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魔術と天使様

第50話 やはり暗躍していたのですね

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 王城に帰ったネーヴェは、すぐさま妖精の泉の水を大皿に移した。そして、客室で宴会に盛り上がっていた偽物の王子を捕まえる。魔物は宰相をはじめとする城内の人々を支配できたため油断しており、シエロが支配を解いたことに気付いていなかった。
 ネーヴェは捕まえた魔物を大皿の前に立たせ、水面に姿を映させる。
 水面に姿が映らなかった魔物は、絶望したように悲鳴をあげ、消滅した。
 こうして、偽物のアウラ王子訪問から始まった騒動は、一区切り付いたのだった。

「金枝の森に行っていたそうですね」
 
 正気に戻ったラニエリと面会し、妖精の鏡を巡ってアウラの王子と行動した一件について説明する。
 ラニエリは困惑したように眉をひそめた。

「あそこは別名、帰らずの森ですよ。妖精たちは、人間に友好的ではありません。私は、交換留学の件は、妖精の抵抗で失敗すると考えていました」
「失敗すると分かっていて、アウラの王子を呼ぶためだけに、私たちに協力していたのですね。ルイ殿下と組んで、私と天使様の仲を邪魔するために」
「ええ。うまく行かなくて残念です」
 
 清々しいまでに、あっさり認められ、ネーヴェは嘆息した。
 今回の騒動は皮肉なことに、ラニエリの陰謀を潰すことになった。ラニエリは眼鏡のつるを押さえて下を向き、何やらブツブツ言っている。

「本当に、腹立たしい天使様です。私はどうせ暗い性格で正面きって挑むのは苦手ですよ。花なんて贈るような柄ではありません。それを、あのように明るく爽やかに、私の嫌みもどこ吹く風と受け流して」

 ラニエリは、自分の根暗な性格をコンプレックスに思っているらしい。
 この男の、悪になりきれない、自分のあやまちを素直に認めるところは、ある意味尊敬に値する。
 ネーヴェに関する邪念さえのぞけば、ラニエリは仕事熱心な男だ。貴族らしい傲慢さとずる賢さは見受けられるものの、自分の平穏が国の平穏の上に成り立つと理解しており、悪ぶってみても結果的には国政に尽くしている。

「私、ラニエリ様が嫌いではないかもしれませんわ」
「!」
 
 軽く微笑みをくれて、固まっているラニエリを背に部屋を退出する。
 護衛の近衛騎士が「陛下は罪作りな方だ」と嘆くのを、聞かなかった振りをした。
 そのまま、城内の礼拝堂に寄る。
 行列を為している告解待ちの兵士や侍女を、例によって女王特権で散らし、礼拝堂の中に入った。
 物音に気付いたのか、オリーブの鉢に如雨露じょうろで水を遣っているシエロが、振り返る。

「もう休憩か、ネーヴェ」
「今回の一件、私と妖精王を会わせるおつもりで、画策されましたか?」
 
 ネーヴェは歩み寄りながら聞く。
 妖精王が、やけに友好的だったのが、気にかかっていた。まるで、こちらの進めようとしている交換留学の事や、魔術師を育てようとしている事を、知っているかのようだった。
 ずばり指摘すると、シエロは「よく気付いたな」と不敵な微笑を口の端に浮かべる。

「全て予想どおりだった訳ではない。いずれお前を妖精王と会わせる必要があると、根回しはしていた。偶然、アウラの王子のポカミスで、それが早まったことだけが誤算だ」
 
 交換留学について話した際に、妖精の話が出た時点で、ネーヴェの試みを成功に導くために、暗躍していたらしい。

「フォレスタは元々、妖精の国だった。フォレスタに降臨するにあたり、妖精を滅ぼすか和合するかの選択を迫られ、俺は後者を選んだ。今代の妖精王は、俺が育てたものだ」
 
 妖精の力を取り込まなければ、フォレスタの厳しい自然を御せなかったのだと、シエロは言う。
 礼拝堂のステンドグラスから射し込む虹色の光が、狙ったように男を照らし出している。その整った容姿と淡い金髪が光に当たり、こぼれるような輝きを放つ。慈しむような眼差しをこちらに注ぐ彼は、一国の守護天使と言われて納得する威厳と、神秘的な気配をまとっていた。
 今は翼をしまっているが、広げたら祭壇の天使像より、もっと神々しい姿になるだろう。

「障害のいくつかは取り除いてやった。後は、お前たちの交渉次第だ」
「そちらは任せて下さい」

 ルイの弱みを握ったことで、交渉は有利に進められる立場になった。残るは、シエロの指摘した、アウラの留学生の受け入れ体制だけだ。
 如雨露《じょうろ》を祭壇に置いたシエロは、ネーヴェに歩み寄って、頬に手を伸ばす。

「いつ、話そうか」

 何を、とは言わない。
 引退のこと、シエロ自身のこと、聞きたいことは山のようにある。
 ネーヴェは、頬に伸ばされた彼の手にそっと触れた。

「そうですわね。ゆっくり休みを取って、二人きりでお話したいですわ」
 
 戴冠してから、実家に戻っていない。避暑も兼ねて、里帰りしてみるのも良いかもしれない。
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