異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉

文字の大きさ
43 / 97
(第二部)第三章 ここからもう一度

10 猫の名前

しおりを挟む
 地球から一緒に来た赤い猫は、詩乃によく懐いていた。
 彼、もしくは彼女かもしれないが、普通の猫よりも賢いようだ。人の言葉を理解しているようで、異世界の言葉が分からない詩乃を、度々助けてくれた。

 しかし、流れ星が降った翌日。
 前夜に雷鳴が響いていたからか、その日は気持ちいいくらいの快晴だ。
 いつもは落ち着いている猫が、カリカリと扉を引っ掻いて外に出て行きたそうにした。詩乃は最初は無視していたのだが、懇願するような鳴き声に負けて扉を開く。
 猫は部屋をするりと飛び出て廊下を駆けていく。
 そのまま去っていきそうな勢いに、詩乃は慌てた。

「待って! 猫さん」

 ちなみに猫に名前を付けていない。
 猫は案内するように尻尾を振って、広い庭の入り組んだ小道を走った。
 やがて行く先に赤い実がなった木が見えてくる。
 木の下には眼鏡を掛けた黒髪の青年が立っていた。
 地球で知り合った、樹という青年だった。
 彼は足元にじゃれてきた猫を抱き上げる。

「元気だったか、ラーム」
「ニャー」
「……樹君?」
「と、詩乃さんも」

 先に猫に挨拶してから、樹は悪戯っぽい笑みを詩乃に向けた。
 ずっと猫さんと呼んでいた詩乃は、急遽判明した猫の名前に頬を膨らませる。

「ラーム? 可愛いくない。誰がそんな名前付けたのよ」
「僕じゃないさ。この子の本当の名前だよ」
「本当の名前?」
「まあ、それはそれとして。詩乃さん、英司に会わなくていいのかい」

 猫を腕の中であやしながら樹が聞いてくる。

「まさか玉の輿を狙ってるのか。確かに英司より王様の方がお金持ちでイケメンかもしれないが……英司にも良いところはあるぞ」
「例えば?」
「意外に綺麗好きで掃除ができる。もっとも、王様に嫁いだら召し使いが代わりにやってくれるから意味ないか。仕方ない、僕から英司に、諦めろと伝えておこう」
「待って!」

 意地悪い笑みを浮かべて言い募る樹に、詩乃は慌てて待ったを掛けた。

「だ、だって英司と会ったら、一緒に地球に帰る方法を探そう、って言われるじゃない」
「帰りたくないのか?」
「英司には待ってる人がいるかもしれないけど……」

 言外に帰りたくないと訴える詩乃。
 彼女の返事を聞いた樹は、ひょいと何でも無いように言った。

「じゃあ英司と一緒にこっちに住めばいいじゃないか」
「え?」
「僕もこっちに残るつもりだし。君達もこっちに住むなら楽しくていいな」
「えええ?」

 あっけらかんと言った樹に詩乃は唖然とする。
 そんな簡単に決めてもいいの、と彼女は疑問に思う。最近、樹に出会ったばかりの詩乃は、樹がどんな葛藤を経てその結論にたどり着いたか知らなかった。

「でも英司を説得できるかな」
「大丈夫大丈夫。詩乃さんの言うことを聞かないと僕がお前の黒歴史をばらすぞ、と言ってたと伝えてくれ」
「脅迫じゃない」

 樹はくすくす笑う詩乃の腕の中に、猫を戻す。
 ふかふかの毛並みを撫でて安心する詩乃。その彼女の足元で、唐突に何か、生き物が走りぬけて行った気配がした。

「?」
「……待てぇ! マンドラゴラ!!」

 続いて男の焦った声。
 足元を駆け抜けていったのは、丸いカブのような植物に足が生えた奇妙な生き物だった。
 そして謎の生き物を追って、だらしないパジャマの男が走って行く。男の顔を確認して詩乃はびっくりした。

「清春、何やってるの」

 一生懸命、変な生き物を追いかけている国王の姿に、詩乃はポカンとする。樹は眼鏡のフレームを指で押し上げて、何故か妙に凛々しい表情をした。

「詩乃さん、僕には為さねばならない使命がある。今日はありがとう。気が向いたら英司に会ってやってくれ。じゃ」
「ちょ、ちょっと樹君!」

 詩乃は呼び止めたが、樹は颯爽とした足取りで彼女を無視して去った。




 まさか王宮で逃げた作物を目撃するとは思わなかった。
 詩乃と別れた樹はパジャマ姿の王を追う。
 王を追いながら樹は、自らの心の平穏のためにも、逃げた作物は捕獲しようと心に誓った。
 足早に庭を駆け抜ける。
 前方で、しゃがんだ王がカブもどきを押さえ込んでいる様子が見えた。

「初めて見たぞ伝説のマンドラゴラ。さすがは異世界だ素晴らしい! 絶対すごいアイテムだぞこれ」
「……ただの足が生えたカブです」

 カブもどきを抑え込んで興奮している王に近寄って、樹は話し掛けた。

「煮込んでスープにすると美味ですが、特に薬効などはありません」
「そうなのか? え、魔法の材料には」
「なりません」

 ひゅるるるーーと二人の間に冷めた風が吹き抜けた。
 じたばたするカブもどきを掴みあげた王は、ややあって正気に戻った。ごほんと咳払いして真面目な顔になる。
「君は……たしか詩乃君の友達で、えーっと」
「樹です」
「なんでマンドラゴラに詳しいんだい?」
「薬屋なもので」
「ほう、薬屋。じゃあ明後日に、遠征部隊に薬を届けてくれると助かるな」

 話が真面目な方向に戻る。
 樹は王の言葉に不思議そうな顔をした。

「遠征?」
「そうだ。魔界へ遠征して、魔王を討つ。ははっ、まるでRPGゲームみたいだろう」
「そうですね」
「ゲームと一緒で、勇者が勝つことが決まってるから安心していい。……実はここだけの話、魔王の正体は精霊なんだ。だから封じ込める手段があるんだよ」

 強い精霊を封じ込めると強い力を持つ魔晶石ができる。
 最高位の精霊を封じ込めたら、どんなレアなアイテムができるんだろうな?

「明後日に王城においで」

 カノン王はカブもどきを片手にぶら下げたまま、機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら王宮の中へ戻っていく。
 樹は無言のまま、視線だけを険しくして王の後ろ姿を見送った。

しおりを挟む
感想 142

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。