上 下
129 / 169
魔術と天使様

第35話 油断大敵

しおりを挟む
 宰相であるラニエリには、事の真相を明かしておく必要がある。
 ネーヴェは、ラニエリを女王の執務室に呼びつけた。
 すぐに馳せ参じたラニエリだったが、なぜか虚ろな眼をしている。その視線は、瓶から溢れかえるような花束の上をさ迷っていた。

「本気なのか……?」
「ラニエリ。どこを見ているのですか」
 
 ネーヴェがたしなめると、ラニエリは我に返ったようにボソボソ「すみません」とこちらに向き直る。
 相変わらず眼の下の隈が濃い宰相を見て、大丈夫かしらと思いながら、ネーヴェは話を切り出した。

「単刀直入に言います。アウラの王子は偽物で、王子の姿をした魔物だそうです。シエロ様が仰るのだから、間違いないでしょう。ラニエリ、あなたはアウラの王子を見知っているそうですが、対面して何か違和感を覚えなかったのですか」
 
 ラニエリは昔、帝国に留学していた事があり、その時にアウラの第二王子ルイと親しくなったらしい。
 
「……そういえば」
 
 ネーヴェの問いかけに、ラニエリはゆっくり瞬きした。

「久しぶりに会ったのに、毒舌で挨拶したり、私をからかったり、してきませんでしたね……」
「あなた方の友人関係に疑問を覚えますが、今日会った王子は他人行儀だったという解釈で合っていますか」
「はい。もう少し話してみないと、確証は得られませんが」
 
 突然王子が偽物だと聞かされたのに、ラニエリは彼らしい冷静さで、その事実を受け入れる。
 花を見ていた時と違い、単眼鏡《モノクル》の奥の瞳には、鋭い知性の光が戻ってきていた。

「ルイと私は事前に文をやり取りしているので、偽物なら話せばボロが出るはず。偽物だった場合は、隔離して時間稼ぎし、その間に本物を探さなければなりませんね」
「魔物と会話するおつもりですか? 危険では?」
「自分の目と耳で見聞きしたものでないと、納得できません」
 
 ネーヴェは嫌な予感を覚えて止めようとしたが、ラニエリは「とにかく確認したい」と譲らなかった。

「仕方ありませんね」

 人の姿をしたものを魔物と言われて、受け入れがたい気持ちは理解できる。
 どの道、今夜の歓迎の宴は主催者として出席する必要があった。
 ラニエリもネーヴェも、理性的で現実主義者であり、平和な国の統治者として得難いものを持っている。しかし、今回はその慎重さが裏目に出た。
 念のため、探りを入れようとしたラニエリだったが、その動きが魔物に気付かれたのだ。

「嫌だなぁ、私はあなたの知っているルイですよ。そうでしょう?」
 
 アウラの王子の姿をした魔物の瞳が、妖しく輝く。
 
「……そうですね」
 
 ラニエリが虚ろな眼になるのを目撃し、ネーヴェは自分の失策を悟った。
 相手は魔物だ。
 人間相手にやるように、正面から対処しようとすべきではなかった。
 せっかくシエロが魔物だと気付いて警告してくれていたのに、平和ボケしたネーヴェたちは、穏便に対処しようとして間違ってしまった。
 魔物が唄うように言う。

「今まで我慢していたんだね。でももう、自由だ。君のやりたいようにすれば良い。女王と、この国を手に入れたいのだろう?」
 
 彼が言っている事の意味を、ネーヴェ以外の誰も理解していないようで呆けている。
 
「……女王陛下は、お加減が悪いようだ。部屋に案内しろ」
 
 ラニエリがゆらりと立ち上がって命じると、虚ろな瞳になった兵士や侍女たちが、ネーヴェを取り囲む。
 
「あなたたち、目を覚ましなさい!」
「陛下、こちらへ」
「っ!」
  
 誰もネーヴェの言う事を聞かない。
 こうしてネーヴェは、魔物を軟禁するつもりが、逆に自分が閉じ込められる羽目に陥《おちい》った。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

(完)貴女は私の全てを奪う妹のふりをする他人ですよね?

青空一夏
恋愛
公爵令嬢の私は婚約者の王太子殿下と優しい家族に、気の合う親友に囲まれ充実した生活を送っていた。それは完璧なバランスがとれた幸せな世界。 けれど、それは一人の女のせいで歪んだ世界になっていくのだった。なぜ私がこんな思いをしなければならないの? 中世ヨーロッパ風異世界。魔道具使用により現代文明のような便利さが普通仕様になっている異世界です。

【完結済】結婚式の翌日、私はこの結婚が白い結婚であることを知りました。

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
 共に伯爵家の令嬢と令息であるアミカとミッチェルは幸せな結婚式を挙げた。ところがその夜ミッチェルの体調が悪くなり、二人は別々の寝室で休むことに。  その翌日、アミカは偶然街でミッチェルと自分の友人であるポーラの不貞の事実を知ってしまう。激しく落胆するアミカだったが、侯爵令息のマキシミリアーノの助けを借りながら二人の不貞の証拠を押さえ、こちらの有責にされないように離婚にこぎつけようとする。  ところが、これは白い結婚だと不貞の相手であるポーラに言っていたはずなのに、日が経つごとにミッチェルの様子が徐々におかしくなってきて───

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

未来予知できる王太子妃は断罪返しを開始します

もるだ
恋愛
未来で起こる出来事が分かるクラーラは、王宮で開催されるパーティーの会場で大好きな婚約者──ルーカス王太子殿下から謀反を企てたと断罪される。王太子妃を狙うマリアに嵌められたと予知したクラーラは、断罪返しを開始する!

婚約破棄されましたが、お兄様がいるので大丈夫です

榎夜
恋愛
「お前との婚約を破棄する!」 あらまぁ...別に良いんですよ だって、貴方と婚約なんてしたくなかったですし。

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない

春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。 願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。 そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。 ※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...