上 下
76 / 97
(第三部)第一章 夏の始まり

06 肝試しは波乱の幕開け

しおりを挟む
 野菜の収穫体験が終わり、樹たちは旅館で夕ご飯を食べた。
 外が暗くなると花火が配られる。子供たちは旅館の前にある空き地で小規模な花火大会をした。

「各務君!」
「うわっ、急に声を掛けないでよ、落ちちゃったじゃないか」

 密かに線香花火をどれだけ維持できるか実験していた樹は、急に声を掛けられて火芯を地面に落としてしまった。残念だ、もう少しで最長記録だったのに。
 振り向くと声をかけてきたのは朱里あかりだった。

「ねえ、これから肝試しに行かない?」
「肝試し? そんな予定はなかったと思うけど」
「予定は作るものよ!」

 朱里は胸を張って言う。
 しかし、大人たちに無断で外出しても大丈夫なのだろうか。
 先ほどまでネズミ花火を投げていた武は乗り気ではないようだ。

「ううう……止めようぜ。暗いし静かだし、絶対何か出るって!」
「意気地なし! もう少し積極的になれないの?」

 朱里は腰に手をあてて武を罵倒する。
 しかし確かに武の言う通り、都会と違って明かりの少ない農村は闇に包まれていて不気味なほど静かだった。鈴虫の声が聞こえる他は、騒いでいるのは子供たちくらいだった。

「大丈夫よ! 私たちには文明の利器がある!」

 ジャーンという効果音と共に、朱里が水戸黄門の印籠のごとくスマートフォンを掲げる。
 スマートフォンから後光が……ちがった、画面から光が広がった。

「その手があったか……山梨さん、電池はある? アンテナは立ってる?」
「ばっちりよ!」
「じゃあ行こっか」

 樹はバケツに花火の燃えカスを放り込んで立ち上がる。
 おびえていた武があんぐり口を開いた。

「え、え、なんで各務、乗り気なの?」
「最初は正直面倒だなと思ってたけど、よく考えてみると夜の墓場って、面白そうだよね」
「違う、面白くない! 各務、それは面白いんじゃなくて、怖いんだよ!」

 止めよう止めようと泣く武だが、多数決で肝試しは決行される。
 民主主義の恐ろしきことよ。強引な朱里によって、武はついに押しきられた。
 三人は連れ立って空き地を抜け出した。
 幸か不幸か大人たちは気付かない。
 朱里は文明の利器で、近くの墓場を検索する。

「ここをこう行けば……あ、音声案内をONにしよう」
『進行方向を右に曲がってください』
「なんて緊張感の無い……」

 電子音声が親切丁寧に案内をしてくれる。
 文明の利器の凄まじい性能に、武は恐れおののいた。
 暗い小道もスマートフォンの画面の光で明るく照らせる。
 しばらく田んぼの間の小道を歩くと、杉林の向こうに石塔や卒塔婆そとばが見えてきた。
 墓場の出入り口付近にある、六体のお地蔵様の前を通る。
 スマートフォンの画面が唐突に点滅した。
 ふっと、冷たい風が樹の頬を撫でる。
 何かが樹の第六感に訴えかけてきた。ここはおかしい、と。

「ほら、何も無いだろ! もう帰ろうぜ、なあ!」

 樹たちの前に回り込んで、武が通せんぼするように両腕を広げた。
 その彼の後ろの墓石に何か大きな黒いモノが柱のように立っている。

「こ、近藤、あんたの後ろに……」
「え?」

 振り向いた近藤少年は、夜の闇よりも黒い何かが見下ろしてきているのに気付いて、息を呑んだ。

「ひっ」
「近藤!」

 樹は咄嗟に、武の腕を引いて自分の後ろにかばう。
 そしてもう片方の手を前に掲げた。
 それは何も考えていない無意識の行動だった。

「っつ!」

 覆いかぶさってきた黒い何かは、しかし、樹の掲げた手の前の空中に現れた、虹色に輝く唐草模様に阻まれる。既にスマートフォンは消灯している。暗闇に閉ざされた墓場に、樹の生み出した光だけが一縷の希望となって輝いていた。

