116 / 210
魔術と天使様
第22話 私も魔術が使えるようになるのかしら
しおりを挟む
帝国は、多数の小国が統合されて出来た大きな国だが、フォレスタをはじめとする幾つかの周辺国は、その統合を免れて独立を保っている。
魔術の国アウラは、帝国とは海を隔てた島国であるがゆえに侵略されにくいという地の理と、アウラ独自の魔術によって独立を維持していた。
アウラは山の上にあるフォレスタからは遠い国で、今まで親交があまり無かった。
しかし、ネーヴェが進めている国策の一つに、魔術の知識を国内に普及させることがある。魔術の国アウラとは帝国から独立を保っている国同士で、先方もフォレスタに好意的だ。交換留学の話は、前向きに検討するという返事だった。
そしてつい先日、アウラの王子が使者として来ることが決定した。ネーヴェは魔術に詳しい友人のアイーダを呼んで、どうもてなすか相談しようとしていた。
「今回、アウラの第二王子ルイ様がいらっしゃるのは、ラニエリ様の働きかけによるものですわ」
と、サボル侯爵の娘アイーダは、不満そうに言った。
彼女は、黒一色のゴシックドレスに身を包んだ風変わりな女性だ。高位貴族らしく優雅で気品のある所作だが、どこか危険で妖しい雰囲気がある。
「ラニエリ様の働きかけ?」
ネーヴェは、アフタヌーンティーに用意されたマリトッツォをつまみながら、アイーダに聞き返す。マリトッツォは、丸い小さな柔らかいパンに、たっぷりの生クリームとオレンジピールを挟んだふわふわの菓子だ。
アイーダも菓子をつまみながら答える。
「もともと私の提案なので、私からアウラに書簡を送っていたのですが、結局、決め手はラニエリ様だったのですわ。なんでも、ラニエリ様が帝国に留学中に、お忍びのアウラの第二王子様と仲良くなっていたらしく」
「まあ」
あの陰気な男に、外国の王子と親しくなる社交性があるとは驚きだ。もっとも、ラニエリはああ見えて仕事が出来る男だと、ネーヴェも評価している。
「悔しいですわ。私の方が魔術に詳しいのに……」
アイーダには魔女という二つ名がある。
本人も魔術にこだわりがあるのか、アイーダは先を越されたと不満そうだ。
「ねえ、アイーダ。そもそも魔術とは何でしょう。アウラの王子を迎えるのに、私も詳しいことが知りたいわ」
ネーヴェは本題に入った。
フォレスタは、魔術が普及していない国だ。魔術については物語や噂で聞くくらいで、魔術を使って生活している者は少ない。魔物などの災いは天使様が遠ざけて下さっているので、魔術を使わなければならない事件もない。
お隣の帝国も、天使に守られている国柄、積極的に魔術を使わない。むしろ、魔術は悪魔の力を借りる技だと忌避している。
「魔術とは、妖精や魔物などの人外のものと契約し、その力を借りて奇跡を行使する技ですわ」
アイーダは、初心者のネーヴェのために、丁寧に説明してくれる。
「人外のものと契約すれば、誰でも魔術が使えるようになるのかしら。魔術は一般人でも会得できる?」
特別な血筋でないと魔術師になれないなら、国内で魔術を学ぶ者を増やすことは難しくなる。
ネーヴェは、フォレスタ人の魔術師を育てたかった。
「もちろん。人外と仲良くなれば誰でも魔術を使えますわよ。ある意味、陛下も魔術師と言えるのですわ。天使様と契約しているのですから」
「え?」
にこにこ笑顔で言ったアイーダに、ネーヴェは呆気に取られた。
「……俺を女子会に呼んだのは、その話をするためか」
それまで黙っていたシエロが、口を挟む。
アイーダが「天使様とお話したく」と言うので、今日の会談は、ネーヴェとアイーダとシエロの三人で行っている。
先日、元王子のエミリオに会ったが、シエロが呼べば来てくれると聞いて驚いていた。以前の彼は、本当に王城に来ることはなかったらしい。
閑話休題。
魔術の話だからか天使様相手にも遠慮せず、アイーダは身を乗り出して「そうですわ!」と畳み掛けた。
「広義で言えば、天使様も人外! つまり、契約により」
「霊的な知覚が解放されると言うのだろう。説明しなくても良い。知っている」
シエロは渋面で、ちょっと引き気味に答えた。
「だいたい人間の魔術は、結果を重視し過ぎて繊細さに欠ける。俺は魔術に関しては、他の天使と同じ意見だ」
「でも陛下は戴冠前に、魔術の知識を一般人に啓蒙した方が良いと仰いましたわ」
言った。王になると決めた時に、虫害の犯人だった魔術師対策としてどうかと口にしたのだ。あの時シエロは反対しなかった。
「国は天使のものではなく、人間のものだ。俺は、お前たちが決めたことを支援する……ところで、ネーヴェ。お前は魔術を学んでみたいのか?」
シエロはアイーダの指摘を受け流し、ネーヴェに視線を移す。
魔術か。興味が無いと言ったら嘘になる。
「私も、魔術師になれるのですか?」
