囲は地下迷宮になっているんだぜ!」
俺はルーナと目を合わせた。
彼女は「私も知らない」と首を横に振っている。
「地上へ出るには、どっちに行けばいい?」
「さあな! ここは地下迷宮だ。出た奴の話は聞いたことがない!」
「ええ?!」
うわあ、やばい場所に迷い込んでしまったなあ。
「迷い人はイヴァンの酒場へ行きな! あそこの酒場は宿屋も兼ねていて、迷い人に無料で宿や飯を提供してくれる」
「情報ありがとう」
イヴァン……はて、どこかで聞いた名前だな。
俺は聞き覚えがあると思ったが、とりあえずイヴァンの酒場とやらを目指すことにした。
「俺が案内してやるよ!」
「いいの?」
「困った時はお互いさまさ」
親切な大地小人のおっさんは道案内をかって出てくれた。ここはありがたく好意に甘えよう。
辺りにはお店が並んでいたが、地下なので建物ではなく洞窟を利用した部屋になっている。店の前の壁には商品が吊られていて、例えば食品店ならカエルの干物や果実が並んでいたり、工具店ならツルハシや金づちが置かれていた。
おっさんと一緒に歩いていると、鍵盤楽器の低くて柔らかな音色が聞こえてくる。短いメロディーだったが、地下空間に反響して長く響いた。
音楽が終わった後、天井の明かりがいきなり暗くなった。
「ここは地下で昼が無いからな。決まった時間に音楽を流して消灯するようにしているのさ」
「規則正しいんだね」
「おうよ。俺たち大地小人は時計作りが得意だ。工芸芸術って奴には規則性が必要なんだ。生活もそうであるべきってな!」
へえー。街の中も綺麗で整備されてるし、文化が高水準だな。
「だけど規則ってのは破るためにある! 大概の大地小人は消灯後も工作したり、だらだら酒を飲んだりしているけどな」
「規則意味ないね!」
感心した気持ちがどこかに飛んでいってしまった。
「ここだ!」
案内された店の前には、剣が突き刺さっている酒樽が目印代わりに置かれている。壁の石に「イヴァンの酒場」と書かれているようだが、大地小人独自の文字なのか読めない。
扉は無かった。
オレンジ色の光と喧騒が店内から漏れている。
「お邪魔しまーす」
俺はピョンピョン跳ぶエムリットと後ろにルーナを伴って、酒場に足を踏み入れた。中では大地小人の客が椅子に座って酒を飲み、料理を食べている。
美味しそう……。
「おーい、イヴァン! 久し振りの迷い人だぞ!」
案内の大地小人のおっさんが、声を張り上げて店主を呼んでくれる。
オリーブ色のベストを着こんだ青年が、カウンターから出てきた。背は俺より少し高いくらい、店主とは思えない若さだ。
短い髪は赤銅色で、瞳は石炭のような落ち着いた赤だ。
「あ……!」
顔を見た途端に、思い出した。
前世の人間だった頃に一緒に遊んだ幼馴染みの少年。
一緒に兵士に徴収されて、戦いの中で生死不明の行方知れずになったイヴァンのことを。
「お、お前!」
「?」
イヴァンの方はきょとんとしている。
今の俺は銀髪碧眼の、人間時代とは全く異なる容姿になっている。
彼が気付かないのも当たり前だ。
「疲れた! もう限界よ。椅子に座らせて。あと、お水ちょうだい」
ルーナが横から文句を言ったので俺は我に返る。
イヴァンは苦笑して「水か。すぐに持ってくる」と言った。
俺はルーナとカウンターに座った。
水の入った金属のコップが目の前に置かれる。
「災難だったな。こんなところに迷い込んでしまうとは」
カウンターの向こう側で、イヴァンは食器を布で拭きながら人懐っこい笑顔を浮かべた。
「ここは大地小人ばかりで人間が少ないから、外から迷い込んで来たらすぐに分かる」
「イヴァンは人間だよね?」
もしかして本当に人間時代の幼馴染みイヴァンなのだろうか。
俺はさりげなく彼の出身を聞き出そうとした。
「そうだよ。イグザムという国の戦争に兵士として駆り出された時、仲間からはぐれて変な空間に迷い込んだんだ。それで迷宮都市ニダベリルに来てしまった」
イグザム……俺のいた国の名前だ。今はルクス共和国という恥ずかしい名前に変わっているが。
経歴も幼馴染みと一致する。
「俺はこれでも五十歳を過ぎてるんだぜ。見えないだろ? 迷宮で不老不死の薬を間違って飲んじまって、ずっと若いままの姿なんだ」
「へ、へえー」
「信じてないな? まあ、自分でもおかしな人生だと思うよ。結局、迷宮から出るのを諦めて、ここで迷い人を支援する酒場を運営してるしな」
間違いない、幼馴染みのイヴァンだ。
会話するごとに懐かしい雰囲気を感じる。
しっかし「おかしな人生」度合いは俺の方がすごいぞ。なんたって一度死んでフェンリルに転生だからな! 絶対お前も信じるまい。
俺は思い出してローズを抱え直した。
「……」
いつの間にかローズは目を開けて、じっと周囲を観察している。
「ふぎゃああああっ!」
やべっ。泣き出した。
すると酒を飲んでいた大地小人たちが寄ってくる。
「赤子の泣き声だ。めんこいのう!」
「幼い子供を見るのは数年ぶりじゃ。ほれ、いないいないばあ!」
「誰かミルクとオムツを持ってきてやれ!」
皆、赤ん坊が好きらしい。
寄ってたかってローズをあやし始めた。
「その子は君の妹かい?」
「へ? ああ」
妹じゃないけど、そう見えるよな、普通。
「そうか……俺がいなくなって皆、どうしてるかな……」
イヴァンが寂しそうな顔をした。
自分の妹を思い出しているらしい。
俺の記憶では生き残って美人に成長していたが。
「……イヴァン。一緒に地上を目指そう」
「無理だよ。酒場の運営の仕事もあるし」
気になるなら自分の目で確かめればいい、と誘いを掛ける。だがイヴァンは数十年の地下生活で自信を失っているのか、やる気がなさそうだ。
ここはひとつ、辛気臭い顔をしている友人の背中を、多少強引でもぐいっと押してやるとするか。
「無理なんてことはないよ。どんなことでも自分次第さ」
そう言うと、イヴァンはゆっくり瞬きした。
「その台詞、誰かを思い出すな……」
俺を思い出してくれてもいいんだぜ。
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