156 / 206
天使様と里帰り
第59話 不穏の予感
しおりを挟む
寝台が乱れていないので、ネーヴェの潔白はすぐ証明された。そうなるとシエロの聖人ぶりが際立つ。今朝から彼は、兵士に遠くから拝まれていた。そして、当のシエロはその視線を無いもののように流していた。注目されるのは、慣れているらしい。
こうして波乱に満ちた朝の支度の後、シエロと二人で朝食を取り、ラニエリ達と合流して旅を再開した。
「ずっと馬車の中だと、肩が凝りますね」
街から離れた辺りで、ネーヴェは馬を借りて外に出ることにした。
季節は夏だが、雪をかぶったアペニア山脈から、冷たい風が吹いてくるので意外と涼しい。
「陛下。あまり隊列から離れないようにしてください」
ラニエリが、馬を寄せてくる。
彼は何か言いたそうな顔つきで、ネーヴェのそばに佇んだ。
「ラニエリ様、何かお話があるのですか」
意を決し、ネーヴェの方から、話を振る。
「……昨夜の一件で、あなたと聖下が親しい仲だということは、理解しました。しかし、つらくないのですか?」
ラニエリは何を考えているか分からない無表情で、淡々と言う。
「つらい?」
「天使は制約があって、人間と番えないことは知っています。だからこそ、セラフィ様を近付けることで、あなたの目が醒めるかと思い、ルイ殿下に協力を依頼したのです」
公爵家の子息であるラニエリは、王族に近い者でしか知りえない天使の秘密を、いくつか知っているようだ。
ここにきて思惑が外れたからか、自身の陰謀について話し始めた。
「しかし、あなたも聖下も、それでも良いと……肉体的な繋がりが無くても、共にいたいと望むのですね」
「ラニエリ様。私達は、野の獣ではありませんわ。子孫繁栄のため以外にも、共に支え合う関係は、あって良いはずです」
肉体関係だけが目的なら、動物と同じだ。子供を作ることができないからといって、付き合えない理由にはならない。ただ、ネーヴェの目下の悩みは、シエロの方が我慢していないかという事に尽きる。
「分かりました」
ネーヴェの考えを聞いたラニエリは、何を理解したのか、大きく頷く。
そして、予想外のことを言った。
「では、天翼教会に、アウラとフォレスタの天使の見合いを打診しましょう」
「?!」
「国家間の交流で、たまに天使様のお見合いの話も出たりするのです。もちろん一般人には秘密で、王族が仲介するのですが。男の天使と、女の天使。番になれば、天使の子供が生まれます。その子供に守護天使の役割を一部継がせれば、国の守りは更に磐石になる。帝国は、広げた領土をそうやって治めているんですよ」
天使の見合い? 驚愕するネーヴェを見て、ラニエリは冷笑する。
「シエロ様に、強要できるとは思えませんが」
フォレスタ天翼教会は、シエロのもと一枚岩にまとまっているように見える。
天使同士の見合いがあっても、断っていそうだと、ネーヴェは思う。
しかし、ラニエリは「これまでは、見合う相手がいなかったのですよ」と言う。
「帝国の天使は論外だ。必要以上に帝国と仲良くすると、フォレスタは帝国に飲み込まれてしまいます。帝国以外の仲のよい国は、男の天使ばかりで……今回、国交を結び直すアウラの天使は、条件が良い」
「天翼教会の司祭たちは、シエロ様を崇拝しています。シエロ様が望まない話を進めるでしょうか」
「陛下、あなたは聖下と仲が良い司祭しか見ていないから、そう思うのでしょう。天翼教会には沢山の人間たちが働いている。彼らは、国を守るために天使を奉じているのです。天使様を番わせるのもやむをえないと、考える者もいるのですよ」
国の運営と同じで、組織である以上、天翼教会も一筋縄ではいかない。そう諭され、ネーヴェは戦慄する。
あのシエロが、そう易々と、人間たちの思惑に屈するとは思えないが……戴冠直前に、シエロが会いに来なかった期間があった事を思い出す。あの時、シエロは教会内の調整に手間取っていたと言っていた。
「私は諦めません」
ラニエリは、昏い瞳でネーヴェを見据えた。
「必ず聖下を蹴落とし、あなたを手に入れます―――」
こうして波乱に満ちた朝の支度の後、シエロと二人で朝食を取り、ラニエリ達と合流して旅を再開した。
「ずっと馬車の中だと、肩が凝りますね」
街から離れた辺りで、ネーヴェは馬を借りて外に出ることにした。
季節は夏だが、雪をかぶったアペニア山脈から、冷たい風が吹いてくるので意外と涼しい。
「陛下。あまり隊列から離れないようにしてください」
ラニエリが、馬を寄せてくる。
彼は何か言いたそうな顔つきで、ネーヴェのそばに佇んだ。
「ラニエリ様、何かお話があるのですか」
意を決し、ネーヴェの方から、話を振る。
「……昨夜の一件で、あなたと聖下が親しい仲だということは、理解しました。しかし、つらくないのですか?」
ラニエリは何を考えているか分からない無表情で、淡々と言う。
「つらい?」
「天使は制約があって、人間と番えないことは知っています。だからこそ、セラフィ様を近付けることで、あなたの目が醒めるかと思い、ルイ殿下に協力を依頼したのです」
公爵家の子息であるラニエリは、王族に近い者でしか知りえない天使の秘密を、いくつか知っているようだ。