「理論的には。ただ、天使は妖精や魔物とは毛色が違うから、俺と契約したお前に何ができるか分からない。気になるなら、アウラの王子から聞いてみれば良い。あそこは天使が守護する国の中で唯一、魔術を使う王族がいる国だ」
長生きの天使だからか、シエロは魔術に詳しいようだった。
アウラの第二王子、ルイはどんな人物なのだろうか。
魔術の国アウラは、帝国とは海を隔てた島国であるがゆえに侵略されにくいという地の理と、アウラ独自の魔術によって独立を維持していた。
アウラは山の上にあるフォレスタからは遠い国で、今まで親交があまり無かった。
しかし、ネーヴェが進めている国策の一つに、魔術の知識を国内に普及させることがある。魔術の国アウラとは帝国から独立を保っている国同士で、先方もフォレスタに好意的だ。交換留学の話は、前向きに検討するという返事だった。
そしてつい先日、アウラの王子が使者として来ることが決定した。ネーヴェは魔術に詳しい友人のアイーダを呼んで、どうもてなすか相談しようとしていた。
「今回、アウラの第二王子ルイ様がいらっしゃるのは、ラニエリ様の働きかけによるものですわ」
と、サボル侯爵の娘アイーダは、不満そうに言った。
彼女は、黒一色のゴシックドレスに身を包んだ風変わりな女性だ。高位貴族らしく優雅で気品のある所作だが、どこか危険で妖しい雰囲気がある。
「ラニエリ様の働きかけ?」
ネーヴェは、アフタヌーンティーに用意されたマリトッツォをつまみながら、アイーダに聞き返す。マリトッツォは、丸い小さな柔らかいパンに、たっぷりの生クリームとオレンジピールを挟んだふわふわの菓子だ。
アイーダも菓子をつまみながら答える。
「もともと私の提案なので、私からアウラに書簡を送っていたのですが、結局、決め手はラニエリ様だったのですわ。なんでも、ラニエリ様が帝国に留学中に、お忍びのアウラの第二王子様と仲良くなっていたらしく」
「まあ」
あの陰気な男に、外国の王子と親しくなる社交性があるとは驚きだ。もっとも、ラニエリはああ見えて仕事が出来る男だと、ネーヴェも評価している。
「悔しいですわ。私の方が魔術に詳しいのに……」
アイーダには魔女という二つ名がある。
本人も魔術にこだわりがあるのか、アイーダは先を越されたと不満そうだ。
「ねえ、アイーダ。そもそも魔術とは何でしょう。アウラの王子を迎えるのに、私も詳しいことが知りたいわ」
ネーヴェは本題に入った。
フォレスタは、魔術が普及していない国だ。魔術については物語や噂で聞くくらいで、魔術を使って生活している者は少ない。魔物などの災いは天使様が遠ざけて下さっているので、魔術を使わなければならない事件もない。
お隣の帝国も、天使に守られている国柄、積極的に魔術を使わない。むしろ、魔術は悪魔の力を借りる技だと忌避している。
「魔術とは、妖精や魔物などの人外のものと契約し、その力を借りて奇跡を行使する技ですわ」
アイーダは、初心者のネーヴェのために、丁寧に説明してくれる。
「人外のものと契約すれば、誰でも魔術が使えるようになるのかしら。魔術は一般人でも会得できる?」
特別な血筋でないと魔術師になれないなら、国内で魔術を学ぶ者を増やすことは難しくなる。
ネーヴェは、フォレスタ人の魔術師を育てたかった。
「もちろん。人外と仲良くなれば誰でも魔術を使えますわよ。ある意味、陛下も魔術師と言えるのですわ。天使様と契約しているのですから」
「え?」
にこにこ笑顔で言ったアイーダに、ネーヴェは呆気に取られた。
「……俺を女子会に呼んだのは、その話をするためか」
それまで黙っていたシエロが、口を挟む。
アイーダが「天使様とお話したく」と言うので、今日の会談は、ネーヴェとアイーダとシエロの三人で行っている。
先日、元王子のエミリオに会ったが、シエロが呼べば来てくれると聞いて驚いていた。以前の彼は、本当に王城に来ることはなかったらしい。
閑話休題。
魔術の話だからか天使様相手にも遠慮せず、アイーダは身を乗り出して「そうですわ!」と畳み掛けた。
「広義で言えば、天使様も人外! つまり、契約により」
「霊的な知覚が解放されると言うのだろう。説明しなくても良い。知っている」
シエロは渋面で、ちょっと引き気味に答えた。
「だいたい人間の魔術は、結果を重視し過ぎて繊細さに欠ける。俺は魔術に関しては、他の天使と同じ意見だ」
「でも陛下は戴冠前に、魔術の知識を一般人に啓蒙した方が良いと仰いましたわ」
言った。王になると決めた時に、虫害の犯人だった魔術師対策としてどうかと口にしたのだ。あの時シエロは反対しなかった。
「国は天使のものではなく、人間のものだ。俺は、お前たちが決めたことを支援する……ところで、ネーヴェ。お前は魔術を学んでみたいのか?」
シエロはアイーダの指摘を受け流し、ネーヴェに視線を移す。
