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魔術と天使様

第28話 アウラの天使

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 その天使は、白一色で、眼だけが紅かった。
 人間で言えば、歳の頃は十代後半に見える。透明感のある肌に、長い銀髪。灰銀の簡易甲冑を身に付け、鎧の下からは白いスカートがひるがえる。
 剣を振るうさまは、北の国の伝説に聞く戦乙女ワルキューレのようだ。

「俺から離れろ」
 
 シエロは、ネーヴェを柔らかく自分から突き放し、距離を取る。
 そして、向かってくる剣先を回避した。

「避けるな!」
「無茶を言う」
 
 女性の天使の剣先を、シエロはひょいひょいと容易たやすくかわしている。
 ネーヴェは急いで室内に戻り、置物になっていた剣を手に取った。
 走って外に出る。

「シエロ様!」
 
 鞘に入ったままの剣を、放り投げる。
 シエロは女性の天使から視線を外さないまま、器用に片手で剣を掴み取ると、流れるような動作で抜剣した。
 キン、と澄んだ音が鳴る。
 一瞬の出来事だった。
 シエロは相手の剣を自分の剣で絡めとり、ひねって弾き飛ばす。
 女性の手元から離れた剣は、弧を描いて飛び、近くの地面に突き刺さった。
 
「何のつもりだ、セラフィ」
 
 気だるい様子で剣を下段に構え、シエロが女性に尋ねる。
 セラフィと呼ばれた天使は、悔しそうな表情で、空っぽになった手をさすった。

「……天使は人間を傷付けられないから、人間相手では剣の修行ができない。だが、天使同士なら戦えるだろう」
「意味が分からん」
 
 はぁ、と重い溜め息を吐くシエロ。
 状況はよく分からないが、困ったちゃんの天使なのね、とネーヴェは色々察した。

「なぜアウラから、はるばる飛んできて、俺に突っかかる。適当に帝国の天使にでも喧嘩を売れば良いだろう」
「帝国の天使は、剣で戦ってくれない……」
「当たり前だ」
「お前は戦いに秀でた天使だと有名だから」
 
 セラフィは甘えるように唇を尖らせる。
 その親しげな様子に、ざらりと不快感が沸き上がった。
 二人だけの会話を眺めていたくない。
 シエロが剣を鞘に収めたので、ネーヴェはそろそろ話しかけても良さそうだと判断する。

「シエロ様、お知り合いですか?」
 
 聞きながら、ゆっくり歩み寄る。
 シエロはそっけなく答えた。

「知り合いというか……そいつは、アウラの守護天使だ」
「まあ」
 
 交換留学の話をしている相手の国の天使様だった。
 ネーヴェは、本音はともかく、仲良くなった方が良い相手だと判断する。

「遠方から、よくいらっしゃいました。フォレスタにようこそ、アウラの天使様」
「……ああ」
 
 セラフィという名前らしい天使は、ネーヴェの存在に今気付いた様子で頷く。

「いったい、どうして我が国に? 個人的に、シエロ様を訪ねていらっしゃったのですか」
「すっかり本題を忘れていた!」 
 
 ネーヴェの質問に、セラフィは我にかえったような表情になる。

「ルイを知らないか? アウラを出てから、行方が掴めないんだ!」
「ルイ……もしかして、アウラの第二王子の?」
 
 アウラの第二王子が行方不明?
 思わぬ展開に、ネーヴェはシエロと顔を見合わせた。

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