上 下
70 / 126
竜の娘

68 昔の仲間に見つかってしまいました

しおりを挟む
 内心びくびくしながらも偉そうにふるまった甲斐があり、順当に偉い人に会うことができた。
 場所を竜騎士学校に移して、俺たちは応接室で話し合っている。
 
「レイガス火焔洞かえんどうは、エスペランサ東部の罪人を収容する施設です。重罪人を竜の餌にしているのですよ」
「へーえ。竜に食べさせてるのか」
「ええ。人道から反するという意見もあるので、裏の話ですが。あっはっは」
 
 責任者はエスペランサのマリスン伯爵。
 竜騎士学校のスポンサーも兼ねているという、カイゼル髭のおっさんだ。
 この陽気なおっさんが火山一帯の地主らしい。
 マリスン伯爵は、邪神事件で俺が活躍したことを知っていて、俺が勝手にレイガス火焔洞に侵入して剣を振り回したことは不問にしてくれた。

 それとは別に「なぜ他国の貴族であるセイルがレイガス火炎洞の付近を散歩していたか」という不審点は残る訳だが「殿下が竜を遊ばせる場所を探していて」と言うと納得された。アールフェスの顔を見に来たなんて、本当のことは言えないもんな。
 
「クリスティ商会の逃走を未然に防ぐことができて何よりです。アールフェス・バルトが死に、黒幕である商会の者が雲隠れしていれば、管理責任を追及されて私の首は飛んでいたでしょう。セイル殿、あなたは私の命の恩人ですよ!」
「偶然、現場に立ち会ったから斬っただけだけどな」
 
 マリスン伯爵は嬉しそうだった。
 どうやら俺の行動は伯爵の利益になったらしい。
 ふかふかのソファに座って相槌を打っていると、目の前のテーブルに菓子の乗った皿が置かれた。
 
「食べていいの?」
「どうぞ! 南の海に面した地方で食される、スフォリアテッラという菓子です」
 
 何枚も布を重ねたようなパイ生地が特徴の、二枚貝の貝殻のような見た目のお菓子だった。
 サクサクした食感で、中のアーモンドクリームも香ばしくて美味しい。
 あっという間に出された菓子を平らげると、ぬるく冷ました珈琲を飲んで一息つく。
 ああ、至福の時間だった。
 ……なんの話をしてたっけ?
 
「邪神復活の件を国王に報告したところ、黄金の聖女、御自らレイガスに視察に来られることになりました。フレイヤ王女の様子も確認したいのでしょうね。今日、こちらにいらっしゃいます」
「……え?」
「ちょうど良かったですね! 王女もセイル殿を、黄金の聖女さまに紹介したいと仰っておられました」
 
 俺は途中から話を聞いていなかった。
 最後のマリスン伯爵の台詞で、ようやく現実に戻ってくる。
 黄金の聖女が、ここに来る?
 やっば! 逃げなきゃ!
 
「俺、用事を思い出したから、続きはまた今度」
「来られたようですよ」
「ええ?!」
 
 窓の外で、巨大な竜がバッサバッサと翼を広げながら着地するところだった。
 兵士や騎士たちが学校の前で整列している。
 
「さあ私たちもお迎えに参りましょう!」
「ちょっと待って俺は部外者」
「遠慮なさらずに!」
 
 マリスン伯爵は笑顔で俺の退路をさえぎった。
 逃げられる場所はないか、俺は周囲を見回す。
 駄目だ。出入口には、黄金の聖女の出迎えで沢山の人が立っている。
 こんな人前で転移の魔法を使って消えたら、騒ぎになってしまうし、これは逃げられないと腹をくくった方が良さそうだ。
 俺は観念して伯爵と一緒に玄関に向かった。
 
 無敗の六将と呼ばれた、俺の前世。
 昔の仲間は銀髪美少年の俺を見て、前世の赤眼の黒狼の俺と結び付けて考えはしない。フェンリルになった俺は、前世とは全く違う容姿になっているのだから。
 しかし、黄金の聖女だけは、それが通用しない可能性があった。
 
「……久しぶりね、フレイヤ。あなたが無事で、何よりです」
「お母さま」
 
 竜騎士学校の前で、フレイヤ王女と黄金の聖女が、再会の抱擁をかわしている。
 黄金の聖女は白いドレスを着た、背の高い貴婦人だった。
 数十年の時を経て少女だった彼女は老いていたが、年月は気品へと昇華され、美しさは損なわれていない。頭上に飾られた白ユリを模した花冠は、彼女の神聖さを表すようである。
 花冠の下から波打つ黄金の髪はドレスの足元まで流れ、娘の頬を撫でる手は白く滑らかだ。
 愛娘の前だというのに、彼女の瞳は固く閉じられている。
 黄金の聖女は、盲目なのだ。
 
「あ……セイルさま」
 
 フレイヤ王女は、出迎えに出てきた伯爵の隣に俺を見つけると、途端に赤面した。
 
「お母さま、紹介します。私を助けてくださった、セイル・クレールさまです」
 
 娘の言葉に、黄金の聖女は閉じたままの眼差しを俺に移した。
 彼女は"目に見えないものを見る"力を持っている。
 黄金の聖女は驚愕したように固まり、その唇が音も無く、前世の俺の名前を呼ぶ。
 やっぱりばれたか。
 仕方ない。
 
「……黄金の聖女さまにお会いできて光栄です。僭越ながら、聖女さまにお話したいことがあり、人払いをお願いできないでしょうか」
 
 俺は周囲の目を意識して、無難そうな言葉遣いで頼んでみる。
 黄金の聖女はゆっくり頷いた。
 
「分かりました。マリスン伯爵、セイル・クレールと話せる場所の用意を」
「承りました」
 
 会ったばかりの少年と二人きりになると聞いて、周囲の者は目を白黒させている。
 フレイヤ王女も驚いているようだが「さすがセイルさま。母さまの目にかなうなんて」などと言っている。いや、違うから。昔の知り合いなだけだから。
 こうして急遽、竜騎士学校の一室がセッティングされ、俺は黄金の聖女と対面して話すことになった。
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜

MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった お詫びということで沢山の チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。 自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...