魔術か。興味が無いと言ったら嘘になる。
「私も、魔術師になれるのですか?」
「理論的には。ただ、天使は妖精や魔物とは毛色が違うから、俺と契約したお前に何ができるか分からない。気になるなら、アウラの王子から聞いてみれば良い。あそこは天使が守護する国の中で唯一、魔術を使う王族がいる国だ」
長生きの天使だからか、シエロは魔術に詳しいようだった。
アウラの第二王子、ルイはどんな人物なのだろうか。
77
お気に入りに追加
1,104
あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

十分我慢しました。もう好きに生きていいですよね。
りまり
恋愛
三人兄弟にの末っ子に生まれた私は何かと年子の姉と比べられた。
やれ、姉の方が美人で気立てもいいだとか
勉強ばかりでかわいげがないだとか、本当にうんざりです。
ここは辺境伯領に隣接する男爵家でいつ魔物に襲われるかわからないので男女ともに剣術は必需品で当たり前のように習ったのね姉は野蛮だと習わなかった。
蝶よ花よ育てられた姉と仕来りにのっとりきちんと習った私でもすべて姉が優先だ。
そんな生活もううんざりです
今回好機が訪れた兄に変わり討伐隊に参加した時に辺境伯に気に入られ、辺境伯で働くことを赦された。
これを機に私はあの家族の元を去るつもりです。

偽りの愛に終止符を
甘糖むい
恋愛
政略結婚をして3年。あらかじめ決められていた3年の間に子供が出来なければ離婚するという取り決めをしていたエリシアは、仕事で忙しいく言葉を殆ど交わすことなく離婚の日を迎えた。屋敷を追い出されてしまえば行くところなどない彼女だったがこれからについて話合うつもりでヴィンセントの元を訪れる。エリシアは何かが変わるかもしれないと一抹の期待を胸に抱いていたが、夫のヴィンセントは「好きにしろ」と一言だけ告げてエリシアを見ることなく彼女を追い出してしまう。

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた
迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」
待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。
「え……あの、どうし……て?」
あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。
彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。
ーーーーーーーーーーーーー
侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。
吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。
自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。
だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。
婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。
※基本的にゆるふわ設定です。
※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます
※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。
※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。
※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話

わたしがお屋敷を去った結果
柚木ゆず
恋愛
両親、妹、婚約者、使用人。ロドレル子爵令嬢カプシーヌは周囲の人々から理不尽に疎まれ酷い扱いを受け続けており、これ以上はこの場所で生きていけないと感じ人知れずお屋敷を去りました。
――カプシーヌさえいなくなれば、何もかもうまく行く――。
――カプシーヌがいなくなったおかげで、嬉しいことが起きるようになった――。
関係者たちは大喜びしていましたが、誰もまだ知りません。今まで幸せな日常を過ごせていたのはカプシーヌのおかげで、そんな彼女が居なくなったことで自分達の人生は間もなく180度変わってしまうことを。
体調不良により、現在感想欄を閉じております。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる