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5島連盟編

29 5つの島

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 島を動かそうと言い出したのは、巫女姫のミツキだった。
 王城の一角にある部屋で彼女は静養しているところだった。見舞いに訪れたヒズミは、彼女の言葉に驚く。
 ミツキは最近、意識を取り戻したばかりだ。アサヒが島を留守にしていると聞いたミツキは、可愛い弟に会いたいばかりに無茶を言い出した。

「身体は大丈夫なのか?」
「平気よ。島を動かすのは特に魔力を使う作業ではないでしょう」
「それはそうだが」

 炎竜王の霊廟で女王の資格を持つ者が、しかるべき手順を踏めば島は動く。
 ちなみに、竜王と会話できる特別な巫女でなくても条件を満たせば島を動かすことはできる。非常時に島を動かせる者がいなくなったらまずいので、そのための措置だ。

「反対?」

 巫女姫ミツキは銀色の髪と水色の瞳をした美しい女性だ。
 潤んだ水色の眼差しに見つめられて、ヒズミは必死に動揺を抑え込んだ。少し見ないうちに綺麗になったと思う。
 本来わがままをいさめる立場かもしれないのだが、ヒズミはついポロっと本音で答えてしまった。

「……いや。そもそも王が勝手をしているのだ。我らが遠慮する必要は無いだろう」
「ええ。迎えに行ってアサヒをびっくりさせてやりたいわ。ああ、でも島の民にはどう説明しましょう」

 島を動かすのだ。当然、一般の人々の生活にも影響が出る。

「雲鯨の群れを追うとでも伝えれば良い」

 ヒズミは説得をあきらめてそう答えた。
 雲鯨は空を漂う大きな生き物で、肉が美味だ。島ではご馳走と言えば雲鯨である。実際に島を動かすには現女王、他、国の高官の承認も必要だが、アサヒが仲良くしているレイゼンの助けを借りれば過半数の賛成票を得られるだろう。
 敵国にさらわれて苦労しただろうミツキの、めったにない願い事くらい叶えてやろうと、ヒズミは珍しく楽天的に考えていた。
 
 


 火の島が動き出したことは、近くにいた他の島の者も気付いていた。
 アントリアの宮殿では女王が竜騎士の報告を聞いていた。

「……ピクシスは雲鯨を追うために島を動かす、との事ですが」
「雲鯨? ふふっ、同盟国のリーブラと我がアントリアが近くに停泊しているのに島を動かそうなんて、何かあったに決まっているでしょ。本当はどういう理由なの?」

 玉座の前に立つ女王は優雅に扇で口元を隠しながら言った。
 報告に出た竜騎士とは別の者が答える。

「ピクシスの内情を知る者から聞いた話によると、炎竜王を迎えに行くと」
「竜王……そう言えば、我が島の竜王も不在のようね」

 女王が竜騎士達を見回すと、アントリアの竜騎士達はそろって明後日を向いた。竜王の勝手を止められなかった彼らは後ろめたい気持ちでいっぱいだ。

「……女王陛下。いっそ我らも水竜王を迎えに行っては」
「セイラン」

 涼しい顔で申し出たセイランに、女王は扇を閉じて手のひらにのせた。

「そうね……それも良いかもしれない」
「女王陛下?!」
「今の空域も飽きてきたところよ。ちょうどよい。者ども、支度をせよ! 我が権限で島を動かす!」

 


 島が動く、ということ自体は珍しいが、実は、そこまで大事でもない。
 世界には四六時中、雨や雷が降っている空域もあれば、気流が激しすぎて居住に向かない空域もある。だから空飛ぶ島は年に一回くらい、島の位置を動かして安全な空域に移動しているのだ。
 5つの島の中でも土の島リーブラは竜王の意向で頻繁に島を動かしている。
 ちなみに例の方舟はこぶね形態は、高速飛行するための専用形態で普段は使わない。
 方舟形態は別として、島が動くと言ってもそんなに速く移動できない。竜より遅いゆっくりとした飛行速度である。

「これ、他島出身の僕が見ていいものなんですか~?!」
「普通は駄目だろうな」
「ですよね?!」
「だがスタイラス様が良いと言ったから別に良いのだ」

 土の島リーブラでは、アサヒの友人カズオミがリーブラの航行機関でこきつかわれていた。工作好きという共通点があるからか、リーブラの人々はカズオミに友好的に接してくる。
 島の機関部でワイワイ話していると、扉を開けて入ってきた人が大声で言った。

