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(第三部)第一章 夏の始まり

07 さらわれた子供

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 墓場は元通りに暗くなる。
 樹は地面に落ちた朱里あかりのスマートフォンを拾い上げた。
 画面が割れていないことを確認しながら、来た道を戻り始める。
 入口付近まで戻ると、そこにはまだ尻もちをついたままのたけしがいた。

「か、各務……いったい何がどうなって」
「一旦、皆のところに戻ろう。大丈夫。山梨さんは僕が必ず助け出すから」

 武は言葉の意味が分からなかったが、樹の謎の迫力に呑まれて頷いた。
 二人は足早に旅館まで歩く。
 花火をしていた空き地に遊んでいた子供たちの姿は無い。
 どうやら撤収したようだ。
 旅館に入ると、大人達がロビーに集まって話し合っていた。

「……君たち、勝手に抜け出していたのか。早く部屋に行って休みなさい。今夜は部屋から出てはいけないよ」

 樹と武を見つけたサマーキャンプ管理者の男性が険しい顔で言う。
 朱里がいないことや、勝手な行動をしたことを怒られる雰囲気ではなさそうだ。それよりももっと他に、気になることがあるような。

「何かあったんですか?」

 樹が聞くと、男性は少し躊躇った後に答えた。

「地元の子供で夕方に外に出たきり行方不明の子がいてね。最近、物騒だから……さあ、君たちはもう部屋に戻って」

 途中で言葉を濁して男性は樹たちの背を押す。
 付き添いの女性が部屋まで案内してくれた。
 案内された部屋は消灯されている。どうやら無理やりにでも眠らせようという意図らしい。部屋は和室で畳に布団がいくつか敷かれていた。個室ではなく雑魚寝だ。子供のサマーキャンプであるし、個室のような豪勢なことはしない方針なのだろう。
 部屋に入ると数人の男子がそれぞれ布団にもぐって思い思いにくつろいでいた。
 他校の生徒に出会ってすぐで会話が弾む訳もない。また、大人の不穏な様子から、本当はもっと皆で交流するイベントがあったが途中で中止になったのかもしれない、と樹は思った。
 樹は予め運ばれていた荷物を確認すると、適当に空いている布団に腰を下ろした。

「各務、どうするんだよ。山梨のこと、報告しなくていいのか」
「肝試しに行ってお化けに連れ去られました、って言ってみる?」

 到底、信じてもらえないだろうけど。
 樹が試すように言うと、武は首をぶんぶんと横に振った。

「僕はこれから寝るけど、朝が来ても調子が悪いことにして、起こさないで」
「え? 寝るの?」
「近藤、山梨さんを助けたかったら、僕に協力して」

 真剣な顔で頼むと、武は戸惑いながら頷いた。

「お前なら何とかしてくれるって、信じてるからな、各務!」

 落ち着かない様子の武に手を振って「おやすみ」と言うと、樹は布団の上掛けを被った。
 早く追いかけないと、取り返しのつかないことになるかもしれない。




 その頃、朱里は暗闇の中で震えていた。

「ここはどこなのよぅ……誰かいないの」

 お尻の下には堅くて冷たい地面の感触。
 どうやら足元は水たまりらしく、お尻が濡れた感じがする。

「さいあく……」

 光は無い。文明の利器スマートフォンはどこかに落としてしまった。
 とにかく移動しようと手探りで状況を把握しようとする。
 その時、生暖かい空気が頬をかすめて、朱里はぞっとした。
 シューっと何か生き物が息を吐く。
 ぞりぞりと地面を這う音。
 振り返ると赤く光る二つの目玉が、朱里を見下ろしていた。
 すぐそこで猛獣が口を開いた気配がした。

「こ、こういう時は正義のヒーローが助けてくれる……いや私が正義のヒーローじゃない。ほら、定番だと何かぱーっと魔法に目覚めて恰好よくピンチを脱出する……ファイアーなんちゃって」

 朱里は魔法のステッキが落ちていないかな、と思ったが、都合よくそんなものが落ちているはずがない。念のため「ステータス」と唱えてみたが、RPGのようなポップアップウィンドウが表示される気配もない。詰みだった。

「ちょっとどこかにいる神様! あんた仕事をサボりすぎなのよ! ここはそう、私に奇跡の力をくれるシーンでしょー!」

 ジタバタ嘆く朱里に向かって、魔物が牙をむいて長い舌を出す。
 あわやと思われたその時。
 暗闇に光が落ちた。

「……女の子は注文が多いなあ」

 魔物が光に撃たれてのけぞる。
 まるで天使のように、八枚の光の翅を背負った少年が、朱里の前に舞い降りた。
 少年が手をかざすと光の唐草模様が浮かび、魔物を拘束する。
 光の下に浮かび上がったのは巨大な蛇の姿であった。
 朱里はどこか広い地底の洞窟にいるようだ。周囲には複数の巨大な蛇が、食べ物を奪い合うように朱里を中心にぐるぐるとぐろを巻いている。

「掴まって!」

 少年の鮮やかな碧の瞳に見つめられて、朱里は一瞬呆然とする。
 戸惑う朱里の腕をひいて、少年は光の翅を広げ、一気に上昇した。

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