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(第三部)第二章 星に願いを
02 ツキミソウと再会の約束
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この野原に月光が射し込む時にだけ地上にその姿を見せ、花開くというツキミソウ。
エルフの夫婦はツキミソウを探しに来たが、なかなか見つからず「せっかくここまで来たのだから、あとすこし」と粘っている内に、時間が経ってしまったらしい。
『薬草でしゅか。そんなの、世界樹の精霊さまの力で生やしたらいいじゃないでしゅか』
「え?」
熟睡中の朱里の頭上で、黄色い毛玉がぴょんぴょん跳ねた。
ヒヨコが樹に向かって当然のように提案するが、樹は戸惑って答えにつまる。
「植物を生やす……?」
『世界樹で精霊は生まれるでしゅ。精霊たちは世界樹から巣立って、大自然に宿って、ありとあらゆるものに恵みを与える。世界樹は全ての根源なのでしゅ。そしてイツキ様は、命を司る世界樹の精霊なのでしゅ』
「僕は……」
世界樹の精霊の力を、今まで樹は積極的に使ってこなかった。
アウルから簡単な話は聞いていた。
しかし改めてヒヨコに説明されて、自分の能力を再認識する。
「ツキミソウを生やせるか、やってみる」
エルフの夫婦にツキミソウの特徴を詳しく聞いた後、樹は野原を見回した。
目をつむると、意識を研ぎ澄ませて、土の中に眠る植物の種を探す。
月の下で咲く白い四枚の柔らかい花弁をイメージする。
沢山の命の気配の中で、月光に反応している植物を探し出した。
その種は弱っていて土の下で縮こまっている。
樹は種に呼びかける。
出てきて大丈夫だよ。
僕が力を分けてあげるから。
「おお……!」
傍観していたエルフの夫婦が固唾を呑んだ。
月光に照らされた少年の背に、淡い光の線が八枚の翅のかたちを描き出す。
一瞬、八枚の翅が光輝いたかと思うと、パッと消えた。
野原の片隅にいくつかの光を帯びた若葉が地面から伸びあがり、子供の背の高さまで到達すると、柔らかい乳白色の花を咲かせる。月光を受けた白い花弁は、ほのかに幻想的に光った。
「ツキミソウだ……ありがとうございます!」
目的の薬草を見つけてエルフの夫婦は嬉しそうにする。
彼らは生えてきた薬草を全部摘み取ってしまわず、その中の数本だけ選ぶと、布に包んで大事そうに鞄の中にしまいこんだ。
薬草の採取がひと段落したところを見計らって、樹はエルフの夫婦に「世界を渡る方法」について聞いてみる。
「別の世界、ですか」
唐突な質問に、彼らは困惑を隠しきれない。
「そもそも世界が複数存在しているということについて、私たちが知っている世界は三つだけ。人間世界と魔界と、世界樹を中心とした精霊の世界のことだけです。それ以外の世界については……」
エルフの夫婦は、樹の欲しい知識を持っていないようだ。
朱里を地球に還す方法を知りたい樹はがっかりした。
「あ、そういえばもうひとつありました」
残念そうな樹を見ながら、エルフの夫婦は愛娘を連れてきてくれて、ツキミソウを生やしてもらった礼をしたいと考える。夫婦は、何とか関係のある話を思い出して、樹に伝えようとした。
「この野原の先に、ヨモツサカと呼ばれる不気味な洞窟があり、そこは死の世界に通じているそうです」
ヒヨコが驚いたようにポーンと飛び上がった。
『死の精霊の棲み処に通じているところでしゅ! こんなに近くにあったでしゅか!』
樹は死の精霊と聞いて、以前に精霊の卵を盗まれたことを思い出した。
ちょうどいい。
「行ってみようか」
『何を言ってるでしゅ?! イツキ様の天敵じゃないでしゅか! 戦争に行くでしゅか?!』
「戦いに行く訳じゃないよ。精霊の卵がどうなったか知りたいのと、あと、この世界で最も古い精霊だという死の精霊なら、朱里ちゃんを地球に還す方法も知っているかもしれない」
言いながら、樹は正解に近づいている気がした。
実際、世界を越える魔法を使えるのは、神々と最高位の精霊だけ。そんなに的外れな探索ではないのだが、この時の樹はそこまで詳しくは知らない。
「行っちゃうの……?」
かぼそい声がした。
両親の服の裾にぎゅっとしがみついたままで、ソフィーが水色の瞳をうるませて、樹を見ている。
「また会える……?」
エルフの少女に聞かれて、樹は答えることができなかった。
本来、世界樹から離れられない精霊の樹がここにいるのは、地球から迷いこんだ朱里というイレギュラーあってのこと。その朱里を地球に還せば、樹はまた世界樹から離れられなくなるだろう。
もう二度と会えない可能性が高い。
軽々しく「うん」と肯定できなかった。
「それは」
『世界樹の精霊さまは、ずっと僕らを見守ってくださるでしゅ! ね、イツキ様!』
「君ちょっと遠慮してよ。大事な話をしてるんだからさ」
ヒヨコが割り込んできて、二人の間で飛び回る。
樹はヒヨコの台詞を聞きながら、一瞬、疑問に思った。
僕は世界樹の精霊としてこの世界をずっと見守っていくんだろうか。
本当に?