ここにきて思惑が外れたからか、自身の陰謀について話し始めた。
「しかし、あなたも聖下も、それでも良いと……肉体的な繋がりが無くても、共にいたいと望むのですね」
「ラニエリ様。私達は、野の獣ではありませんわ。子孫繁栄のため以外にも、共に支え合う関係は、あって良いはずです」
肉体関係だけが目的なら、動物と同じだ。子供を作ることができないからといって、付き合えない理由にはならない。ただ、ネーヴェの目下の悩みは、シエロの方が我慢していないかという事に尽きる。
「分かりました」
ネーヴェの考えを聞いたラニエリは、何を理解したのか、大きく頷く。
そして、予想外のことを言った。
「では、天翼教会に、アウラとフォレスタの天使の見合いを打診しましょう」
「?!」
「国家間の交流で、たまに天使様のお見合いの話も出たりするのです。もちろん一般人には秘密で、王族が仲介するのですが。男の天使と、女の天使。番になれば、天使の子供が生まれます。その子供に守護天使の役割を一部継がせれば、国の守りは更に磐石になる。帝国は、広げた領土をそうやって治めているんですよ」
天使の見合い? 驚愕するネーヴェを見て、ラニエリは冷笑する。
「シエロ様に、強要できるとは思えませんが」
フォレスタ天翼教会は、シエロのもと一枚岩にまとまっているように見える。
天使同士の見合いがあっても、断っていそうだと、ネーヴェは思う。
しかし、ラニエリは「これまでは、見合う相手がいなかったのですよ」と言う。
「帝国の天使は論外だ。必要以上に帝国と仲良くすると、フォレスタは帝国に飲み込まれてしまいます。帝国以外の仲のよい国は、男の天使ばかりで……今回、国交を結び直すアウラの天使は、条件が良い」
「天翼教会の司祭たちは、シエロ様を崇拝しています。シエロ様が望まない話を進めるでしょうか」
「陛下、あなたは聖下と仲が良い司祭しか見ていないから、そう思うのでしょう。天翼教会には沢山の人間たちが働いている。彼らは、国を守るために天使を奉じているのです。天使様を番わせるのもやむをえないと、考える者もいるのですよ」
国の運営と同じで、組織である以上、天翼教会も一筋縄ではいかない。そう諭され、ネーヴェは戦慄する。
あのシエロが、そう易々と、人間たちの思惑に屈するとは思えないが……戴冠直前に、シエロが会いに来なかった期間があった事を思い出す。あの時、シエロは教会内の調整に手間取っていたと言っていた。
「私は諦めません」
ラニエリは、昏い瞳でネーヴェを見据えた。
「必ず聖下を蹴落とし、あなたを手に入れます―――」
47
お気に入りに追加
1,103
あなたにおすすめの小説
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

政略結婚相手に本命がいるようなので婚約解消しようと思います。
ゆいまる
恋愛
公爵令嬢ミュランは王太子ハスライトの政略結婚の相手として選ばれた。
義務的なお茶会でしか会うこともない。
そして最近王太子に幼少期から好いている令嬢がいるという話を偶然聞いた。
それならその令嬢と婚約したらいいと思い、身を引くため婚約解消を申し出る。
二人の間に愛はないはずだったのに…。
本編は完結してますが、ハスライトSideのお話も完結まで予約投稿してます。
良ければそちらもご覧ください。
6/28 HOTランキング4位ありがとうございます

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる
櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。
彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。
だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。
私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。
またまた軽率に短編。
一話…マリエ視点
二話…婚約者視点
三話…子爵令嬢視点
四話…第二王子視点
五話…マリエ視点
六話…兄視点
※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。
スピンオフ始めました。
「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~
Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。
そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。
「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」
※ご都合主義、ふんわり設定です
※小説家になろう様にも掲載しています

成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる