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竜の娘
68 昔の仲間に見つかってしまいました
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内心びくびくしながらも偉そうにふるまった甲斐があり、順当に偉い人に会うことができた。
場所を竜騎士学校に移して、俺たちは応接室で話し合っている。
「レイガス火焔洞は、エスペランサ東部の罪人を収容する施設です。重罪人を竜の餌にしているのですよ」
「へーえ。竜に食べさせてるのか」
「ええ。人道から反するという意見もあるので、裏の話ですが。あっはっは」
責任者はエスペランサのマリスン伯爵。
竜騎士学校のスポンサーも兼ねているという、カイゼル髭のおっさんだ。
この陽気なおっさんが火山一帯の地主らしい。
マリスン伯爵は、邪神事件で俺が活躍したことを知っていて、俺が勝手にレイガス火焔洞に侵入して剣を振り回したことは不問にしてくれた。
それとは別に「なぜ他国の貴族であるセイルがレイガス火炎洞の付近を散歩していたか」という不審点は残る訳だが「殿下が竜を遊ばせる場所を探していて」と言うと納得された。アールフェスの顔を見に来たなんて、本当のことは言えないもんな。
「クリスティ商会の逃走を未然に防ぐことができて何よりです。アールフェス・バルトが死に、黒幕である商会の者が雲隠れしていれば、管理責任を追及されて私の首は飛んでいたでしょう。セイル殿、あなたは私の命の恩人ですよ!」
「偶然、現場に立ち会ったから斬っただけだけどな」
マリスン伯爵は嬉しそうだった。
どうやら俺の行動は伯爵の利益になったらしい。
ふかふかのソファに座って相槌を打っていると、目の前のテーブルに菓子の乗った皿が置かれた。
「食べていいの?」
「どうぞ! 南の海に面した地方で食される、スフォリアテッラという菓子です」
何枚も布を重ねたようなパイ生地が特徴の、二枚貝の貝殻のような見た目のお菓子だった。
サクサクした食感で、中のアーモンドクリームも香ばしくて美味しい。
あっという間に出された菓子を平らげると、ぬるく冷ました珈琲を飲んで一息つく。
ああ、至福の時間だった。
……なんの話をしてたっけ?
「邪神復活の件を国王に報告したところ、黄金の聖女、御自らレイガスに視察に来られることになりました。フレイヤ王女の様子も確認したいのでしょうね。今日、こちらにいらっしゃいます」
「……え?」
「ちょうど良かったですね! 王女もセイル殿を、黄金の聖女さまに紹介したいと仰っておられました」
俺は途中から話を聞いていなかった。
最後のマリスン伯爵の台詞で、ようやく現実に戻ってくる。
黄金の聖女が、ここに来る?
やっば! 逃げなきゃ!
「俺、用事を思い出したから、続きはまた今度」
「来られたようですよ」
「ええ?!」
窓の外で、巨大な竜がバッサバッサと翼を広げながら着地するところだった。
兵士や騎士たちが学校の前で整列している。
「さあ私たちもお迎えに参りましょう!」
「ちょっと待って俺は部外者」
「遠慮なさらずに!」
マリスン伯爵は笑顔で俺の退路をさえぎった。
逃げられる場所はないか、俺は周囲を見回す。
駄目だ。出入口には、黄金の聖女の出迎えで沢山の人が立っている。
こんな人前で転移の魔法を使って消えたら、騒ぎになってしまうし、これは逃げられないと腹をくくった方が良さそうだ。
俺は観念して伯爵と一緒に玄関に向かった。
無敗の六将と呼ばれた、俺の前世。
昔の仲間は銀髪美少年の俺を見て、前世の赤眼の黒狼の俺と結び付けて考えはしない。フェンリルになった俺は、前世とは全く違う容姿になっているのだから。
しかし、黄金の聖女だけは、それが通用しない可能性があった。
「……久しぶりね、フレイヤ。あなたが無事で、何よりです」
「お母さま」
竜騎士学校の前で、フレイヤ王女と黄金の聖女が、再会の抱擁をかわしている。
黄金の聖女は白いドレスを着た、背の高い貴婦人だった。
数十年の時を経て少女だった彼女は老いていたが、年月は気品へと昇華され、美しさは損なわれていない。頭上に飾られた白ユリを模した花冠は、彼女の神聖さを表すようである。
花冠の下から波打つ黄金の髪はドレスの足元まで流れ、娘の頬を撫でる手は白く滑らかだ。
愛娘の前だというのに、彼女の瞳は固く閉じられている。
黄金の聖女は、盲目なのだ。
「あ……セイルさま」
フレイヤ王女は、出迎えに出てきた伯爵の隣に俺を見つけると、途端に赤面した。
「お母さま、紹介します。私を助けてくださった、セイル・クレールさまです」
娘の言葉に、黄金の聖女は閉じたままの眼差しを俺に移した。
彼女は"目に見えないものを見る"力を持っている。
黄金の聖女は驚愕したように固まり、その唇が音も無く、前世の俺の名前を呼ぶ。
やっぱりばれたか。
仕方ない。
「……黄金の聖女さまにお会いできて光栄です。僭越ながら、聖女さまにお話したいことがあり、人払いをお願いできないでしょうか」
俺は周囲の目を意識して、無難そうな言葉遣いで頼んでみる。
黄金の聖女はゆっくり頷いた。
「分かりました。マリスン伯爵、セイル・クレールと話せる場所の用意を」
「承りました」
会ったばかりの少年と二人きりになると聞いて、周囲の者は目を白黒させている。
フレイヤ王女も驚いているようだが「さすがセイルさま。母さまの目に適うなんて」などと言っている。いや、違うから。昔の知り合いなだけだから。
