43 / 126
英雄の後継
41 昔取った杵柄です
しおりを挟む
ミカの師匠を助けるために、結局エスペランサに行くことになりました。こうなったら留学の話に乗って、王様にサポートしてもらったほうがお得だよな。
そういう訳で俺たちはミカを連れて、王様に会いに行った。
「おお、ティオと一緒に行ってくださいますか!」
王様は大喜びだ。
「世間知らずで、王族としての教育も十分ではないティオを、国外に出すのは不安だったところです」
「ひとのこと言えるの? 二年間引きこもってた絵描きの王様」
「いやあ、それを言われると弱いですなあ」
俺は人間の姿で、兄狼二匹とミカと一緒に、宮殿の奥にある一室に通された。
そこで王様とフィリップさんと、打ち合わせをすることにした。
護衛が数人、部屋の外で待機しているだけで他人がいないので、王様はくだけた口調でしゃべっている。
「ミカさんは、獣人ですか? 猫、にしては耳が丸いですね」
「わ、わたしは、タヌキです!」
ミカは真っ赤な顔でしどろもどろに言った。
王様の前で緊張しているようだ。
フィリップさんが静かに進言する。
「彼女さえ良ければ、侍女の身分として連れていってはいかがでしょう」
「貴族の屋敷でお手伝いとして働いた経験はあります! エスペランサで育ったので、足手まといにはなりません」
「それは心強いな」
紅潮した頬のまま、勢い込んでミカが答えた。
エスペランサに詳しいミカがいれば、現地で迷うこともなさそうだ。
「ゼフィさまは、私の親戚でティオさまの乳兄弟ということにすればよろしいかと」
「ほえ?」
「ちょうど親戚にセイル・クレールという少年がおります。ティオさまは陛下の隠し子で、辺境の片田舎で私の親戚のセイルと育った、ということにすれば筋が通るでしょう」
ああ、そうか。ゼフィって本名のままで行く訳にはいかないもんな。
淡々と設定を詰めていたところで、扉がバーンと開いて、ティオが乱入してきた。
ティオは嬉しくて仕方ないのか、俺に飛びついてくる。
部屋の出入り口で、護衛の人が困った顔をしていた。
「ゼフィー! 一緒に竜騎士学校に来てくれるって本当?!」
「ティオ、上着のボタンがずれてる」
「だってこんな複雑な服、難しくて分からないよ!」
貴族の服は凝った作りのものが多いから仕方ない。
それに貴賓室にノックせずに飛び込むって、人間の貴族的にはよろしくなかったような。誰かこいつに礼儀作法を教えてやれよ。
こうして準備を進めた俺たちは、いよいよ騎士団に護衛されてエスペランサに旅立つことになった。
俺が竜に変身するか、ヨルムンガンドに飛んでもらえばすぐに着くのだが、人間に目撃されて噂になったら面倒なことになる。まあこの際、のんびり観光がてら旅をするのも悪くないと思う。
南の大国エスペランサへは、岩の国スウェルレンを通る必要がある。
スウェルレンは大地小人の血を引く人間が多く、岩塩の産出と金属加工で有名な国だった。俺の愛剣"天牙"は、実はスウェルレンで鍛えられた剣だ。
旅の護衛についた騎士団の隊長は、意外な人物だった。
「フェンリル君、久しぶり」
「ロキじゃん」
出会った時と違い無精ひげを剃ったロキは、黒髪に青い瞳の好青年だった。
しかし部下の騎士たちがきっちり制服を着ているのに、襟元をゆるめて旅用コートの下を麻のシャツにしているあたり、どことなくチャラい雰囲気を漂わせている。
「あれ? 怖いフェンリルのお兄さんたちは?」
「ふふふ……」
ロキは俺の事情をある程度、知っている。
いつも一緒にいるクロス兄とウォルト兄の姿が見えないと疑問を口に出す彼に、俺は含み笑いで答えた。
「じゃーん、兄たんたちです!」
俺の両脇から、大型犬サイズになったクロス兄とウォルト兄が進み出る。
変身の魔法をかけて小さくなってもらったのだ。
「うおっ?!」
「あなどるなよ、人間。この姿でもお前を一瞬で凍らせることは可能だ」
「……(グルル)」
最近、俺につきあって人間と話すことが多いので、兄狼は人間と言葉が通じる魔法をすっかりマスターしてしまった。
ロキは兄狼の絶対零度の眼差しにおびえて後ずさる。
「俺の護衛、必要ないんじゃ……」
だよね。実は俺もそう思った。
問題があるとしたら、ティオの方だ。
「やっと勉強から解放される……」
ティオは旅立ち前に礼儀作法や試験勉強を詰め込まれたらしく、げっそりした様子だ。村にいた頃と違い、王子としての服を着せられているが、慣れていないのか服に着られている感が半端ない。
嘆いているティオの後ろ頭を、メイド姿のミカが定規で叩いた。
「殿下、背筋を伸ばして! 残念ながら、私は旅の間も作法を教えるように仰せつかっています」