「きゃあああっ」
「山梨さん!」

 背後から音もなく迫っていた黒い尾が少女の腹に巻き付き、墓場の奥へ連れ去ろうとする。
 樹は「先に逃げて」と呆然としている武に言い置くと、その後を追った。

「……ここでは精霊の力が使えるのか」

 何故かは分からないが、今、樹は、異世界で世界樹と繋がっている時に感じる、不思議な感覚を覚えていた。ただ、そのリンクは細い糸のように途切れ途切れだ。完全な状態で精霊の力を振るうことができれば、たとえば光の翅を使うことができたなら、飛んですぐに彼女に追いつけるのに。
 もどかしさを覚えながら、樹はバチ当たりにも墓石を踏み台にして、墓場をつっきる。
 走りながら今度は意識的に精霊の力を呼び寄せた。
 前方で這っている黒い尾に光のつたが絡みつく。少女を連れ去ろうとしている魔物の動きが弱まった。

「手を伸ばしてっ!」

 朱里に声を掛けながら、樹は彼女の伸ばした手をつかむ。
 墓場の中心に黒い円ができていて、黒い尾はその中から生えていた。尾は少女を巻き込んで、黒い円の中に消えようとしている。
 精霊の力を使ってその邪魔をしながら、樹は力が足りないと歯噛みした。
 生命を司る世界樹の精霊の力は光の属性で、闇の力が強い場所では効力を発揮しづらい。ましてやここは地球で、世界樹のある異世界との間には時空の壁がある。この全き暗闇の中、世界樹から遠く離れた地球で、樹が使える力は限られた。
 綱引きのような力比べの結果、少女は引きずられて黒い円に飲み込まれようとしている。
 樹はその黒い円に目を凝らした。
 あれと似たものを、どこかで見たことがある。
 そう、あれは異世界で、死の精霊が使っていたワープゲートと似たようなものだ。
 このままでは朱里は別の世界に連れていかれる。
 彼女と一緒に黒い円を通れないのならば、後で彼女の連れ去られた場所を見つけるために、目印が必要だ。

「……僕は」

 これから使う魔法が本当に上手くいくか分からない。
 精霊として未熟な樹は正しい手順を知っている訳ではなかった。それでも樹は、胴体まで黒い円の中に身をひたした朱里に向かって叫んだ。

世界樹イグドラシルの名のもとに! 僕は山梨朱里と契約する!」

 空中に浮かんだ虹色の唐草模様が、一瞬、まばゆい光を放った。
 朱里が驚愕した表情を浮かべる。
 すべては光の中に消えて。
 光が収まった後には、少女の姿も黒い尾の魔物も無く、地面に落ちたスマートフォンの画面がちかちかと点滅するのみだった。
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

お一人様大好き30歳、異世界で逆ハーパーティー組まされました。

彩世幻夜
恋愛
今日が30歳の誕生日。 一人飲みでプチ贅沢した帰りに寄った神社で異世界に召喚されてしまった。 待っていたのは人外のイケメン(複数)。 は? 世界を救え? ……百歩譲ってそれは良い。 でも。こいつらは要りません、お一人様で結構ですからあぁぁぁ! 男性不信を拗らせた独身喪女が逆ハーパーティーと一緒に冒険に出るとか、どんな無理ゲーですか!? ――そんなこんなで始まる勇者の冒険の旅の物語。 ※8月11日完結

