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(第二部)第四章 光と闇

10 満月

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 日は完全に暮れて濃藍に移行した空には星が輝き始めている。
 カノン王と英司の決闘は、まだ決着が付いていなかった。

「同じ勇者とか言ったが、たいしたことないじゃないか」
「ちっ」

 王は笑って言い、英司は舌打ちした。

「こっちは殺さないように手加減してるってのに」

 そうなのだ。
 英司は相手に致命傷を与えないように、それとなく攻撃をセーブしている。一方の王は構わずに撃っているらしく、防がなければ死ぬ程の雷撃が降ってくる。

「そろそろ終わりにしよう」

 手加減されていることさえ気付かない王は、剣の切っ先に雷撃を溜める。英司は双剣を構えて距離を詰めたが、あと一歩のところで溜めを妨害できなかった。
 青白い電光を撒き散らしながら、強力な雷がカノン王の剣に集中し、王はそれを真っすぐ振り下ろす。
 咄嗟に英司は横っ飛びに避けた。
 防御ができない威力だと判断したからだ。
 後方には闇に沈むオレイリアの森がある。

 バシュウウウゥゥゥッ!

 雷はオレイリアの森を割って撒き散らされ、揺らいでいた結界の壁を叩く。一瞬、森の中心部を覆う白い光の壁が強く光り、次の瞬間、壁は砕けた。
 英司は思わず声を上げる。

「しまった!」
「ははは、これで精霊取り放題……」
「馬鹿がっ」

 無邪気に笑う王を前に、状況を悟った英司は険しい表情で吐き捨てる。

 大地が揺れる。
 空に現れる真っ赤な月。
 眠れる死者達が目を覚ます。




 オレイリアを守る結界を襲う衝撃に、ソフィーは声を上げた。

「おばあ様!」

 英司の決闘を観戦する面々の中には、セリエラの姿もあった。
 銀髪のエルフは苦しそうに呻いて膝を折る。
 結界は彼女や、上級以上の精霊演舞を使える一部のエルフが協力して張っていた。強引に結界が壊された今、そのダメージがセリエラ達の身を襲っているのだ。

「なんてタイミングの悪い……」

 夜空に赤い月が昇った。
 森の地面が盛り上がり、白骨が起き上がる。
 木陰に集まった白いもやが人影となる。
 死霊レイス骨戦士スケルトンが次々と姿を現して、生者に牙を向く。

「うわあああっ」

 エターニアの軍勢から悲鳴が上がる。
 不死の魔物達は、愚かな人間達を飲み込んで仲間に引き入れようと動いていた。勇者でもない普通の人間はひとたまりもない。

「……今日は満月だ。あの赤い満月の下ではいつもより魔物の力が増幅される。結界を張っても毎月、苦戦するというのに!」

 セリエラが青ざめた顔で言った。
 結界が無い今、魔物達はエルフの里に押し寄せるだろう。上級の精霊演舞を使える術者はセリエラも含め、結界崩壊でダメージを受けている。
 オレイリアの森の周囲には見渡す限り、無数の死者達がうごめいている。
 このままではエターニアの軍勢だけでなく、エルフの里も魔物達に蹂躙されるだろう。

「セリエラさんは、おばあ様なんだから休んでいてください」
「イツキ……?」

 眼鏡を外してポケットに入れながら、樹は立ち上がる。

「僕の前で誰も死なせはしない。人も、エルフも……」

 静かで、確信を持った宣言だった。
 近くの枝に舞い降りたフクロウが鳴く。

『イツキや。どうするつもりじゃ?』
「簡単な話さ」

 樹は軽く手を差しのべて、精霊武器を召喚する。
 澄んだ銀の輝きを放つ長剣がその手に現れた。

「……あの赤い月がこの空間のかなめだ。あれを壊せばいい」
「えっ、凄く遠くの空にありますよ?」

 夜空に浮かぶ月を指さした樹に、ソフィーはきょとんとして問い返した。
 樹は彼女の金髪をポンと叩くと笑った。

「遠く見えても、本当に遠いとは限らないさ」

 前回、赤い月を壊そうとしなかったのは、全力で力を振るうと、赤い月の空間と一緒にオレイリアのエルフの結界も壊してしまう可能性があったからだ。だが今はオレイリアの結界を気にする必要はない。

 銀の刃を空に向ける。
 樹の足元から、虹色の光が螺旋を描いて立ち上った。
 青年の背中に最高位の精霊だと証明する八枚の光の翅が、瞬間的に開いて、すぐに消える。
 光の唐草模様が空中に浮かび、剣の切っ先に向かって収束した。

「せいっ」

 気合いの声と共に、樹は剣を振るう。
 世界樹の精霊武器の切っ先から、虹の光の斬撃が空に向かって放たれた。
 三日月の形に飛ぶ光の斬撃は、夜空を横断して奇妙に大きな赤い月に届いた。

 バリン。

 あまりにも呆気なく、赤い真円の月にヒビが入る。

「お月様が割れる……?!」

 見ていたソフィーが歓声を上げた。
 夜空にクモの巣状のヒビが広がって、空の破片が地上に降る。
 触ることができない透明なガラスような空間の破片が、呆然とする人とエルフ達の上に降り注ぐ。
 深紅の光を放つ破片は、地上に落ちると淡雪のように溶けて消えた。
 赤い月があった場所に代わって現れる、檸檬色の満月。

「……これで邪魔な空間は無くなったな。ああ、肩が軽くなった」

 樹は不敵に笑みを浮かべ、剣を構えなおした。
 鮮やかな翠玉の瞳が悪戯っぽく光る。
 その視線を受けて、形勢逆転を感じたようにアンデットモンスター達は一斉に後ずさった。


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