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綺麗好きの野望
Side: シエロ
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妖精が棲む金枝の森の奥、人間の立ち入らない聖域には、シエロが育てている豊穣神の依代がある。
シエロは人目を忍んで、定期的にそこに通っていた。
「……思ったより、大きくならんな」
深い森の木々の間から射し込む光が、湧水のほとりに立つ若木を照らし出す。双葉はとうに越え、葡萄の特徴を備えたギザギザの広葉が数枚、シエロの膝ほどの高さで光を浴びている。
植えてから百年。
もうそろそろ、豊穣神リベル・パテルを宿していい頃だ。
「むー。神はまだ寝ておるのではないか」
白い長髪の少女が、岩の上に腰掛け、足をぶらぶら揺らしながら言う。ほっそりとした手足も、すべらかな肌も、現実のものと思えない作り物めいた美しさだ。
彼女は、妖精王セレス。シエロに協力し、妖精の守護神でもあるリベル・パテルの復活を企んでいた。
「何が足りない? 肥料か? それとも光か?」
シエロは屈んで、若木の根元の土をさわる。
黒くふかふかした土は、通水性と保肥性を併せ持つ、特製ブレンドだ。
「う~ん、う~ん」
「真面目に答えろ。豊穣神の眷属である妖精のお前なら、何か分かるだろう」
シエロは少し苛立って、セレスを急かす。
「時間がない。また百年待つ訳にはいかないのだ」
さっさと豊穣神を復活させ、天使の重荷を押し付けたいシエロだった。そうしないと、ネーヴェと一緒に引退できない。
セレスは唇をへの字に曲げると、ぎゅっと眼をつむった。
天啓が降りてくるのを待つ。
「……足りないのは、光じゃ」
「光か」
確かに、あまりにも秘境で、太陽光が十分に届いていない。
シエロは腕組みして考え込んだ。
「世界樹のある上層界に行って、太陽神の遺産を盗んでくるか」
「盗むとか物騒な。そなた仮にも天使じゃろ」
妖精王に指摘されるが、無視する。
豊穣神復活を考えている時点で、天使としては邪道である自覚があった。妖精とつるんで悪さをしている天使は、シエロくらいのものだろう。
「豊穣神を復活させられなかったら、どうするつもりじゃ?」
セレスは、考えに沈むシエロをのぞきこんだ。
「……」
「あのネーヴェという娘、可愛いのぅ。お前が天使のままなら、あっという間に老けてしまうがの」
耳に痛い指摘に、シエロは眉ねを寄せる。
「だから豊穣神を復活させようと」
「もっと簡単な選択肢があるぞ。堕天すればいい」
禁を犯せば、彼女を手に入れられる。
それは、心惹かれる誘惑だ。
翼が黒く染まると、守護する国土の精霊から支援を受けられなくなるが、代わりに自由を得られる。女を抱くことも、剣を持って戦うことも思うがままになる。
「回りくどく、豊穣神の復活をしようとするあたり、そなたは根っからの天使じゃ。あの娘より、国民を大切にしているのだからな」
びしっとセレスに指差され、シエロは嘆息する。
「そんなことは分かっている。お前に言われるまでもない」
アウラの天使との見合いの件も含め、ネーヴェに心労を掛けている。
本当は一人の男として、彼女を甘やかしたい。
何もかも投げ出して己の思うところを為すのは、悪なのだろうか。どちらを選んだとしても、誰かが傷付くというのに。
ネーヴェは、あの娘は、自分が天使の役割を放り出したらどう思うだろう。両手をあげて喜ぶだろうか。それとも……
「決めるのは、結果が出てからでもいい」
誰も傷付かない道などないと分かっていながら、シエロは困難な第三の選択をする。それはネーヴェの協力が必要不可欠な、もっとも明るく希望に満ちた未来へ続く道だった。
シエロは人目を忍んで、定期的にそこに通っていた。
「……思ったより、大きくならんな」
深い森の木々の間から射し込む光が、湧水のほとりに立つ若木を照らし出す。双葉はとうに越え、葡萄の特徴を備えたギザギザの広葉が数枚、シエロの膝ほどの高さで光を浴びている。
植えてから百年。
もうそろそろ、豊穣神リベル・パテルを宿していい頃だ。
「むー。神はまだ寝ておるのではないか」
白い長髪の少女が、岩の上に腰掛け、足をぶらぶら揺らしながら言う。ほっそりとした手足も、すべらかな肌も、現実のものと思えない作り物めいた美しさだ。
彼女は、妖精王セレス。シエロに協力し、妖精の守護神でもあるリベル・パテルの復活を企んでいた。
「何が足りない? 肥料か? それとも光か?」
シエロは屈んで、若木の根元の土をさわる。
黒くふかふかした土は、通水性と保肥性を併せ持つ、特製ブレンドだ。
「う~ん、う~ん」
「真面目に答えろ。豊穣神の眷属である妖精のお前なら、何か分かるだろう」
シエロは少し苛立って、セレスを急かす。
「時間がない。また百年待つ訳にはいかないのだ」
さっさと豊穣神を復活させ、天使の重荷を押し付けたいシエロだった。そうしないと、ネーヴェと一緒に引退できない。
セレスは唇をへの字に曲げると、ぎゅっと眼をつむった。
天啓が降りてくるのを待つ。
「……足りないのは、光じゃ」
「光か」
確かに、あまりにも秘境で、太陽光が十分に届いていない。
シエロは腕組みして考え込んだ。
「世界樹のある上層界に行って、太陽神の遺産を盗んでくるか」
「盗むとか物騒な。そなた仮にも天使じゃろ」
妖精王に指摘されるが、無視する。
豊穣神復活を考えている時点で、天使としては邪道である自覚があった。妖精とつるんで悪さをしている天使は、シエロくらいのものだろう。
「豊穣神を復活させられなかったら、どうするつもりじゃ?」
セレスは、考えに沈むシエロをのぞきこんだ。
「……」
「あのネーヴェという娘、可愛いのぅ。お前が天使のままなら、あっという間に老けてしまうがの」
耳に痛い指摘に、シエロは眉ねを寄せる。
「だから豊穣神を復活させようと」
「もっと簡単な選択肢があるぞ。堕天すればいい」
禁を犯せば、彼女を手に入れられる。
それは、心惹かれる誘惑だ。
翼が黒く染まると、守護する国土の精霊から支援を受けられなくなるが、代わりに自由を得られる。女を抱くことも、剣を持って戦うことも思うがままになる。
「回りくどく、豊穣神の復活をしようとするあたり、そなたは根っからの天使じゃ。あの娘より、国民を大切にしているのだからな」
びしっとセレスに指差され、シエロは嘆息する。
「そんなことは分かっている。お前に言われるまでもない」
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本当は一人の男として、彼女を甘やかしたい。
何もかも投げ出して己の思うところを為すのは、悪なのだろうか。どちらを選んだとしても、誰かが傷付くというのに。
ネーヴェは、あの娘は、自分が天使の役割を放り出したらどう思うだろう。両手をあげて喜ぶだろうか。それとも……
「決めるのは、結果が出てからでもいい」
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