「そんな……」
真面目なミカは、ティオの家庭教師代わりになったらしい。
剣術はロキに教わることになっているから、ティオは旅の間もみっちり英才教育を仕込まれるだろう。大変だなー。
「それにしてもゼフィさまは、きちんと礼服も着こなしているし、食事のマナーも完璧ですね。いったいどこで身につけられたのですか?」
ミカが俺を見て不思議そうにした。
セイル・クレールという貴族の少年を演じるにあたって、俺もティオと同じように貴族の服を身に付けている。
銀髪美少年の俺が、藍色の生地に銀糸の刺繍が入った宮廷長上衣を着て行儀良く座っていると絵になるらしい。王様に「旅立ち前に写生させてくれ」と言われた時はちょっとひいたけど。
人間だった頃は、一応、爵位をもらって将軍やってたからな。平民出で馬鹿にされないように、一通り礼儀作法を身に付けたっけ。こんなとこで役立つと思わなかった。
「さすが俺たちのゼフィだ。人間の王族と並んで遜色ない」
「……(こくこく)」
兄たんたちは単純に感心している。
「さすがフェンリルくん、何でもありだな」
ロキは「神獣フェンリルだから」と早々に思考を放棄したようだ。
なんでか、ミカ以外、誰も俺の過去に疑問は無いらしい。
まあいっか。
「頑張れよー、ティオ」
「ええっ、頑張るの僕だけ?!」
昔取った杵柄で人間に化けて行動するのは支障なさそうだ。
ティオをからかって、美味しいものを食べて……楽しい旅行になりそうだな!
そういう訳で俺たちはミカを連れて、王様に会いに行った。
「おお、ティオと一緒に行ってくださいますか!」
王様は大喜びだ。
「世間知らずで、王族としての教育も十分ではないティオを、国外に出すのは不安だったところです」
「ひとのこと言えるの? 二年間引きこもってた絵描きの王様」
「いやあ、それを言われると弱いですなあ」
俺は人間の姿で、兄狼二匹とミカと一緒に、宮殿の奥にある一室に通された。
そこで王様とフィリップさんと、打ち合わせをすることにした。
護衛が数人、部屋の外で待機しているだけで他人がいないので、王様はくだけた口調でしゃべっている。
「ミカさんは、獣人ですか? 猫、にしては耳が丸いですね」
「わ、わたしは、タヌキです!」
ミカは真っ赤な顔でしどろもどろに言った。
王様の前で緊張しているようだ。
フィリップさんが静かに進言する。
「彼女さえ良ければ、侍女の身分として連れていってはいかがでしょう」
「貴族の屋敷でお手伝いとして働いた経験はあります! エスペランサで育ったので、足手まといにはなりません」
「それは心強いな」
紅潮した頬のまま、勢い込んでミカが答えた。
エスペランサに詳しいミカがいれば、現地で迷うこともなさそうだ。
「ゼフィさまは、私の親戚でティオさまの乳兄弟ということにすればよろしいかと」
「ほえ?」
「ちょうど親戚にセイル・クレールという少年がおります。ティオさまは陛下の隠し子で、辺境の片田舎で私の親戚のセイルと育った、ということにすれば筋が通るでしょう」
ああ、そうか。ゼフィって本名のままで行く訳にはいかないもんな。
淡々と設定を詰めていたところで、扉がバーンと開いて、ティオが乱入してきた。
ティオは嬉しくて仕方ないのか、俺に飛びついてくる。
部屋の出入り口で、護衛の人が困った顔をしていた。
「ゼフィー! 一緒に竜騎士学校に来てくれるって本当?!」
「ティオ、上着のボタンがずれてる」
「だってこんな複雑な服、難しくて分からないよ!」
貴族の服は凝った作りのものが多いから仕方ない。
それに貴賓室にノックせずに飛び込むって、人間の貴族的にはよろしくなかったような。誰かこいつに礼儀作法を教えてやれよ。
こうして準備を進めた俺たちは、いよいよ騎士団に護衛されてエスペランサに旅立つことになった。
俺が竜に変身するか、ヨルムンガンドに飛んでもらえばすぐに着くのだが、人間に目撃されて噂になったら面倒なことになる。まあこの際、のんびり観光がてら旅をするのも悪くないと思う。
南の大国エスペランサへは、岩の国スウェルレンを通る必要がある。
スウェルレンは大地小人の血を引く人間が多く、岩塩の産出と金属加工で有名な国だった。俺の愛剣"天牙"は、実はスウェルレンで鍛えられた剣だ。
旅の護衛についた騎士団の隊長は、意外な人物だった。
「フェンリル君、久しぶり」
「ロキじゃん」
出会った時と違い無精ひげを剃ったロキは、黒髪に青い瞳の好青年だった。
しかし部下の騎士たちがきっちり制服を着ているのに、襟元をゆるめて旅用コートの下を麻のシャツにしているあたり、どことなくチャラい雰囲気を漂わせている。
