上 下
27 / 126
雪国の救世主

27 王国を手に入れました

しおりを挟む
 翌朝、俺はクロス兄と王都に入ることにした。

「もう吠えてもいいんだな?」
「うん」

 威厳を示したいという兄たんを、俺はチョコレートを食べるまで我慢してくれと止めていた。もう目的は達したし、王都がフェンリルの遠吠えで大混乱になっても問題ないだろう。
 子狼の姿のままクロス兄の背中に乗って移動する。

 王都は外敵を防ぐために城壁で囲われている。外と行き来するための出入口が、東西南北にそれぞれ門として設置されていた。
 クロス兄は王都の南門の前に来ると、高く吠えた。
 空気がビリビリと震える。

 壁の上で見張りに立っていた気の毒な兵士が、慌てて逃げていった。

「よし。入るぞ」

 クロス兄は門をくぐって、堂々と人間の街に入る。
 通りに出ると、宮殿で見かけた、ティオと一緒にいた魔導士の男が待っていた。

「ようこそ、ローリエ王国の都へ。お待ちしておりました」

 中肉中背の魔導士のローブを着た中年の男だ。金糸の刺繍が入った黒いローブに、灰色の長髪を軽く結って流している。
 確か名前は……。

「私はフィリップ・クレール。元宮廷魔導士で、今は名誉顧問をしております」

 そうそう、そんな名前だったな。

「フェンリルさまは陛下と話したいとのこと、ロキより聞いております。宮殿まで案内しましょう」

 フィリップが杖を振ると、兵士たちが道の両脇に並ぶ。
 準備万端だな。

「うむ。出迎えご苦労」

 クロス兄は偉そうに頷き、道の中央を歩き始めた。
 街の人々が見世物のように俺たちを凝視している。人混みの中「号外ー! 号外ー!」と叫びながら新聞屋が紙を配っていた。
 ばらまかれた紙が風に巻き上げられ、空を飛んで俺の上に届く。
 俺は兄たんの背中でジャンプして、その紙をくわえた。

「なになに……」

 陛下のご病気が快癒!
 神獣フェンリルの奇跡。
 我がローリエ王国に神の加護が……。

「きのうのことなのに、じょうほう、はやっ」

 実際に王様の回復に立ち会ったのは俺なのだが、全部ひっくるめて神獣フェンリルの奇跡にしてしまったらしい。
 俺は横目で、なに食わぬ顔をしたフィリップを見た。
 この元宮廷魔導士、かなり策士なんじゃなかろうか。

「見ろ。大きいフェンリルさまの上に、小さなフェンリルさまが乗ってるぞ。なんて可愛らしいんだ……!」

 街の人々は、俺たち兄弟の仲の良さに感動している。
 勝利の凱旋や祝賀パレードと勘違いしているのか、紙吹雪まで投げられる始末だ。

「人間たちは俺の威厳にすっかり参っているようだな!」

 クロス兄はご機嫌である。
 世の中が平和になるなら、多少の勘違いは許されるのかもしれない。

 俺たちはフィリップの案内のもと、宮殿に向かう。
 宮殿の建物の前には広場があるのだが、いつの間にかステージが用意されていた。即席で石や木の板を使って、段が組まれている。
 一番目立つ場所に立っているのは、もちろん王様だ。
 昨夜会った時とは違い、正装してマントを羽織った格好で、略式の王冠をかぶっている。

