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極夜の支配者
31 それは食材ではありません
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そもそも何故、俺たちが「無敗の六将」と呼ばれていたか、この機会に簡単に説明しよう。
俺が人間だった頃、数十年前。
エーデルシアという国で禁断の魔法が行使され、何千もの動く死人の魔物、亡者が地上にあふれだし、人々を襲うという事件があった。
これをきっかけに、複数の国を巻き込んで大きな戦いが始まった。敵は亡者だけではなかった。人々は疑心暗鬼に陥り、同じ人間同士で争うこともあった。
この戦いを「エーデルシア邪神戦争」という。
そしてエーデルシア邪神戦争で特に活躍した六人の英雄を、人々は「無敗の六将」と呼んだ。暗いご時世だったので、民衆は希望となる英雄の物語を求めていたのかもしれない。
酒場の吟遊詩人は無敗の六将に二つ名を付け、その輝かしい戦績を竪琴の旋律にのせて吟った。
黄金の聖女
白髪の悪魔
青竜の騎士
赤眼の飢狼
傾国の黒真珠
深緑の精霊使い
六人は、皆一つの国に属していた訳ではない。
それぞれ別の国の将軍で、戦場で敵味方に別れることもあった。
最終的に俺たちは平和という共通の目的のために協力しあい、エーデルシアに乗り込んで元凶となった邪神を討伐した。
六人が一同に会したのは、この討伐作戦の時と、戦後の和平交渉の会議だけ。
なので仲間といっても、ドリアーデとあんまり話をした記憶はない。
そのため、名前を聞いて顔を見ても、すぐには思い出せなかったのだ。
「人間たちに、深緑の精霊使い、という恥ずかしい二つ名で呼ばれたこともありました。人間嫌いのフェンリルさまはご存知ないと思いますが」
「ふ、ふーん」
ドリアーデの緑色の髪と瞳が二つ名の由来なのだろう。
知っているとは言えずに、俺は曖昧に相づちを打った。
しかし、今はフェンリルになっている俺が言うのも何だが、ドリアーデはどうして祖国を出たのだろう。元仲間ってことで気になる。
「人間の国で将軍職なんてすごいじゃん。なんで辞めちゃったの?」
「……」
その途端、空気がズーンと重くなった。
もしかしなくても地雷だったらしい。
俺か? 質問した俺が悪いのか?
「あー、お茶のお代わりが欲しいなあ!」
「セルフサービスです」
「そうだった」
沈んでいるドリアーデをどうすればいいか分からず、俺はティーカップを持って席を離れた。
「……珍しい食材だな。トカゲ?」
ちょうど廊下を、鳥かごを持って移動中の料理人が通った。
同僚と世間話をしているのが聞こえてくる。
「なんかしゃべってるけど、食えるのかコレ」
「意外に珍味かもしれんぞ」
「うーむ。長い間生きてきたが、食材として扱われるのは初めてだ。なかなか新鮮な心地がするな」
どこかで聞いたことのある声がした。
鳥かごの中には小さな青いトカゲが入っている。
トカゲには小さなコウモリ型の翼が付いていた。
俺は通りすぎようとして、途中で立ち止まる。
第六感がピピッと働いた。
「まさか」
俺はティーカップを手近なテーブルに置くと、廊下に出て鳥かごを持った料理人たちに歩み寄った。
料理人たちは戸惑った顔をしている。
「魔王さまのご客人ですね、いったい私たちに何の用ですか?」
「ごめん、そのかごの中身を見せてほしいんだ」
彼らに断って、かごを覗きこむ。
そこにいたのは。
「ヨルムンガンド?!」
「久しぶりだな、ゼフィ君」
青いトカゲは、小さな青い竜だった。
東の海に棲む神獣で、俺に魔法を教えてくれた師匠、ヨルムンガンドだ。
「なんでそんな姿に……どうして捕まって食材になってんの」
俺は呆れた。
ヨルムンガンドは飄々とした様子で説明する。