何か違和感がある。小骨を飲み込んだような感覚が喉の奥で消えない。
子供の僕はいつか大人になる。大人になったら、どんな仕事をしているのだろう。いったい何になっているのだろう。想像がつかない。そこに「異世界の世界樹の精霊」という未来があるのだろうか。
「じゃあ、いつかまたきっと会えるよね!」
黄色い毛玉のせいで、ソフィーは話を誤解してしまった。
今更ちがう、とも言いだしにくい。
樹はどうしようかと思う。
「……世界樹の精霊さま、私たちエルフは永い時間を生きます。すぐは無理でも、いつかは再会できるでしょう。私たちには時間がありますから」
樹が困っているのに気付いて、エルフの夫婦はさりげなくフォローを入れた。
そうか、別に時間がかかってもいいんだ。
今すぐ答えを出さなくてもいい。
「じゃあ、いつかね」
「うん!」
幼い樹は、ソフィーと小さな約束を交わす。
果たされるか分からない、お互いに覚えていられるか分からない、大切な約束を。
エルフの夫婦はツキミソウを探しに来たが、なかなか見つからず「せっかくここまで来たのだから、あとすこし」と粘っている内に、時間が経ってしまったらしい。
『薬草でしゅか。そんなの、世界樹の精霊さまの力で生やしたらいいじゃないでしゅか』
「え?」
熟睡中の朱里の頭上で、黄色い毛玉がぴょんぴょん跳ねた。
ヒヨコが樹に向かって当然のように提案するが、樹は戸惑って答えにつまる。
「植物を生やす……?」
『世界樹で精霊は生まれるでしゅ。精霊たちは世界樹から巣立って、大自然に宿って、ありとあらゆるものに恵みを与える。世界樹は全ての根源なのでしゅ。そしてイツキ様は、命を司る世界樹の精霊なのでしゅ』
「僕は……」
世界樹の精霊の力を、今まで樹は積極的に使ってこなかった。
アウルから簡単な話は聞いていた。
しかし改めてヒヨコに説明されて、自分の能力を再認識する。
「ツキミソウを生やせるか、やってみる」
エルフの夫婦にツキミソウの特徴を詳しく聞いた後、樹は野原を見回した。
目をつむると、意識を研ぎ澄ませて、土の中に眠る植物の種を探す。
月の下で咲く白い四枚の柔らかい花弁をイメージする。
沢山の命の気配の中で、月光に反応している植物を探し出した。
その種は弱っていて土の下で縮こまっている。
樹は種に呼びかける。
出てきて大丈夫だよ。
僕が力を分けてあげるから。
「おお……!」
傍観していたエルフの夫婦が固唾を呑んだ。
月光に照らされた少年の背に、淡い光の線が八枚の翅のかたちを描き出す。
一瞬、八枚の翅が光輝いたかと思うと、パッと消えた。
野原の片隅にいくつかの光を帯びた若葉が地面から伸びあがり、子供の背の高さまで到達すると、柔らかい乳白色の花を咲かせる。月光を受けた白い花弁は、ほのかに幻想的に光った。
「ツキミソウだ……ありがとうございます!」
目的の薬草を見つけてエルフの夫婦は嬉しそうにする。
彼らは生えてきた薬草を全部摘み取ってしまわず、その中の数本だけ選ぶと、布に包んで大事そうに鞄の中にしまいこんだ。
薬草の採取がひと段落したところを見計らって、樹はエルフの夫婦に「世界を渡る方法」について聞いてみる。
「別の世界、ですか」
唐突な質問に、彼らは困惑を隠しきれない。
「そもそも世界が複数存在しているということについて、私たちが知っている世界は三つだけ。人間世界と魔界と、世界樹を中心とした精霊の世界のことだけです。それ以外の世界については……」
