上 下
25 / 126
雪国の救世主

25 チョコレートを投げてはいけません

しおりを挟む
 真っ黒い衣服に着替えたリネは、予定通り夜の宮殿に忍び込んだ。
 仲間は昼間に会った男ともう二人。
 彼らはハンドサインで合図しながら、音を出さないように壁をよじ登って、開いた窓から宮殿内部へ潜入する。

 くんくん……チョコレートの匂いがするぞ。
 俺はリネの鞄から飛び降りて、チョコレートを探した。

「こらワンちゃん、どこへ行くんだ」

 リネが俺の後を追ってくる。
 ちょうど倉庫のような場所で、俺は目的のブツを見つけた。
 チョコレートの入った箱の上に飛び乗る。

「この印は、金の林檎……有名な高級菓子店のマークじゃないか。じゃあこれが噂の、好きな人に贈ると結ばれるというチョコレート?」
「リネ」

 途中で寄り道したリネに気付いて、仲間が戻ってくる。
 リネは慌てて、俺とチョコレートの箱を拾いあげ、鞄にぎゅうぎゅう押し込んだ。やめて、圧縮されて四角くなっちゃう!

「ごめんな、ワンちゃん」

 小さく悲鳴を上げた俺に気付いて、リネは謝りながら鞄を押さえ、暗い通路を全速力で駆け抜ける。

 政治が行われる宮殿の表側、外廷を通り過ぎ、目指すは王族の住む内廷。王様が倒れた当初、臣下は離宮でゆっくり休養してはどうかと進言したらしい。しかし王様は、風邪だからすぐに回復して仕事をすると言い張って宮殿を離れなかったそうだ。

 正面から王様を訪ねる訳にはいかないので、遠回りになるが宮殿の内部にある庭園を通って行く。

 王都は雪が降っておらず気温が高い。そのせいか庭園には、植物が豊かに生い茂っている。足元には、花崗岩かこうがんを切り出した小石が敷き詰められていた。
 庭師の手で整えられた緑のアーチには、白い薔薇が夜闇に浮かび上がるように咲き誇っている。
 
「……侵入者か」

 しかしその庭園の出口付近では、無粋な番人が待ち構えていた。
 野卑やひな毛皮をかぶり、巨大な包丁のような剣を持った、片眼が赤い大男。昼間にスプーンで倒した、例の俺の偽物さんだ。
 確か……ドロテアは男のことをリースと呼んでいた。

「くっ、ここまで来て」

 リネたちは見付かってしまい、立ち往生している。

「ふん、あの宰相閣下も馬鹿じゃないらしい。命令通り見張ってりゃ、虫が火に飛び込んでくるんだから」
「宰相の……やっぱり陛下はドロテア宰相がっ」

 敵の男、リースはよほど余裕があるのか、雇い主を簡単に明かした。

「お前らも俺の剣のさびになれ」

 リースは包丁のような大剣を肩にかつぐ。
 その剣が根元から火に付いたように光り輝き、真っ赤に染まった。

「魔剣の使い手?!」

 魔剣というのは魔法が付与された剣のことだ。魔法を込めたアイテムを作ることのできる職人は希少で、魔剣を持っているとそれだけでステータスになる。余談だが、俺の愛剣は魔剣ではない。そんなものを使わなくても勝てるもんね。

 ニヤリと笑ったリースが、赤く燃え立つ魔剣を大きい動作で振り回す。
 ごうと音を立てて炎風が庭園に吹き荒れ、白い薔薇の花弁が無惨に散った。

「くそっ」
「隊長!」

 リネの仲間は、馬鹿正直に真正面からリースに突進していった。仲間の二人は、敵の魔剣に吹っ飛ばされる。あのおばさん宰相に独裁を許したり、玉砕覚悟で突っ込んだり、この国の人たちは単純というか、何というか。
 うーむ。俺は助けに入った方が良いのかな。
 隊長と呼ばれた男は一人踏みとどまり、長剣でリースの魔剣と切り結んでいる。

「リネ、今の内に行け!」
「私ひとりで先に行くなんて、できません!」

 叫び返すリネ。
 その目の前で隊長の長剣が、リースの魔剣に叩き折られた。
 
「死ね」

 リースは余裕たっぷりに笑い、魔剣を隊長に向かって振り下ろす。
 
「止めてーっ!」

 なんとリネは俺の入った鞄をつかむと、リースに向かってぶん投げた。
 酷い!
 俺は思わず悲鳴を上げる。
 リースは意外と冷静に、飛んでくる鞄を横に身体をずらして避けた。

「ふぎゃ!」

 結果、俺は庭園の地面に墜落する。

「ごめん、ワンちゃん……」

 リネが申し訳なさそうに手をあわせた。
 俺は死んでない!
 ハッ……チョコレートは無事か?!
 衝撃で鞄から分離した俺は、相棒(チョコレート)の姿を必死で探した。鞄は、敵の足元だ。

「残念だったな」

 リースは片足を上げて、リネの鞄を踏みつけた。
 俺のチョコレートがあああっ!

「お前らは一人残らず、ここで死んでもらう。ああ、死体は肥料にするらしい。良かったじゃないか、陛下の見る花の栄養になれるぜ」

 偉そうに口上を述べるリース。
 俺は怒りに肩を震わせながら、静かに人間に変身して、近くに落ちていた剣を拾った。

「……許さん」
「何っ?!」

 咄嗟に振り向いたリースの魔剣と、飛びかかった俺の剣が激突した。

「お前は……この前の小僧!」

 リースは目を見開く。

「今度は手加減しないぜ」

 俺の宣言と共に、剣に冷気がまとわりつく。
 冷気はリースの魔剣の炎と拮抗した。
 そういえば……俺の属性は「無」と「時」だけじゃなかったっけ。
 今、氷の魔法を使えているのはどういうことだろう。
 いや、いい。使える理由を考える前にやることがある。
 
「チョコレートの仇!」

 単純な筋力比べをすると、子供の姿の俺は大人の男のリースに勝てない。一度、魔剣を受け流し攻撃をそらしてから、返す剣でリースの胸元を切りつけた。

氷結剣舞フリージング!」

 血の代わりに白銀の雪片が舞う。
 リースの胸元の傷から霜のツタが全身に広がった。
 驚愕の表情のまま、男は氷の彫像になる。

「ふう……」

 チョコレートの仇は取った。
 俺は得るもののない虚しい戦いだったと思いながら、剣を地面に突き立てて手放し、額の汗をぬぐった。

「ワンちゃん……なの?」

 振り返ると、リネが目を丸くしてこちらを見ていた。
 しまった。なんて説明しよう。
 でもまずは、俺ごと鞄を投げたことについて苦情申し立てをしないとな。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜

MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった お詫びということで沢山の チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。 自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ

Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_ 【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】 後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。 目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。 そして若返った自分の身体。 美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。 これでワクワクしない方が嘘である。 そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

処理中です...