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天使様と里帰り
第69話 情報収集しましょう
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首尾よく敵の集落に潜入をはたしたネーヴェたちだったが、ここは敵のど真ん中。行動には気を付けなければならない。神鳥グリンカムビには、近くの森に隠れてもらっている。いざとなればグリン様を召喚して、敵を混乱に陥れた隙に逃げる算段だった。
「ひめ……ネルさんのおかげで、ここまで辿り着けましたね」
先遣隊の隊長カルロは、姫と言いかけて、慌てて偽名で呼び直した。
カルロの親戚で、妹のセラフィと一緒に逃げてきた姉ネル、というのが今のネーヴェの役回りだ。
「今まで、ちっとも近寄れなかったのが嘘のようだ。さすがネルさん」
「ありがとうございます。無茶をしてでも、付いてきた甲斐がありましたわ」
もともと父ノルドも斥候を派遣していたが、全滅したのか、どうなったのか、帰ってくる者はおらず、さっぱり情報が掴めなかった。
今回ネーヴェの思い切った行動で、突破口が開けたことになる。
「こんな目と鼻の先に敵の駐屯地があるのに、どうして斥候が帰ってこられなかったのか。私達はその謎を探らなければなりません」
手間を掛けて敵地に潜入したのは、消える死体や不死の兵士、敵の正体を把握するためだった。
ネーヴェはどうやって情報を得るか考えていたが、手掛かりは向こうから飛び込んできた。
「お前たちは体格が良いな。戦士に向いているかもしれん。フレースヴェルグ様に祝福を授けてもらえ」
カルロたち先遣隊の男性は、例の巨大な紫水晶の前に連れて来られた。
そこには水晶と同じ色の瞳をした、黒髪の若い男が司祭服を着て立っていた。妙に小綺麗で、整った容姿の男だ。黒を基調にした司祭服は、見たこともない異国の宗教のものらしいが、銀糸で縫い取りされた翼の紋様は天翼教会にも通じるものを感じる。
紫水晶の上空には、重い黒雲が渦巻いている。
集落の一帯は暗いが、男と紫水晶だけは、周囲から浮くように妖しく輝いていた。
「あなたがたに、祝福を授けましょう。我々に従う限り、死ぬことなく戦い続けることができるように」
男―――フレースヴェルグが言葉を発すると、紫水晶が呼応するように淡く輝いた。
後ろの方で様子を見ていたネーヴェの腕を、セラフィがそっと引く。
「……魔の力だ。あんまり見ないで。あなたは私が守ってあげるけど、全員は守れない」
「もしかして、あのフレースヴェルグ司祭は」
「敵の親玉だと思う。正体は何だろうな」
セラフィは、フレースヴェルグに鋭い眼差しをそそぐ。
「あんまり凝視してはいけません、ばれますわよ……セラフィ、頭を下げて」
フレースヴェルグの視線がこちらに向いて、ネーヴェは慌ててセラフィの頭を下げさせる。
「そちらも、砦から逃げてきた難民ですか?」
「はい、そのようです。フレースヴェルグ様」
男の視線がネーヴェをかすめる。
ネーヴェはセラフィの頭に手を置いたまま、自分も頭を下げ、その視線をやり過ごした。
幸い、フレースヴェルグの興味は逸れたようで、彼は背を向けて側近と共に去っていく。ネーヴェはほっと安堵した。
戻ってきたカルロに声を掛ける。
「大丈夫ですか」
「ああ……なぜか、とても前線に行って戦いたい気分です」
カルロの目の焦点が合っていない。
敵の術に掛かってしまったのだと、ネーヴェは察した。
このままでは、フレースヴェルグの命じるまま、故郷を襲う不死の戦士に加わりかねない。
「斥候が帰ってこない理由が分かりましたが……困りましたね」
ネーヴェは空を見上げた。
重い黒雲からは、今にも雨が降ってきそうだ。
「あの紫水晶が諸悪の根源と見た! 私の剣でぶった切ってやりたいけど、固そう~~」
セラフィは勇ましく言い、次に自信なさそうに顔をしかめた。
腕力で紫水晶をたたき割るイメージをして、失敗したらしい。
「あら。あの水晶を機能停止させるには、剣で叩く必要はありませんわ」
ネーヴェはさらっと言った。
「え?! あなた人間の癖に、対処法が分かるの?!」
人間の癖にとは失敬な。セラフィの驚きように、ネーヴェは苦笑する。