エルフの夫婦は、樹の欲しい知識を持っていないようだ。
朱里を地球に還す方法を知りたい樹はがっかりした。
「あ、そういえばもうひとつありました」
残念そうな樹を見ながら、エルフの夫婦は愛娘を連れてきてくれて、ツキミソウを生やしてもらった礼をしたいと考える。夫婦は、何とか関係のある話を思い出して、樹に伝えようとした。
「この野原の先に、ヨモツサカと呼ばれる不気味な洞窟があり、そこは死の世界に通じているそうです」
ヒヨコが驚いたようにポーンと飛び上がった。
『死の精霊の棲み処に通じているところでしゅ! こんなに近くにあったでしゅか!』
樹は死の精霊と聞いて、以前に精霊の卵を盗まれたことを思い出した。
ちょうどいい。
「行ってみようか」
『何を言ってるでしゅ?! イツキ様の天敵じゃないでしゅか! 戦争に行くでしゅか?!』
「戦いに行く訳じゃないよ。精霊の卵がどうなったか知りたいのと、あと、この世界で最も古い精霊だという死の精霊なら、朱里ちゃんを地球に還す方法も知っているかもしれない」
言いながら、樹は正解に近づいている気がした。
実際、世界を越える魔法を使えるのは、神々と最高位の精霊だけ。そんなに的外れな探索ではないのだが、この時の樹はそこまで詳しくは知らない。
「行っちゃうの……?」
かぼそい声がした。
両親の服の裾にぎゅっとしがみついたままで、ソフィーが水色の瞳をうるませて、樹を見ている。
「また会える……?」
エルフの少女に聞かれて、樹は答えることができなかった。
本来、世界樹から離れられない精霊の樹がここにいるのは、地球から迷いこんだ朱里というイレギュラーあってのこと。その朱里を地球に還せば、樹はまた世界樹から離れられなくなるだろう。
もう二度と会えない可能性が高い。
軽々しく「うん」と肯定できなかった。
「それは」
『世界樹の精霊さまは、ずっと僕らを見守ってくださるでしゅ! ね、イツキ様!』
「君ちょっと遠慮してよ。大事な話をしてるんだからさ」
ヒヨコが割り込んできて、二人の間で飛び回る。
樹はヒヨコの台詞を聞きながら、一瞬、疑問に思った。
僕は世界樹の精霊としてこの世界をずっと見守っていくんだろうか。
本当に?
何か違和感がある。小骨を飲み込んだような感覚が喉の奥で消えない。
子供の僕はいつか大人になる。大人になったら、どんな仕事をしているのだろう。いったい何になっているのだろう。想像がつかない。そこに「異世界の世界樹の精霊」という未来があるのだろうか。
「じゃあ、いつかまたきっと会えるよね!」
黄色い毛玉のせいで、ソフィーは話を誤解してしまった。
今更ちがう、とも言いだしにくい。
樹はどうしようかと思う。
「……世界樹の精霊さま、私たちエルフは永い時間を生きます。すぐは無理でも、いつかは再会できるでしょう。私たちには時間がありますから」
樹が困っているのに気付いて、エルフの夫婦はさりげなくフォローを入れた。
そうか、別に時間がかかってもいいんだ。
今すぐ答えを出さなくてもいい。
「じゃあ、いつかね」
「うん!」
幼い樹は、ソフィーと小さな約束を交わす。
果たされるか分からない、お互いに覚えていられるか分からない、大切な約束を。
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