上 下
1 / 22

01 俺、猫になる

しおりを挟む
 その時俺は学校で、好みの女の子を壁ドンで追い詰めているところだった。
 壁ドンが分からない昭和生まれのあなたに説明しよう。男性が女性を壁際に追い込んで両腕もしくは片腕で壁に手をつき、女性が逃げられないように囲い込む体勢もしくはシチュエーションのことである。見れば分かるがな。
 今回の対象の女子は、清楚なお嬢様ふうの長髪の女の子だった。
 隣のクラスの須川さんだ。
 彼女は俺を人気の無い廊下に連れ出し、ずっと俺が気になっていたと告白してきた。俺も美人な彼女がちょうど気になっていたから、ちょうどいい。

 美味しくいただきます。
 そういう意味の返事をした。

 腕の中に囲い込んで見下ろすと彼女は頬を赤く染める。
 無理もない。
 俺は、自分の容姿にはちょっと自信がある。
 むさくるしい男らしい顔じゃなくて、今どき流行りのちょっと中性的な整った顔立ち。中性的と言っても、大人しい草食系ではない。野性味と鋭さを帯びた目つきに締まった身体、身長もそこそこある。
 良いかんじの顔に生んでくれた両親に感謝だ。おかげで女子にモテる。

 しかし今回の女子、須川さんは大物だ。学年でも有名な美少女だ。
 さしもの俺も興奮する。
 彼女に接近して肌の匂いを嗅ぐと、甘いイチゴのような匂いがして、身体が熱くなった。そのまま、顔を近付けて唇を奪う。

「っつ!」

 心臓が高鳴って異様に体が熱くなった。
 何か変だ。
 おかしい。
 そう感じた時にはもう手遅れだった。
 目の前が真っ白になり、気がついた時には、俺は須川さんを足元から見上げていた。
 へ?

「猫……?」

 須川さんが呆然と呟く。
 その言葉に、俺は遅まきながら事態を把握する。
 クラスでも身長順だと後ろの方の俺が、須川さんに見下ろされている。彼女が急に巨大になったように見えたが、実際は俺の方が小さくなったのだ。
 ぎょっとして須川さんから視線を外し、自分の足元を見ると、黒く滑らかな毛皮に包まれた前脚が目に入った。

「いやあっ、私は猫が嫌いなの! 猫アレルギーなの! こんなのあるわけない!!」

 須川さんは急に顔を歪ませて叫ぶと、足元の俺を蹴飛ばした。
 おいおい!

「これは夢、夢に違いないわ……」

 自分に言い聞かせながら須川さんは一目散に走り去っていく。
 いてて……酷い目に遭ったぜ。
 身を起こして俺は、鞭のようにしなやかな尻尾が自分に生えていることに気付く。足踏みすると、黒い毛並みに覆われた脚と尻尾が動いた。
 マジかよ。
 俺、猫になっちゃった訳?!

「あ、黒猫だ」
「学校の中になんで猫が……」

 廊下の向こうから不思議そうな顔をした女子二人が近付いてくる。
 俺はじりじり後ずさりすると、脱兎のごとく駆け出した。

「猫ちゃん?!」

 何がどうなってんだよ!
 廊下を駆け抜ける。
 同級生たちは俺の姿を見ると口々に「猫?」と首を傾げた。
 さっきまでれっきとした人間だったのに。
 ありえねえよ。
 パニックを起こした俺は無我夢中で校内を走り回り、途中で男子生徒にぶつかった。

「うわっ」

 ぶつかったのは隣のクラスの遠藤だった。
 遠藤は俺より背が高くて偉そうなインテリ系の男だ。細い銀のフレームの眼鏡を付けたすかした野郎だ。俺はこいつがあんまり好きじゃない。俺よりもモテそうな男なんて、同じ学年には必要ないのだ。
 今だって俺の行くてを遮って邪魔しやがって。
 猫の俺は体重が軽いので遠藤の膝にぶつかってひっくり返る。
 すぐさま起き上がって睨むと、遠藤は膝小僧をさすって「痛てて」と言いながら俺をマジマジと見た。

「須郷?」

 銀のフレーム越しに遠藤の瞳が俺を捉え、俺の名前を呼ぶ。

「お前、その姿……」

 名前を呼ばれて俺は混乱してその場に棒立ちになった。
 誰も俺を俺だと分からなかったのに。猫だと思われていたのに。
 なんで遠藤には俺が分かるんだ?

 遠藤はしゃがみこんで俺と目線を合わせてくる。

「どうしたんだ? 人間の姿に戻れないのか?」

 それは俺の状況を見通した言葉だった。
 いったいどういうことなんだ。
 訳が分からずに呆然としていると、動かない俺にじれたのか、遠藤は言った。

「僕を警戒してるのか、須郷。隠さなくてもいいぞ、僕も猫だから」

 ……はい?


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺

ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。 その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。 呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!? 果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……! 男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?) ~~~~ 主人公総攻めのBLです。 一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。 ※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...