「あれ? 怖いフェンリルのお兄さんたちは?」
「ふふふ……」
ロキは俺の事情をある程度、知っている。
いつも一緒にいるクロス兄とウォルト兄の姿が見えないと疑問を口に出す彼に、俺は含み笑いで答えた。
「じゃーん、兄たんたちです!」
俺の両脇から、大型犬サイズになったクロス兄とウォルト兄が進み出る。
変身の魔法をかけて小さくなってもらったのだ。
「うおっ?!」
「あなどるなよ、人間。この姿でもお前を一瞬で凍らせることは可能だ」
「……(グルル)」
最近、俺につきあって人間と話すことが多いので、兄狼は人間と言葉が通じる魔法をすっかりマスターしてしまった。
ロキは兄狼の絶対零度の眼差しにおびえて後ずさる。
「俺の護衛、必要ないんじゃ……」
だよね。実は俺もそう思った。
問題があるとしたら、ティオの方だ。
「やっと勉強から解放される……」
ティオは旅立ち前に礼儀作法や試験勉強を詰め込まれたらしく、げっそりした様子だ。村にいた頃と違い、王子としての服を着せられているが、慣れていないのか服に着られている感が半端ない。
嘆いているティオの後ろ頭を、メイド姿のミカが定規で叩いた。
「殿下、背筋を伸ばして! 残念ながら、私は旅の間も作法を教えるように仰せつかっています」
「そんな……」
真面目なミカは、ティオの家庭教師代わりになったらしい。
剣術はロキに教わることになっているから、ティオは旅の間もみっちり英才教育を仕込まれるだろう。大変だなー。
「それにしてもゼフィさまは、きちんと礼服も着こなしているし、食事のマナーも完璧ですね。いったいどこで身につけられたのですか?」
ミカが俺を見て不思議そうにした。
セイル・クレールという貴族の少年を演じるにあたって、俺もティオと同じように貴族の服を身に付けている。
銀髪美少年の俺が、藍色の生地に銀糸の刺繍が入った宮廷長上衣を着て行儀良く座っていると絵になるらしい。王様に「旅立ち前に写生させてくれ」と言われた時はちょっとひいたけど。
人間だった頃は、一応、爵位をもらって将軍やってたからな。平民出で馬鹿にされないように、一通り礼儀作法を身に付けたっけ。こんなとこで役立つと思わなかった。
「さすが俺たちのゼフィだ。人間の王族と並んで遜色ない」
「……(こくこく)」
兄たんたちは単純に感心している。
「さすがフェンリルくん、何でもありだな」
ロキは「神獣フェンリルだから」と早々に思考を放棄したようだ。
なんでか、ミカ以外、誰も俺の過去に疑問は無いらしい。
まあいっか。
「頑張れよー、ティオ」
「ええっ、頑張るの僕だけ?!」
昔取った杵柄で人間に化けて行動するのは支障なさそうだ。
ティオをからかって、美味しいものを食べて……楽しい旅行になりそうだな!
10
お気に入りに追加
5,235
あなたにおすすめの小説
転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜
MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった
お詫びということで沢山の
チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。
自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。
神々の仲間入りしました。
ラキレスト
ファンタジー
日本の一般家庭に生まれ平凡に暮らしていた神田えいみ。これからも普通に平凡に暮らしていくと思っていたが、突然巻き込まれたトラブルによって世界は一変する。そこから始まる物語。
「私の娘として生まれ変わりませんか?」
「………、はいぃ!?」
女神の娘になり、兄弟姉妹達、周りの神達に溺愛されながら一人前の神になるべく学び、成長していく。
(ご都合主義展開が多々あります……それでも良ければ読んで下さい)
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しています。
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
辺境伯令嬢に転生しました。
織田智子
ファンタジー
ある世界の管理者(神)を名乗る人(?)の願いを叶えるために転生しました。
アラフィフ?日本人女性が赤ちゃんからやり直し。
書き直したものですが、中身がどんどん変わっていってる状態です。
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる