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魔術と天使様
第35話 油断大敵
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宰相であるラニエリには、事の真相を明かしておく必要がある。
ネーヴェは、ラニエリを女王の執務室に呼びつけた。
すぐに馳せ参じたラニエリだったが、なぜか虚ろな眼をしている。その視線は、瓶から溢れかえるような花束の上をさ迷っていた。
「本気なのか……?」
「ラニエリ。どこを見ているのですか」
ネーヴェがたしなめると、ラニエリは我に返ったようにボソボソ「すみません」とこちらに向き直る。
相変わらず眼の下の隈が濃い宰相を見て、大丈夫かしらと思いながら、ネーヴェは話を切り出した。
「単刀直入に言います。アウラの王子は偽物で、王子の姿をした魔物だそうです。シエロ様が仰るのだから、間違いないでしょう。ラニエリ、あなたはアウラの王子を見知っているそうですが、対面して何か違和感を覚えなかったのですか」
ラニエリは昔、帝国に留学していた事があり、その時にアウラの第二王子ルイと親しくなったらしい。
「……そういえば」
ネーヴェの問いかけに、ラニエリはゆっくり瞬きした。
「久しぶりに会ったのに、毒舌で挨拶したり、私をからかったり、してきませんでしたね……」
「あなた方の友人関係に疑問を覚えますが、今日会った王子は他人行儀だったという解釈で合っていますか」
「はい。もう少し話してみないと、確証は得られませんが」
突然王子が偽物だと聞かされたのに、ラニエリは彼らしい冷静さで、その事実を受け入れる。
花を見ていた時と違い、単眼鏡《モノクル》の奥の瞳には、鋭い知性の光が戻ってきていた。
「ルイと私は事前に文をやり取りしているので、偽物なら話せばボロが出るはず。偽物だった場合は、隔離して時間稼ぎし、その間に本物を探さなければなりませんね」
「魔物と会話するおつもりですか? 危険では?」
「自分の目と耳で見聞きしたものでないと、納得できません」
ネーヴェは嫌な予感を覚えて止めようとしたが、ラニエリは「とにかく確認したい」と譲らなかった。
「仕方ありませんね」
人の姿をしたものを魔物と言われて、受け入れがたい気持ちは理解できる。
どの道、今夜の歓迎の宴は主催者として出席する必要があった。
ラニエリもネーヴェも、理性的で現実主義者であり、平和な国の統治者として得難いものを持っている。しかし、今回はその慎重さが裏目に出た。
念のため、探りを入れようとしたラニエリだったが、その動きが魔物に気付かれたのだ。
「嫌だなぁ、私はあなたの知っているルイですよ。そうでしょう?」
アウラの王子の姿をした魔物の瞳が、妖しく輝く。
「……そうですね」
ラニエリが虚ろな眼になるのを目撃し、ネーヴェは自分の失策を悟った。
相手は魔物だ。
人間相手にやるように、正面から対処しようとすべきではなかった。
せっかくシエロが魔物だと気付いて警告してくれていたのに、平和ボケしたネーヴェたちは、穏便に対処しようとして間違ってしまった。
魔物が唄うように言う。
「今まで我慢していたんだね。でももう、自由だ。君のやりたいようにすれば良い。女王と、この国を手に入れたいのだろう?」
彼が言っている事の意味を、ネーヴェ以外の誰も理解していないようで呆けている。
「……女王陛下は、お加減が悪いようだ。部屋に案内しろ」
ラニエリがゆらりと立ち上がって命じると、虚ろな瞳になった兵士や侍女たちが、ネーヴェを取り囲む。
「あなたたち、目を覚ましなさい!」
「陛下、こちらへ」
「っ!」
誰もネーヴェの言う事を聞かない。
こうしてネーヴェは、魔物を軟禁するつもりが、逆に自分が閉じ込められる羽目に陥《おちい》った。
ネーヴェは、ラニエリを女王の執務室に呼びつけた。
すぐに馳せ参じたラニエリだったが、なぜか虚ろな眼をしている。その視線は、瓶から溢れかえるような花束の上をさ迷っていた。
「本気なのか……?」
「ラニエリ。どこを見ているのですか」
ネーヴェがたしなめると、ラニエリは我に返ったようにボソボソ「すみません」とこちらに向き直る。
相変わらず眼の下の隈が濃い宰相を見て、大丈夫かしらと思いながら、ネーヴェは話を切り出した。
「単刀直入に言います。アウラの王子は偽物で、王子の姿をした魔物だそうです。シエロ様が仰るのだから、間違いないでしょう。ラニエリ、あなたはアウラの王子を見知っているそうですが、対面して何か違和感を覚えなかったのですか」
ラニエリは昔、帝国に留学していた事があり、その時にアウラの第二王子ルイと親しくなったらしい。
「……そういえば」
ネーヴェの問いかけに、ラニエリはゆっくり瞬きした。
「久しぶりに会ったのに、毒舌で挨拶したり、私をからかったり、してきませんでしたね……」
「あなた方の友人関係に疑問を覚えますが、今日会った王子は他人行儀だったという解釈で合っていますか」
「はい。もう少し話してみないと、確証は得られませんが」
突然王子が偽物だと聞かされたのに、ラニエリは彼らしい冷静さで、その事実を受け入れる。
花を見ていた時と違い、単眼鏡《モノクル》の奥の瞳には、鋭い知性の光が戻ってきていた。
「ルイと私は事前に文をやり取りしているので、偽物なら話せばボロが出るはず。偽物だった場合は、隔離して時間稼ぎし、その間に本物を探さなければなりませんね」
「魔物と会話するおつもりですか? 危険では?」
「自分の目と耳で見聞きしたものでないと、納得できません」
ネーヴェは嫌な予感を覚えて止めようとしたが、ラニエリは「とにかく確認したい」と譲らなかった。
「仕方ありませんね」
人の姿をしたものを魔物と言われて、受け入れがたい気持ちは理解できる。
どの道、今夜の歓迎の宴は主催者として出席する必要があった。
ラニエリもネーヴェも、理性的で現実主義者であり、平和な国の統治者として得難いものを持っている。しかし、今回はその慎重さが裏目に出た。
念のため、探りを入れようとしたラニエリだったが、その動きが魔物に気付かれたのだ。
「嫌だなぁ、私はあなたの知っているルイですよ。そうでしょう?」
アウラの王子の姿をした魔物の瞳が、妖しく輝く。
「……そうですね」
ラニエリが虚ろな眼になるのを目撃し、ネーヴェは自分の失策を悟った。
相手は魔物だ。
人間相手にやるように、正面から対処しようとすべきではなかった。
せっかくシエロが魔物だと気付いて警告してくれていたのに、平和ボケしたネーヴェたちは、穏便に対処しようとして間違ってしまった。
魔物が唄うように言う。
「今まで我慢していたんだね。でももう、自由だ。君のやりたいようにすれば良い。女王と、この国を手に入れたいのだろう?」
彼が言っている事の意味を、ネーヴェ以外の誰も理解していないようで呆けている。
「……女王陛下は、お加減が悪いようだ。部屋に案内しろ」
ラニエリがゆらりと立ち上がって命じると、虚ろな瞳になった兵士や侍女たちが、ネーヴェを取り囲む。
「あなたたち、目を覚ましなさい!」
「陛下、こちらへ」
「っ!」
誰もネーヴェの言う事を聞かない。
こうしてネーヴェは、魔物を軟禁するつもりが、逆に自分が閉じ込められる羽目に陥《おちい》った。
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