BLゲームに転生した俺、クリアすれば転生し直せると言われたので、バッドエンドを目指します! 〜女神の嗜好でBLルートなんてまっぴらだ〜

とかげになりたい僕
ファンタジー
 不慮の事故で死んだ俺は、女神の力によって転生することになった。 「どんな感じで転生しますか?」 「モテモテな人生を送りたい! あとイケメンになりたい!」  そうして俺が転生したのは――  え、ここBLゲームの世界やん!?  タチがタチじゃなくてネコはネコじゃない!? オネェ担任にヤンキー保健医、双子の兄弟と巨人後輩。俺は男にモテたくない!  女神から「クリアすればもう一度転生出来ますよ」という暴言にも近い助言を信じ、俺は誰とも結ばれないバッドエンドをクリアしてみせる! 俺の操は誰にも奪わせはしない!  このお話は小説家になろう、カクヨムでも掲載しています。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

精霊王女になった僕はチートクラスに強い仲間と世界を旅します

カオリグサ
ファンタジー
病で幼いころから病室から出たことがなかった少年 生きるため懸命にあがいてきたものの、進行が恐ろしく速い癌によって体が蝕まれ 手術の甲斐もむなしく死んでしまった そんな生を全うできなかった少年に女神が手を差し伸べた 女神は少年に幸せになってほしいと願う そして目覚めると、少年は少女になっていた 今生は精霊王女として生きることとなった少女の チートクラスに強い仲間と共に歩む旅物語

ぼくのスキルは『タマゴ』だそうだ。

烏帽子 博
ファンタジー
騎士の家に産まれたパックは、12歳。『スキル発現の儀』を受ける為に父のイアイに連れられ教会を訪れたが、そこで授けられたスキルは『タマゴ』だった。 『タマゴ』は、過去一度も発現したことのないスキルで、誰もその効果を知らなかった。 父のイアイは、パックを騎士とするためパックがやっと歩き始めた頃から修行をさせて、この日に臨んでいた。 イアイは、落胆し、パックにこう告げたのだ。 「2年後、次男のマックに剣士系のスキルが現れたら、お前を廃嫡にする」 パックは、その言葉を受け入れるしか無かった。

女神のチョンボで異世界に召喚されてしまった。どうしてくれるんだよ?

よっしぃ
ファンタジー
僕の名前は 口田 士門くちた しもん。31歳独身。 転勤の為、新たな赴任地へ車で荷物を積んで移動中、妙な光を通過したと思ったら、気絶してた。目が覚めると何かを刎ねたのかフロントガラスは割れ、血だらけに。 吐き気がして外に出て、嘔吐してると化け物に襲われる…が、武器で殴られたにもかかわらず、服が傷ついたけど、ダメージがない。怖くて化け物を突き飛ばすと何故かスプラッターに。 そして何か画面が出てくるけど、読めない。 さらに現地の人が現れるけど、言葉が理解できない。 何なんだ、ここは?そしてどうなってるんだ? 私は女神。 星系を管理しているんだけど、ちょっとしたミスで地球という星に居る勇者候補を召喚しようとしてミスっちゃって。 1人召喚するはずが、周りの建物ごと沢山の人を召喚しちゃってて。 さらに追い打ちをかけるように、取り消そうとしたら、召喚した場所が経験値100倍になっちゃってて、現地の魔物が召喚した人を殺しちゃって、あっという間に高レベルに。 これがさらに上司にばれちゃって大騒ぎに・・・・ これは女神のついうっかりから始まった、異世界召喚に巻き込まれた口田を中心とする物語。 旧題 女神のチョンボで大変な事に 誤字脱字等を修正、一部内容の変更及び加筆を行っています。また一度完結しましたが、完結前のはしょり過ぎた部分を新たに加え、執筆中です! 前回の作品は一度消しましたが、読みたいという要望が多いので、おさらいも含め、再び投稿します。 前回530話あたりまでで完結させていますが、8月6日現在約570話になってます。毎日1話執筆予定で、当面続きます。 アルファポリスで公開しなかった部分までは一気に公開していく予定です。 新たな部分は時間の都合で8月末あたりから公開できそうです。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。