 クロス兄は王様と同じ高さに立った。
 言葉が伝わるように魔法を使って言う。

「人間。お前の国を俺に差し出せ」

 ある意味、喧嘩売ってるのか、と思われる直裁的な言葉だが、王様は怒らなかった。それどころか、クロス兄に向かってひざまずく。

「喜んで差し上げましょう。この国の民は全て、フェンリルさまのものです」

 わお! そこまで言っちゃう?!
 固唾かたずを飲んで兄狼の背中から見守っていると、王様はクロス兄を見上げてお願いをした。

「ですからフェンリルさま、どうかこの国の民をお守りください」
「ふっ、俺の縄張りを守るのは当然のことだ」
「ありがとうございます」

 俺は気になって兄たんに小さな声で話しかける。

「にんげんまもるの?」
「人間を守るのは人間の王の仕事だろう。俺は知らん」
「だよね」

 しかし今のパフォーマンスは、この国の人々を安心させる効果があったらしい。見ていた人たちはあからさまに安心している。

「……ドロテアよ」

 王様は立ち上がって周囲を見渡し、少し離れたところで大臣たちと一緒に立っているドロテアに声を掛けた。

「フェンリルさまのおかげで、この通り回復した。余が不在の間、長きに渡り苦労を掛けたな。休みをとらすゆえ、田舎でゆっくりするとよい」
「へ、陛下! そんなっ」

 遠回しの解雇宣言に、ドロテアは真っ青になった。
 王様の目配せを受けて動いた騎士たちが「外までお送りします」と丁寧だが有無を言わさない様子でドロテアを引っ張る。
 抵抗しても無駄と悟ったのか、ドロテアは悔しそうな顔をして去って行った。

 一区切りついたので、俺は兄弟の会話に戻る。

「ゼフィ、俺は人間の国を手に入れたぞ! ウォルト兄に自慢してやる!」
「すごいね兄たん! そういえばウォルト兄はどこへ行ったの?」
「……」

 クロス兄は沈黙した。
 本当にどこへ行ったんだウォルト兄。

「ゼフィーーっ!」

 王様の後ろから、金色の毛皮の子猫が、一生懸命に小さな手足を動かして走ってくる。
 ん? 誰か俺の名前を呼んだ?

「僕、こんな姿にされちゃって! 助けてゼフィ!」

 フェンリルの足元まで転がり出た金色の子猫は、俺を見上げて必死に懇願する。人間にはニャアニャアとしか聞こえないが……。

「もしかして、ティオ?」

 子猫は首をブンブン縦に振った。
 なんで人間のティオが猫の姿になってるんだ? 訳わからん。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜

MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった お詫びということで沢山の チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。 自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。

世界最強だけど我が道を行く!!

ぶちこめダノ
ファンタジー
日本人の少年ーー春輝は事故で失ったはずの姉さんが剣と魔法のファンタジーな異世界にいると地球の神様に教えられて、姉さんを追ってラウトという少年に異世界転生を果たす。 しかし、飛ばされた先は世界最難関のダンジョンで しかも、いきなり下層で絶体絶命!? そんな危機を乗り越えて、とんでもなく強くなったラウトの前に現れたのは・・・ それから、出会った仲間たちと旅をするうちに、目的を忘れて異世界を満喫してしまう。 そんなラウトの冒険物語。 最後にどんでん返しがある予定!? どんな展開になるか予測しても面白いかも? 基本的にストレスフリーの主人公最強ものです。 話が進むにつれ、主人公の自重が消えていきます。 一章は人物設定や場面設定が多く含まれているのですが、8話に《8.ざっくり場面設定》という、2〜7話までのまとめみたいなものを用意しています。『本編さえ楽しめれば、それでいい』という方は、それを読んで、2〜7話は飛ばしてください。 『ストーリーも楽しみたい』という方は、2〜7話を読んで、8話を飛ばしてください。 ちなみに、作者のオススメは後者です!! 作品へのご意見は感想でお聞かせいただけると嬉しいです。 感想には責任を持って全てに返信させていただきますので、何かあればご遠慮なくお申し付けください。 ※不定期更新

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

料理がしたいので、騎士団の任命を受けます!

ハルノ
ファンタジー
過労死した主人公が、異世界に飛ばされてしまいました 。ここは天国か、地獄か。メイド長・ジェミニが丁寧にもてなしてくれたけれども、どうも味覚に違いがあるようです。異世界に飛ばされたとわかり、屋敷の主、領主の元でこの世界のマナーを学びます。 令嬢はお菓子作りを趣味とすると知り、キッチンを借りた女性。元々好きだった料理のスキルを活用して、ジェミニも領主も、料理のおいしさに目覚めました。 そのスキルを生かしたいと、いろいろなことがあってから騎士団の料理係に就職。 ひとり暮らしではなかなか作ることのなかった料理も、大人数の料理を作ることと、満足そうに食べる青年たちの姿に生きがいを感じる日々を送る話。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」を使用しています。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

処理中です...