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極夜の支配者

35 時空転移が発生しました

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 月が夜毎よごとに形を変えるように、あらゆる属性の魔法に対応できるのが、月の属性の特徴らしい。
 フェンリルに生まれて寿命も人間より長いし、今世は全種類の魔法コンプリートを目指そうかな。

 魔法の勝負もして疲れたので、その日は休んで体力を回復することにした。しかし外は依然と太陽が輝いているため、昼夜の感覚がおかしい。
 次の日。
 俺は小竜の姿のヨルムンガンドと共に、魔王地下城ダンジョンに囚われたクロス兄とティオを取り返しに行くことにした。

「ウォルト兄は大きくて目立つから、外で待っててよ」

 ウォルト兄は俺が心配だと渋る様子だったが、狭い地下では巨体がつっかえるので仕方なく外で待つことを了承してくれた。

「……帰ってくるのが遅ければ、壁を破壊して雪崩なだれで奴らを一掃してやる」
「兄たん怖い」

 グルグル唸るウォルト兄はやる気満々だ。
 なるべく早く戻って来よう……。

 救出作戦は非常にざっくりした感じだった。
 壁の薄いところから転移魔法を使って内部に潜入し、狼の嗅覚でクロス兄とティオの匂いを辿る。後はヨルムンガンドの魔法で眠りを解除してもらい、皆で脱出するだけ。

「……無事に戻ってくるんだぞ」
「うん。いってきます」

 崖の下まで俺を運んできてくれたウォルト兄と、鼻面をあわせた。
 そして、転移魔法で壁の内側と外側をつなぐ扉を作る。
 移動しやすい人間の少年の姿に変身して、ヨルムンガンドを肩に乗せ、扉の中へ飛び込んだ。変なところに出ないといいけど。
 暗闇を抜けた後、足元でちゃぷんと水音がした。

「うわっ、ここどこ?!」

 俺は辺りを見回した。
 予想とは違い、通路や普通の部屋ではなかった。
 奥行きがあり天井が高い空間だ。
 足元は平らにならした石畳が水滴に濡れている。
 やたら湿気が高くて、温かい。
 目の前にはお湯が入った大きな入れ物が鎮座している。

「ふむ。ここは風呂のようだな」

 肩の上でヨルムンガンドが腕組みして言った。

「風呂?!」

 俺は慌てふためいた。
 暑い場所やお湯は苦手なんだよっ!
 転移した場所は最悪だった。
 しかし、幸いにして風呂に人影はない。魔族に見つかって追いかけ回される心配はなさそうだ。

「さっさと出よう」
「お湯につかっていかないのかね?」

 ヨルムンガンドは残念そうに湯船を見ている。
 俺は構わず出入口と思われる扉へ向かった。
 扉を開けようとすると向こうから勝手に開いた。
 開いた扉の向こう側で、裸の少女が仰天した顔をする。

「あっ?!」
「やば……」

 ちょうど体を洗いに来たらしい、緑色の髪と瞳をした華奢な体つきの少女。
 魔王ドリアーデだった。

「あなたは確かフェンリルさまの弟……!」

 彼女は急いでタオルで胸の前を隠すと、俺をにらんだ。

「兄君さまを取り返しに来たのですか? どうやってここに?」
「ここに出ちゃったのは偶然というか」
「せっかくなのでお風呂に入っていかれますか」
「え? やだよ」

 なぜに風呂に誘う。
 即答するとドリアーデの顔が歪んだ。

「そうですか……油断したところで眠らせよう作戦、失敗ですね」

 作戦だったのか。

「残念ながら、今は太陽の精霊を渡す訳にはいかないのです。お引き取り下さい」
「太陽の精霊なんか要らないよ。兄たんとティオを返せ」
「駄目です。フェンリルさまは、太陽の精霊を食べてしまいますから」

 ドリアーデがビシッと指差すと、その指先から電撃が放たれる。
 俺は咄嗟に、転移の魔法で電撃をどこかへ転送した。

「こうなったら……」

 防がれたと見るや、ドリアーデは本気を出して魔法を使い始めた。
 彼女の周囲で、稲妻が火花を散らしながら円を描くように跳ね回る。
 突きだした腕の先で雷気が球状に収束し、ふくらみ始めた。
 俺は前世で見たことのある攻撃だと思い出す。
 これはドリアーデの必殺技、広範囲殲滅魔法。
 精霊のいかづち。
 
「ちょっと待って正気?! お風呂壊れるよ!」
「壊れたら作り直せばいいのです! 神獣フェンリルには、最大威力の魔法でないと通じないでしょう?!」

 彼女は大きく育った雷球を俺に向かって放った。
 雷球の力が大きすぎて、転移魔法で移動させられない。
 この魔法が目の前で爆発すれば、雷の嵐が無作為に周囲を破壊し、お風呂と一緒に俺は吹っ飛ばされるだろう。
 ピンチだ。

「短い一生だったな……孫娘に再会して、私はヘビでは無いと説明したかった……」
「ヨルムンガンド、諦めるの早すぎっ」

 何かないか。何か手持ちの魔法で使えそうなの。
 氷の魔法で相殺……できるのか?
 変身の魔法……何に変身するんだ。
 時の魔法……そうだ、目の前の空間だけ時間を巻き戻して、雷球が発生する前にすれば!

「戻れーっ!」
「?!」

 俺は両手を雷球にかざして必死に念じた。
 二つの魔法の力は拮抗し、せめぎあう。
 緑色と銀色の火花が二人の狭間で飛び散った。
 目の前の空間がねじれる。

「時空に歪みが……!」

 ヨルムンガンドが何か言っているが、俺は一生懸命でそれどころではなかった。雷球を抑えこんだ手応えを感じた瞬間、消滅した雷球と入れ替わるように空間に傷痕のようなものが見えた。
 俺とドリアーデの中間で、白い光が炸裂した。



「……っつ」

 少し、気を失っていたようだ。
 目を開けると暗い天井が見えた。
 背中は冷たい地面に接しているようだ。

「気がついたか」

 俺の顔を、小竜の姿をしたヨルムンガンドが覗きこんでいる。

「いったい……?」
「偶然だが、君は転移の魔法と、時の魔法を重ねて使ってしまったんだよ。そのせいで時空転移が発生した」
「なんだって?!」

 時空転移って、なんだろう。
 今ひとつ状況が分からないが、尋常でない事態が起こっていることは、何となく理解できる。
 俺は空間を過去に戻そうとしていて……その直前に、同じ場所で転移の魔法を使っていた。過去に……転移?

「どのくらい昔に飛ばされたのか、不明だが……まあ、私が生まれる前ではなかろう。私は長生きだからな」
「ここは、時間を巻き戻した世界……?」
「そう、過去の世界だな」

 身を起こして見回すと、お風呂ではなく物置のような部屋に俺たちはいた。少し離れた場所に、ドリアーデが気を失って倒れている。
 どうやら一緒に連れてきてしまったらしい。

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