「君の変身の魔法が気になって、私も変身の魔法を極めてみようと思ったんだ。それでまずは身体を小さくしてみようと思って」
「はあ……」
「小さな姿だと視点が変わって面白いな。まるで世界が新しくなったようだ。この姿が気に入って散歩していたところ、たまたま出会った獣人に捕まりここに連れてこられた」
「抵抗しなかったの?」
「食べたい、と言われたのは初めてだったからな。思わず、私は美味しい食材なのだろうかと考え込んでしまった」
ヨルムンガンドは非常にのんきだった。
いつでも魔法で本体に戻って逃げ出せるから、余裕があるんだろうけど。考え方がちょっと、いやかなり変だ。
俺は溜め息をつくと、何も知らない可哀想な料理人に声を掛けた。
「このトカゲは、トカゲじゃなくてヨルムンガンドっていう神獣なんだ。食べたら天罰が下って、お腹を壊すどころじゃすまないよ」
「なんだってー?!」
料理人たちは真っ青になった。
触らぬ神に祟り無し。神獣には触れるべからず。
下手に手を出したらエライ目にあうというのは、子供でも知っているこの世界の常識だ。
「申し訳ありませんでしたー!」
急いで鳥かごから出すと、料理人たちは謝罪しながらそそくさとその場を去った。
後には小型化したヨルムンガンドと俺だけが残される。
「む……後でどんな味か教えてもらう予定だったのに」
「食べられたら死ぬよ?」
「おお、そうだった、そうだった。歳をとると物忘れが酷くなって困るな」
生存本能は物忘れの範囲内ではないと思う。
ヨルムンガンドは小さな羽で空中に浮かぶと、俺の肩にとまった。
「そうだ。忘れていたが、私は君に会いに黄昏薄明雪原に来たんだった」
肩にいる小竜と視線をあわせるのは大変だ。
俺は食堂に戻るとヨルムンガンドをテーブルに降ろした。
「俺に会いに?」
「魔法を教えているところだっただろう」
そういえば途中になっていたかな。
せっかくだから、新しい魔法を教えてもらおうか。
俺が人間だった頃、数十年前。
エーデルシアという国で禁断の魔法が行使され、何千もの動く死人の魔物、亡者が地上にあふれだし、人々を襲うという事件があった。
これをきっかけに、複数の国を巻き込んで大きな戦いが始まった。敵は亡者だけではなかった。人々は疑心暗鬼に陥り、同じ人間同士で争うこともあった。
この戦いを「エーデルシア邪神戦争」という。
そしてエーデルシア邪神戦争で特に活躍した六人の英雄を、人々は「無敗の六将」と呼んだ。暗いご時世だったので、民衆は希望となる英雄の物語を求めていたのかもしれない。
酒場の吟遊詩人は無敗の六将に二つ名を付け、その輝かしい戦績を竪琴の旋律にのせて吟った。
黄金の聖女
白髪の悪魔
青竜の騎士
赤眼の飢狼
傾国の黒真珠
深緑の精霊使い
六人は、皆一つの国に属していた訳ではない。
それぞれ別の国の将軍で、戦場で敵味方に別れることもあった。
最終的に俺たちは平和という共通の目的のために協力しあい、エーデルシアに乗り込んで元凶となった邪神を討伐した。
六人が一同に会したのは、この討伐作戦の時と、戦後の和平交渉の会議だけ。
なので仲間といっても、ドリアーデとあんまり話をした記憶はない。
そのため、名前を聞いて顔を見ても、すぐには思い出せなかったのだ。
「人間たちに、深緑の精霊使い、という恥ずかしい二つ名で呼ばれたこともありました。人間嫌いのフェンリルさまはご存知ないと思いますが」
「ふ、ふーん」
ドリアーデの緑色の髪と瞳が二つ名の由来なのだろう。
知っているとは言えずに、俺は曖昧に相づちを打った。
しかし、今はフェンリルになっている俺が言うのも何だが、ドリアーデはどうして祖国を出たのだろう。元仲間ってことで気になる。
「人間の国で将軍職なんてすごいじゃん。なんで辞めちゃったの?」
「……」
その途端、空気がズーンと重くなった。
もしかしなくても地雷だったらしい。
俺か? 質問した俺が悪いのか?