宝石は、硬いように見えて、脆い。
ネーヴェの家事スキルには、貴金属の管理も含まれている。
「ええ。でも、今すぐ壊すのは時期尚早というもの。もう少し、情報収集してからにしましょう」
「ひめ……ネルさんのおかげで、ここまで辿り着けましたね」
先遣隊の隊長カルロは、姫と言いかけて、慌てて偽名で呼び直した。
カルロの親戚で、妹のセラフィと一緒に逃げてきた姉ネル、というのが今のネーヴェの役回りだ。
「今まで、ちっとも近寄れなかったのが嘘のようだ。さすがネルさん」
「ありがとうございます。無茶をしてでも、付いてきた甲斐がありましたわ」
もともと父ノルドも斥候を派遣していたが、全滅したのか、どうなったのか、帰ってくる者はおらず、さっぱり情報が掴めなかった。
今回ネーヴェの思い切った行動で、突破口が開けたことになる。
「こんな目と鼻の先に敵の駐屯地があるのに、どうして斥候が帰ってこられなかったのか。私達はその謎を探らなければなりません」
手間を掛けて敵地に潜入したのは、消える死体や不死の兵士、敵の正体を把握するためだった。
ネーヴェはどうやって情報を得るか考えていたが、手掛かりは向こうから飛び込んできた。
「お前たちは体格が良いな。戦士に向いているかもしれん。フレースヴェルグ様に祝福を授けてもらえ」
カルロたち先遣隊の男性は、例の巨大な紫水晶の前に連れて来られた。
そこには水晶と同じ色の瞳をした、黒髪の若い男が司祭服を着て立っていた。妙に小綺麗で、整った容姿の男だ。黒を基調にした司祭服は、見たこともない異国の宗教のものらしいが、銀糸で縫い取りされた翼の紋様は天翼教会にも通じるものを感じる。
紫水晶の上空には、重い黒雲が渦巻いている。
集落の一帯は暗いが、男と紫水晶だけは、周囲から浮くように妖しく輝いていた。
「あなたがたに、祝福を授けましょう。我々に従う限り、死ぬことなく戦い続けることができるように」
男―――フレースヴェルグが言葉を発すると、紫水晶が呼応するように淡く輝いた。
後ろの方で様子を見ていたネーヴェの腕を、セラフィがそっと引く。
「……魔の力だ。あんまり見ないで。あなたは私が守ってあげるけど、全員は守れない」
「もしかして、あのフレースヴェルグ司祭は」
「敵の親玉だと思う。正体は何だろうな」
セラフィは、フレースヴェルグに鋭い眼差しをそそぐ。
「あんまり凝視してはいけません、ばれますわよ……セラフィ、頭を下げて」
フレースヴェルグの視線がこちらに向いて、ネーヴェは慌ててセラフィの頭を下げさせる。
「そちらも、砦から逃げてきた難民ですか?」
「はい、そのようです。フレースヴェルグ様」
男の視線がネーヴェをかすめる。
ネーヴェはセラフィの頭に手を置いたまま、自分も頭を下げ、その視線をやり過ごした。
幸い、フレースヴェルグの興味は逸れたようで、彼は背を向けて側近と共に去っていく。ネーヴェはほっと安堵した。
戻ってきたカルロに声を掛ける。
「大丈夫ですか」
「ああ……なぜか、とても前線に行って戦いたい気分です」
カルロの目の焦点が合っていない。
敵の術に掛かってしまったのだと、ネーヴェは察した。
このままでは、フレースヴェルグの命じるまま、故郷を襲う不死の戦士に加わりかねない。
「斥候が帰ってこない理由が分かりましたが……困りましたね」
ネーヴェは空を見上げた。
重い黒雲からは、今にも雨が降ってきそうだ。
「あの紫水晶が諸悪の根源と見た! 私の剣でぶった切ってやりたいけど、固そう~~」
セラフィは勇ましく言い、次に自信なさそうに顔をしかめた。
腕力で紫水晶をたたき割るイメージをして、失敗したらしい。
「あら。あの水晶を機能停止させるには、剣で叩く必要はありませんわ」
ネーヴェはさらっと言った。
「え?! あなた人間の癖に、対処法が分かるの?!」
人間の癖にとは失敬な。セラフィの驚きように、ネーヴェは苦笑する。
宝石は、硬いように見えて、脆い。
ネーヴェの家事スキルには、貴金属の管理も含まれている。
「ええ。でも、今すぐ壊すのは時期尚早というもの。もう少し、情報収集してからにしましょう」
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