上 下
46 / 126
英雄の後継

44 食べ物を粗末にしてはいけません

しおりを挟む
 いつの間にか、トリッセンの前には大きな寸胴鍋ずんどうなべが用意されていた。
 山と盛られた野菜をひとつかみ、トリッセンは空中に放り上げる。

「アタタタタタタタタアッ!」

 落下する途中のニンジンやダイコンに向かって包丁を走らせる。
 目も止まらぬ包丁さばきによって、野菜は見事な輪切りになって鍋に落ちていった。
 メガホンを手に実況している金髪の少女が興奮して叫ぶ。

「剣豪トリッセン、すさまじい剣術だーっ! しかし、輪切りにする前に皮を剥いてほしいと、野菜屋の店主が言っているーっ!」

 一応、洗ってから切り刻んではいるらしい。
 でも皮は剥こうよ。

「見習い剣士ティオ少年も負けていない! 慣れた手つきでキャベツを刻んでいるー!」

 ティオはまな板に向かって、キャベツを猛烈な勢いで千切りしていた。
 均等な細切りになったキャベツが皿の上に盛られていく。

「ティオ少年、さっきからキャベツしか刻んでいません! 惣菜店のおばさんが、後でまとめてザワークラウトにしようかしら、と言っているーっ!」

 ザワークラウトとは、キャベツの千切りを漬物にした、酸っぱい食べ物だ。
 肉料理の付け合わせとしてこの地方では良く食べられているらしい。

「楽しそうなことをやってんな。あんたがローリエ王国の騎士、ロキ殿か。子守、ご苦労様」
「貴殿は……」

 料理勝負を見守る俺とロキの背後に、のっそり酒瓶を持った巨漢が立った。話をしながら酒をらっぱ飲みする。
 男は皮鎧を身に着け、腰に剣をいている。革鎧の胸元には、スウェスレンの国旗にもある、金槌の紋様が彫られていた。
 
「俺はスウェルレン警備隊支部長のラークだ。刀匠ザトーの通報で事態を収拾しに来たが、なんか面白いことになってるので見物中だ」
「昼間から兵士が酒を飲むとは……ああもう、さっさと事態を収拾してくれれば、どっちでもいい!」

 ロキは任務中に酒を飲むラークに呆れたが、自分自身も不真面目な性格をしているので仕方ないと割り切ったようだ。

「周辺に部下を配置しているところだ。一区切りついてから、仕事といこう。それにしてもローリエ王国の王子様は、なかなか肝が据わってるじゃないか」

 ラークは感心したようにティオを眺めた。
 俺は彼の台詞に同意する。

「ティオはさ、あの図太さが良いんだ。きっと大物に成長するよ」

 腕組みして言った俺に、ラークは興味をそそられたようだ。

「坊主は?」
「ティオの友達だよ。ねえ、今のうちに"天牙"を取り戻せない?」
「そいつはナイスアイデアだな」

 トリッセンは料理に夢中で、剣をまとめて後ろに置いている。
 収集癖でもあるのか、彼の荷物には十本以上の鞘に入った剣が刺さっていた。
 そこには真新しい白い布に包まれた"天牙"の姿もある。
 布にくるまれて中身が見えなくなっているが、それが"天牙"だと、なぜか俺にははっきりと分かった。
 今、助けに行くからな。

 護衛としてティオの側から離れないロキを置いて、俺はラークと共に裏路地からトリッセンの後ろに回り込んだ。抜き足、差し足で、料理に夢中なトリッセンの背後の剣の山に近付く。
 そのまま"天牙"を持ち去ろうとした俺の足元に……トリッセンが切り落とした野菜の切れ端が転がってきた。

「もったいなっ!」

 そのニンジンの頭には、まだ食べられる赤い部分がかなり残っていた。
 貧乏性と言うなかれ。
 前世では子供の頃、貧しい家で両親を支えて家事に苦労したし、今世ではフェンリルとは言え、野生の厳しいおきてを体験している。食べ物を捨てるなんてとんでもない。

 ふと見上げると、鍋に入りきらない余った野菜の切れ端が、テーブルの上に放置されている。
 トリッセンはその野菜くずを、まとめてゴミ箱に捨てようとしていた。
 
「なんてことを」

 もはや"天牙"を奪おうとしたことはどうでも良い。
 食べ物を粗末にすることは、この街の人が許しても俺が許さん!

「捨てるな! 俺が料理する!」
「何だと……?!」

 俺はトリッセンの手を止めると、包丁を奪った。
 唖然とするトリッセンを押しのけて調理を開始する。

「なんとっ、突然、銀髪の美少年が勝負に乱入! トリッセンの調理台をうばって料理を始めたあっ!」

 実況の少女が口から泡を飛ばして声を張り上げる。
 向かいでティオの後ろに立つロキが、額に手を当てて「なんでこんなことに」と嘆いた。
 俺は構わずに素早くニンジンの頭やダイコンの切れ端の皮を剥き、切り刻む。

「速い! それにしても銀髪美少年、光速の包丁さばきです! あっという間に野菜を切り刻んでいくー!」

 テーブルの端には、トリッセンが手を付けていない食材がある。
 近くの川か湖で釣ったらしい丸まると太った魚だ。
 俺は魚のまな板に乗せると、包丁を滑らせてざっとうろこを落とす。次に頭を切り落とし、腹を切り裂いて内臓を取り出すと、魚の背筋に沿って切り込みを入れた。

「そして魚屋もびっくりの秒速三枚おろしだーっ! もはや達人技!」

 骨に肉がくっついて残らないように綺麗に身を切り離す。
 我ながら改心の出来だ。
 白身魚か。火の通りが早いな。それなら……。

「良い匂いです! もう匂いを嗅ぐだけでお腹が空きます! ゼフィ選手、料理は何でしょう?!」
「……白身魚の酒蒸し、野菜スープとダイコンおろし添えだよ」

 酒はラークからもらった。
 切り刻んだ野菜からは良い出汁が出ていることだろう。
 いっちょうあがり、っと。
 それにしても俺はいったいいつの間に選手になったんだ……?

「すっごーい、ゼフィ! これ美味しいよ!」
「フェンリルくん、神獣なんて辞めて料理人になった方がいい」

 ティオとロキ、見ていた街の人々が、俺の料理を味見して、口々に歓声を上げた。
 あれ? 俺たち何をしていたんだっけ。

「……その剣技、賞賛に値する」
「トリッセン」

 途中で空気になっていたトリッセンが復活して、俺に声を掛けた。
 剣技……剣なんて使ってたっけ。

「直接、剣を交わさなくても分かる。貴方は、俺よりはるか高みにいる剣士だ。伏して頼む。俺……いや私に剣の稽古を付けて頂きたい」

 トリッセンは真剣な顔で俺に頼んできた。
 剣の稽古って、ようするに決闘したいってことじゃないか。
 どうしようかな。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜

MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった お詫びということで沢山の チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。 自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

異世界転生はうっかり神様のせい⁈

りょく
ファンタジー
引きこもりニート。享年30。 趣味は漫画とゲーム。 なにかと不幸体質。 スイーツ大好き。 なオタク女。 実は予定よりの早死は神様の所為であるようで… そんな訳あり人生を歩んだ人間の先は 異世界⁈ 魔法、魔物、妖精もふもふ何でもありな世界 中々なお家の次女に生まれたようです。 家族に愛され、見守られながら エアリア、異世界人生楽しみます‼︎

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...