「あー、お茶のお代わりが欲しいなあ!」
「セルフサービスです」
「そうだった」
沈んでいるドリアーデをどうすればいいか分からず、俺はティーカップを持って席を離れた。
「……珍しい食材だな。トカゲ?」
ちょうど廊下を、鳥かごを持って移動中の料理人が通った。
同僚と世間話をしているのが聞こえてくる。
「なんかしゃべってるけど、食えるのかコレ」
「意外に珍味かもしれんぞ」
「うーむ。長い間生きてきたが、食材として扱われるのは初めてだ。なかなか新鮮な心地がするな」
どこかで聞いたことのある声がした。
鳥かごの中には小さな青いトカゲが入っている。
トカゲには小さなコウモリ型の翼が付いていた。
俺は通りすぎようとして、途中で立ち止まる。
第六感がピピッと働いた。
「まさか」
俺はティーカップを手近なテーブルに置くと、廊下に出て鳥かごを持った料理人たちに歩み寄った。
料理人たちは戸惑った顔をしている。
「魔王さまのご客人ですね、いったい私たちに何の用ですか?」
「ごめん、そのかごの中身を見せてほしいんだ」
彼らに断って、かごを覗きこむ。
そこにいたのは。
「ヨルムンガンド?!」
「久しぶりだな、ゼフィ君」
青いトカゲは、小さな青い竜だった。
東の海に棲む神獣で、俺に魔法を教えてくれた師匠、ヨルムンガンドだ。
「なんでそんな姿に……どうして捕まって食材になってんの」
俺は呆れた。
ヨルムンガンドは飄々とした様子で説明する。
「君の変身の魔法が気になって、私も変身の魔法を極めてみようと思ったんだ。それでまずは身体を小さくしてみようと思って」
「はあ……」
「小さな姿だと視点が変わって面白いな。まるで世界が新しくなったようだ。この姿が気に入って散歩していたところ、たまたま出会った獣人に捕まりここに連れてこられた」
「抵抗しなかったの?」
「食べたい、と言われたのは初めてだったからな。思わず、私は美味しい食材なのだろうかと考え込んでしまった」
ヨルムンガンドは非常にのんきだった。
いつでも魔法で本体に戻って逃げ出せるから、余裕があるんだろうけど。考え方がちょっと、いやかなり変だ。
俺は溜め息をつくと、何も知らない可哀想な料理人に声を掛けた。
「このトカゲは、トカゲじゃなくてヨルムンガンドっていう神獣なんだ。食べたら天罰が下って、お腹を壊すどころじゃすまないよ」
「なんだってー?!」
料理人たちは真っ青になった。
触らぬ神に祟り無し。神獣には触れるべからず。
下手に手を出したらエライ目にあうというのは、子供でも知っているこの世界の常識だ。
「申し訳ありませんでしたー!」
急いで鳥かごから出すと、料理人たちは謝罪しながらそそくさとその場を去った。
後には小型化したヨルムンガンドと俺だけが残される。
「む……後でどんな味か教えてもらう予定だったのに」
「食べられたら死ぬよ?」
「おお、そうだった、そうだった。歳をとると物忘れが酷くなって困るな」
生存本能は物忘れの範囲内ではないと思う。
ヨルムンガンドは小さな羽で空中に浮かぶと、俺の肩にとまった。
「そうだ。忘れていたが、私は君に会いに黄昏薄明雪原に来たんだった」
肩にいる小竜と視線をあわせるのは大変だ。
俺は食堂に戻るとヨルムンガンドをテーブルに降ろした。
「俺に会いに?」
「魔法を教えているところだっただろう」
そういえば途中になっていたかな。
せっかくだから、新しい魔法を教えてもらおうか。
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