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(第二部)第五章 君に贈る花束
04 魔界にて
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酷い喉の渇きと目眩で、アルスは今にも死にそうな気分を味わっていた。
アルスは人ではなく魔族、吸血鬼に属している。吸血鬼という種族ならではの人間の女性を誘惑する甘い美貌は、長期間血を飲んでいないせいで陰っていた。紅茶色の長髪は乱れて散っている。
樹と再会した後、アルスは一旦魔界に帰った。
魔界にいずれ訪れるであろう樹を迎える準備をしようとしていたのだが、魔王に見つかってしまった。
現在の魔王であり、魔族にとって神にも等しい死の精霊エルルは、アルスを裏切者だと罵って、魔力を封じる鎖に繋ぎ、魔王城の牢獄に閉じ込めた。アルスは捕まってから血を飲めずに飢えている。
「……イツキ殿に、伝えなければ」
死の精霊エルルの企みを。
暗い牢獄の空気は淀んでいる。鎖で手足が動かせない。牢獄の見張りで醜いオークが立っている。オークは人間より一回り大きい、豚の顔をした鬼属のモンスターで魔族の一種だ。
オークは弱っているアルスを見て鼻を鳴らした。
「吸血鬼のお貴族様がざまあねえなあ、おい」
「……」
「魔王様もいないし、ぶひひ。今なら邪魔なお貴族様を片付けられるかも?」
ニヤリと笑ったオークが近付いてくる。
普段なら格下の魔物の無礼は許さないところだが、今のアルスは弱っている上に鎖で動けない。
黒く錆び付いた斧を持ったオークが迫る。
「ぶひひ……」
「……ちょっと、君」
唐突に、場違いなほど澄んだ青年の声がその場に響いた。
「そいつは僕の獲物なんだよ。譲ってくれないか」
「は?……ぶぎゃっ!」
オークは振り向きざま、剣で殴り倒された。
長剣を手にした碧の瞳の青年がそこに立っていた。
「イツキ殿……?」
「やあ、獲物というか、どれ……いや違う部下だったか」
「今奴隷と言いかけた?!」
「気のせいだよ」
樹は飄々と言うと、手にした剣で無造作にアルスを戒める鎖を断ち切った。崩れ落ちるアルスの肩口に、暖かい手が置かれる。
みるみる内に傷が癒えて、喉の渇きがやわらいだ。
「この感覚は久しぶりだ……やっぱりイツキ殿はすごい」
「元気になったらもう良いよな」
「もっと触って欲しいのだ」
「気持ち悪い」
アルスが動けるまで回復すると、樹はパッと手を離す。
名残惜しそうにするアルスから後ずさって半眼になった。
「ちゃっちゃと立って歩け、ほら」
「うう」
立ち上がったアルスは、樹の後を付いて牢獄を出た。
階段を登って牢獄エリアを出ると普通の城の廊下になる。
そこには金髪のエルフの少女が立っていた。
「アルスさん、久しぶりですぅ」
「ソフィー殿! 感動の再会を祝して口付けを! というか血をくれっ」
「いい加減にしろ」
後ろから樹に踏んづけられて、アルスは城の廊下とキスをした。
「ああっ、そこ肩がこってたのだ! もっと踏んで~」
「僕はマッサージ機じゃない! そろそろ真面目に話すぞ」
漫才めいた掛け合いを続けたかったアルスだが、樹の台詞の最後が真剣な声だったので諦めた。
「一応聞くけど、なんで捕まってたんだ?」
「魔族なのにイツキ殿に味方するのかと疑われて」
「あー、お前はどっちかというと僕の仲間だもんな」
どっちかと言わなくても、アルス自身はイツキに親近感を持っているので仲間のつもりだったのだが。
「……僕が留守の間、魔界を見ていてくれたんだろう。ありがとう」
ちょっと視線をそらしながら樹が言う。
アルスは感動した。
「イツキ殿から感謝の言葉が聞けるとは!」
「すっごーい、これがイツキの世界で言う、つんでれなんですね!」
「……君達の僕に対する認識が良く分かった」
便乗するように、ソフィーも異世界の言葉らしいよく分からない事を言う。樹には通じたようだ。
樹が不機嫌になったので、アルスは慌てて咳払いした。伝えたいことがあったのだった。
「イツキ殿、エルル様はどこに?」
「あいつならエターニアで、カノン王と天空神を封じる魔方陣でも書いてるんじゃないか」
「それはまずい」
アルスが突然、深刻な顔になったので、樹は不思議そうにした。
「別に神様が封じられても僕は痛くも痒くもないぞ」
「天空神だけなら良いのですが」
「他に何かあるのか?」
「実は……」
