上 下
3 / 120
孤児編

03 お金は天から降ってはこない

しおりを挟む
 家も親もいない子供が生きていく方法は限られている。
 生きていくには食べ物が必要で、食べ物を買うにはお金が必要で、お金は天から降ってきたりはしない。

「どう? 俺は可愛い女の子に見えるかな」

 アサヒはスカートを履いてくるりと回って見せる。
 成長が遅いアサヒは体格も華奢で、声もまだ高いまま男性の低い声にはなっていない。女の子の格好が似合ってしまう。
 正真正銘の女の子であるハナビは頬をふくらませる。

「アサヒ兄が女装しなくても、私がいるのに」
「ハナビを危険な目には合わせられないよ」

 これからアサヒは囮役をするのだから。
 少女には家で大人しくしているように言い聞かせ、アサヒは少年達と街に繰り出す。
 アサヒ達は大人から財布を盗んで生きている。
 真っ当な方法でお金を稼げない孤児には珍しくもない仕事だ。アウリガの侵略で秩序が失われたピクシスでは、性質の悪い大人が幅をきかせている。

「お嬢ちゃん、お菓子をあげようか」

 女の子の格好で街を歩いていると、中年男性に声を掛けられる。
 アサヒはわざと無邪気な顔で振り返る。

「お菓子?」
「アントリアに知り合いがいて、食べ物を融通してくれるんだよ」

 男性は人のよさそうな顔で言う。
 誘われるまま細い路地に入った。
 人目が無くなると男の様子が一変する。

「貧民街には勿体ない綺麗な顔にルビーのような瞳だな……高く売れそうだ」

 男の口の端が邪悪につり上がる。
 人さらいを生業なりわいにする者らしい。
 荒れ果てた今のピクシスでは、見目の良い女の子を誘拐して売り払う商売が横行していた。

「……」

 アサヒは怯えた顔を作って男が寄って来るのに任せた。

「……ゲスが」
「あ?」

 小声の呟きを拾った男は怪訝そうにするが、遅い。

「うっ」

 アサヒは思い切り男の急所を蹴りあげる。
 痛みに崩れ落ちる男から素早く後ずさった。
 その直後に上空や背後から石が男に向かって飛ぶ。

「ガキどもっ」

 あらかじめ準備した石を、こっそり付いてきていたアサヒの仲間達が次々と投げる。巻き添えにならないようにアサヒは男から離れた。

「はっはー! おじさん、地獄に落ちろ!」

 子供達は日頃の鬱憤を晴らすように攻撃する。

「やめろっ、うわ!」

 孤児仲間でも体格の良いシンという少年が、石の雨に立ち往生する男にとどめをさす。と言っても殺した訳ではない。子供が蹴ったくらいで人は死なない。
 袋叩きにされてボロボロになった男から、アサヒ達は金品を奪った。

「なあアサヒ、こんなチマチマした稼ぎじゃ足りないと思わないか? もっと裕福な奴を狙おうぜ」
「駄目だ」

 アサヒが否定すると、シンを初めとする子供達は不満そうにした。
 子供達は自分達が大人に勝てると過信している。
 彼等がうまくいっているのはアサヒの立ち回りがうまいからなのだが、腕力が強いシンなどは自分が前線に立っている自負があるため、アサヒの指示を聞かなくなってきていた。

「なんで駄目なんだよ。この辺りじゃ俺らのグループが一番強いんだ。他のグループの奴らも誘って、邪魔な大人をやっつけようぜ」
「やりたいならお前だけでやれよ。俺は協力しない」

 シンの提案にアサヒは眉をしかめる。
 暴力的な行為は気に入らない。
 前世の、地球でつちかった道徳感がアサヒにはある。それは他の子供達には無いものだ。彼等はこの無秩序な世界に慣れきってしまっていて、他人を傷付けるのにためらいがない。

「ちぇ、仕方ないな。ほらよ、お前の取り分」

 銅貨を一枚よこされる。
 シンは奪った金品の大部分を独り占めすると、取り巻きを連れて去って行った。

「あいつら、アサヒに感謝無しかよ!」

 残ったのはアサヒと仲の良いエドという少年だった。ぷんすか怒っているエドに対して、アサヒはクールに肩をすくめる。

「別にいいよ。行こう」
「アサヒってなんか格好いい……」
「何言ってんだよ、可愛いだろ。女装してるんだから」

 スカートをひるがえして見せると、エド少年は顔を真っ赤にして視線をそらす。同性だと分かっていてもアサヒには少年をドキリとさせる色気がある。

「あっ」

 一連の会話でぼうっとしていたエド少年は、道行く人とぶつかってしまった。
 体格の良い男に衝突したエドは尻餅をついた。

「いてて」
「坊主、大丈夫か」

 旅用のフード付き外套を羽織って、大きな荷物を持った男だった。フードに隠れて顔が見えないが、外の島の人間だろうか。異国の風を感じる。

「……っ」

 エドは差しのばされた男の手を振り払うように、男を無視して駆け出す。
 アサヒも後に続く。




 ぶつかったのに何も言わず逃げた子供達の背中を、男は目線だけで追いかけた。

「あの赤い目の方、竜の気配を感じなかったか」
『……弱い気配だった。三等級じゃないの』

 今は人目に付かないように透明になって頭上を飛んでいる相棒が、男にだけ聞こえる声で返事をする。

「三等級でも今のピクシスでは貴重な人材だ。竜騎士になれそうな子供がいたら保護することになっている」
『面倒くさいわー』
「こら」

 やる気が無さそうな返事に苦笑しながら、男は目を細めて、戦火の爪痕が今なお残る街を見渡した。


しおりを挟む
感想 121

あなたにおすすめの小説

主人公は高みの見物していたい

ポリ 外丸
ファンタジー
高等魔術学園に入学した主人公の新田伸。彼は大人しく高校生活を送りたいのに、友人たちが問題を持ち込んでくる。嫌々ながら巻き込まれつつ、彼は徹底的に目立たないようにやり過ごそうとする。例え相手が高校最強と呼ばれる人間だろうと、やり過ごす自信が彼にはあった。何故なら、彼こそが世界最強の魔術使いなのだから……。最強の魔術使いの高校生が、平穏な学園生活のために実力を隠しながら、迫り来る問題を解決していく物語。 ※主人公はできる限り本気を出さず、ずっと実力を誤魔化し続けます ※小説家になろう、ノベルアップ+、ノベルバ、カクヨムにも投稿しています。

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

処理中です...