「……火の島ピクシスと、水の島アントリアが動き始めたぞ!」
「ええ?!」

 近くに浮かんでいる島なので、情報はすぐに入ってくる。
 カズオミは土の島の技術者達と顔を見合わせた。

「良く分からないが……じゃあ、うちの島も動かすか」

 土の島リーブラの人々はそんな適当な判断で火の島を追うことを決めた。リーブラの民は技術に関しては拘るが、その他のことは案外、気にしない人達だった。




 風の島アウリガは出掛けに指示していった竜王アネモスの意向で、火の島の近くに位置を寄せることが決まっていた。

「ピクシスに寄せて炎竜王に滅ぼされたりしないでしょうか?!」
「良いから動かしなさい!」

 先日、大暴れしたアサヒの絨毯爆撃が印象深すぎて、アウリガの人々はすっかり怯えてしまっていた。
 ユエリはおどおどする竜騎士達をしかり飛ばしながら、島の航行準備を整えていた。
 光竜王の内政干渉で弱体化していたアウリガ上層部は、炎竜王の攻撃の件ですっかりとどめを刺されてしまった。グライスの所属するレジスタンスの後押しもあって、政権交代はスムーズに実行されている。

「ふふふ……アサヒ様を追って愛の逃避行……」
「違うって言ってるでしょ!」

 なぜかアウリガに残っているスミレが楽しそうに笑う。
 兄グライスは羽の生えた猫を猫じゃらしであやしながら、のんびりと言った。

「問題は炎竜王より彼の兄だろうねえ。あれは過保護そうだ」
「……」

 ユエリは眉間にシワを寄せた。
 彼女自身は障害が多そうな炎竜王とのロマンスなんて、綺麗さっぱりあきらめている。なのになぜかグライスは無闇に応援してくるし、火の島への橋渡し役として残ったスミレも好意的だ。
 
「私はアサヒとはもう会わない! そう決めたんだから!」

 絶縁宣言をするユエリだが、近日中に再会してしまうことを、彼女はまだ知らない。





 光の島コローナもまた、光竜王ウェスぺが出発前に言い残していった言葉により、島を動かすことに決めていた。

「……ウェスぺ様いわく、二日過ぎても自分が戻らないようなら島をピクシスの近くに動かすように、との事でした。何かトラブルが起きたら、ピクシスにたかれ、と」

 光竜王の側近の竜騎士から話を聞いたコローナの女王は、ため息をつく。

「アウリガは炎竜王の襲撃で竜騎士の半数を失ったという噂ですのよ。ピクシスに寄せて本当に大丈夫なの?」

 先日のアウリガで行われた交戦の件は、かなり尾ひれが付いて広まっていた。噂では血も涙もない炎竜王が竜騎士を次々切り殺してアウリガは血の海だという……。

「駄目じゃないでしょうか」
「やっぱり駄目よね」
「ここはアレですよ。逃げるか戦うか降参するか、三択です。ウェスぺ様がいない以上、戦うのは無しで、あとは逃げるか降参するか……」

 コローナの上層部は額を寄せて話し合った結果、とにかく状況が分からないうちに判断できないので、他の島の近くに行って情報収集しようということになった。
 まずは風の島アウリガに寄せようとしたところ、一向に近づかない。
 相手が離れていっているので当然のことだ。
 疑問を抱きつつ、風の島アウリガを追ってコローナは動き続けた。

 状況が変わったのは5つの島が動き始めてしばらくした後のことだった。

 空を裂いて飛んできた黄金の竜が、進み続ける5つの島に舞い降りる。

「……なんだ、すべての島が動いている? 都合がいいではないか」
「ウェスペ様?! ご無事だったのですか?」

 情報収集のために島の周囲を飛んでいたコローナの竜騎士は目を丸くする。

「よい、このまま進み続けよ」

 光竜王ウェスペはニヤリと笑うと、5つの島を見下ろす位置へと上昇した。
 
「コローナ、アウリガ、アントリア、リーブラ、そしてピクシス! 5つの島の同胞達よ! お前達の竜王はこの先の戦場にいる! 自らの島の竜王を助けんとするのならば、光の道に乗って前進するが良い!!」

 竜王の特殊な能力によって、ウェスペの言葉は全ての島の竜騎士達に届けられる。
 ウェスペが腕を振ると、5つの島の進む方向を指し示すように銀色の光の道が空中に浮かび上がった。これは島の飛行を加速する魔術である。
 コローナ以外の島の竜騎士は、何事かと目を白黒させた。しかし、竜王がそろって不在な状況で「この先の戦場で自分達の竜王が戦っている」というウェスペの言葉には説得力がある。

 こうして、それぞれの島は急遽、竜騎士部隊を編成し、連絡を取り合いながら光の道を進み始めた。

 

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