きょとんとする樹に向かって、アルスは死の精霊の近くにいたからこそ知り得た、彼女の真の目的について話し出した。
アルスは人ではなく魔族、吸血鬼に属している。吸血鬼という種族ならではの人間の女性を誘惑する甘い美貌は、長期間血を飲んでいないせいで陰っていた。紅茶色の長髪は乱れて散っている。
樹と再会した後、アルスは一旦魔界に帰った。
魔界にいずれ訪れるであろう樹を迎える準備をしようとしていたのだが、魔王に見つかってしまった。
現在の魔王であり、魔族にとって神にも等しい死の精霊エルルは、アルスを裏切者だと罵って、魔力を封じる鎖に繋ぎ、魔王城の牢獄に閉じ込めた。アルスは捕まってから血を飲めずに飢えている。
「……イツキ殿に、伝えなければ」
死の精霊エルルの企みを。
暗い牢獄の空気は淀んでいる。鎖で手足が動かせない。牢獄の見張りで醜いオークが立っている。オークは人間より一回り大きい、豚の顔をした鬼属のモンスターで魔族の一種だ。
オークは弱っているアルスを見て鼻を鳴らした。
「吸血鬼のお貴族様がざまあねえなあ、おい」
「……」
「魔王様もいないし、ぶひひ。今なら邪魔なお貴族様を片付けられるかも?」
ニヤリと笑ったオークが近付いてくる。
普段なら格下の魔物の無礼は許さないところだが、今のアルスは弱っている上に鎖で動けない。
黒く錆び付いた斧を持ったオークが迫る。
「ぶひひ……」
「……ちょっと、君」
唐突に、場違いなほど澄んだ青年の声がその場に響いた。
「そいつは僕の獲物なんだよ。譲ってくれないか」
「は?……ぶぎゃっ!」
オークは振り向きざま、剣で殴り倒された。
長剣を手にした碧の瞳の青年がそこに立っていた。
「イツキ殿……?」
「やあ、獲物というか、どれ……いや違う部下だったか」
「今奴隷と言いかけた?!」
「気のせいだよ」
樹は飄々と言うと、手にした剣で無造作にアルスを戒める鎖を断ち切った。崩れ落ちるアルスの肩口に、暖かい手が置かれる。
みるみる内に傷が癒えて、喉の渇きがやわらいだ。
「この感覚は久しぶりだ……やっぱりイツキ殿はすごい」
「元気になったらもう良いよな」
「もっと触って欲しいのだ」
「気持ち悪い」
アルスが動けるまで回復すると、樹はパッと手を離す。
名残惜しそうにするアルスから後ずさって半眼になった。
「ちゃっちゃと立って歩け、ほら」
「うう」
立ち上がったアルスは、樹の後を付いて牢獄を出た。
階段を登って牢獄エリアを出ると普通の城の廊下になる。
そこには金髪のエルフの少女が立っていた。
「アルスさん、久しぶりですぅ」
「ソフィー殿! 感動の再会を祝して口付けを! というか血をくれっ」
「いい加減にしろ」
後ろから樹に踏んづけられて、アルスは城の廊下とキスをした。
「ああっ、そこ肩がこってたのだ! もっと踏んで~」
「僕はマッサージ機じゃない! そろそろ真面目に話すぞ」
漫才めいた掛け合いを続けたかったアルスだが、樹の台詞の最後が真剣な声だったので諦めた。
「一応聞くけど、なんで捕まってたんだ?」
「魔族なのにイツキ殿に味方するのかと疑われて」
「あー、お前はどっちかというと僕の仲間だもんな」
どっちかと言わなくても、アルス自身はイツキに親近感を持っているので仲間のつもりだったのだが。
「……僕が留守の間、魔界を見ていてくれたんだろう。ありがとう」
ちょっと視線をそらしながら樹が言う。
アルスは感動した。
「イツキ殿から感謝の言葉が聞けるとは!」
「すっごーい、これがイツキの世界で言う、つんでれなんですね!」
「……君達の僕に対する認識が良く分かった」
便乗するように、ソフィーも異世界の言葉らしいよく分からない事を言う。樹には通じたようだ。
樹が不機嫌になったので、アルスは慌てて咳払いした。伝えたいことがあったのだった。
「イツキ殿、エルル様はどこに?」
「あいつならエターニアで、カノン王と天空神を封じる魔方陣でも書いてるんじゃないか」
「それはまずい」
アルスが突然、深刻な顔になったので、樹は不思議そうにした。
「別に神様が封じられても僕は痛くも痒くもないぞ」
「天空神だけなら良いのですが」
「他に何かあるのか?」
「実は……」
きょとんとする樹に向かって、アルスは死の精霊の近くにいたからこそ知り得た、彼女の真の目的について話し出した。
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