こうして急遽、竜騎士学校の一室がセッティングされ、俺は黄金の聖女と対面して話すことになった。
場所を竜騎士学校に移して、俺たちは応接室で話し合っている。
「レイガス火焔洞は、エスペランサ東部の罪人を収容する施設です。重罪人を竜の餌にしているのですよ」
「へーえ。竜に食べさせてるのか」
「ええ。人道から反するという意見もあるので、裏の話ですが。あっはっは」
責任者はエスペランサのマリスン伯爵。
竜騎士学校のスポンサーも兼ねているという、カイゼル髭のおっさんだ。
この陽気なおっさんが火山一帯の地主らしい。
マリスン伯爵は、邪神事件で俺が活躍したことを知っていて、俺が勝手にレイガス火焔洞に侵入して剣を振り回したことは不問にしてくれた。
それとは別に「なぜ他国の貴族であるセイルがレイガス火炎洞の付近を散歩していたか」という不審点は残る訳だが「殿下が竜を遊ばせる場所を探していて」と言うと納得された。アールフェスの顔を見に来たなんて、本当のことは言えないもんな。
「クリスティ商会の逃走を未然に防ぐことができて何よりです。アールフェス・バルトが死に、黒幕である商会の者が雲隠れしていれば、管理責任を追及されて私の首は飛んでいたでしょう。セイル殿、あなたは私の命の恩人ですよ!」
「偶然、現場に立ち会ったから斬っただけだけどな」
マリスン伯爵は嬉しそうだった。
どうやら俺の行動は伯爵の利益になったらしい。
ふかふかのソファに座って相槌を打っていると、目の前のテーブルに菓子の乗った皿が置かれた。
「食べていいの?」
「どうぞ! 南の海に面した地方で食される、スフォリアテッラという菓子です」
何枚も布を重ねたようなパイ生地が特徴の、二枚貝の貝殻のような見た目のお菓子だった。
サクサクした食感で、中のアーモンドクリームも香ばしくて美味しい。
あっという間に出された菓子を平らげると、ぬるく冷ました珈琲を飲んで一息つく。
ああ、至福の時間だった。
……なんの話をしてたっけ?
「邪神復活の件を国王に報告したところ、黄金の聖女、御自らレイガスに視察に来られることになりました。フレイヤ王女の様子も確認したいのでしょうね。今日、こちらにいらっしゃいます」
「……え?」
「ちょうど良かったですね! 王女もセイル殿を、黄金の聖女さまに紹介したいと仰っておられました」
俺は途中から話を聞いていなかった。
最後のマリスン伯爵の台詞で、ようやく現実に戻ってくる。
黄金の聖女が、ここに来る?
やっば! 逃げなきゃ!
「俺、用事を思い出したから、続きはまた今度」
「来られたようですよ」
「ええ?!」
窓の外で、巨大な竜がバッサバッサと翼を広げながら着地するところだった。
兵士や騎士たちが学校の前で整列している。
「さあ私たちもお迎えに参りましょう!」
「ちょっと待って俺は部外者」
「遠慮なさらずに!」
マリスン伯爵は笑顔で俺の退路をさえぎった。
逃げられる場所はないか、俺は周囲を見回す。
駄目だ。出入口には、黄金の聖女の出迎えで沢山の人が立っている。
こんな人前で転移の魔法を使って消えたら、騒ぎになってしまうし、これは逃げられないと腹をくくった方が良さそうだ。
俺は観念して伯爵と一緒に玄関に向かった。
無敗の六将と呼ばれた、俺の前世。
昔の仲間は銀髪美少年の俺を見て、前世の赤眼の黒狼の俺と結び付けて考えはしない。フェンリルになった俺は、前世とは全く違う容姿になっているのだから。
しかし、黄金の聖女だけは、それが通用しない可能性があった。
「……久しぶりね、フレイヤ。あなたが無事で、何よりです」
「お母さま」
竜騎士学校の前で、フレイヤ王女と黄金の聖女が、再会の抱擁をかわしている。
黄金の聖女は白いドレスを着た、背の高い貴婦人だった。
数十年の時を経て少女だった彼女は老いていたが、年月は気品へと昇華され、美しさは損なわれていない。頭上に飾られた白ユリを模した花冠は、彼女の神聖さを表すようである。
花冠の下から波打つ黄金の髪はドレスの足元まで流れ、娘の頬を撫でる手は白く滑らかだ。
愛娘の前だというのに、彼女の瞳は固く閉じられている。
黄金の聖女は、盲目なのだ。
「あ……セイルさま」
フレイヤ王女は、出迎えに出てきた伯爵の隣に俺を見つけると、途端に赤面した。
「お母さま、紹介します。私を助けてくださった、セイル・クレールさまです」
娘の言葉に、黄金の聖女は閉じたままの眼差しを俺に移した。
彼女は"目に見えないものを見る"力を持っている。
黄金の聖女は驚愕したように固まり、その唇が音も無く、前世の俺の名前を呼ぶ。
やっぱりばれたか。
仕方ない。
「……黄金の聖女さまにお会いできて光栄です。僭越ながら、聖女さまにお話したいことがあり、人払いをお願いできないでしょうか」
俺は周囲の目を意識して、無難そうな言葉遣いで頼んでみる。
黄金の聖女はゆっくり頷いた。
「分かりました。マリスン伯爵、セイル・クレールと話せる場所の用意を」
「承りました」
会ったばかりの少年と二人きりになると聞いて、周囲の者は目を白黒させている。
フレイヤ王女も驚いているようだが「さすがセイルさま。母さまの目に適うなんて」などと言っている。いや、違うから。昔の知り合いなだけだから。
こうして急遽、竜騎士学校の一室がセッティングされ、俺は黄金の聖女と対面して話すことになった。
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