上 下
96 / 169
【第二幕開始】天使様の嫉妬

第2話 城中を制覇してやりますわ

しおりを挟む
 ネーヴェの戴冠式は、初春に行われた。
 フォレスタは山の上にある高原の国で、冬は積雪のため通行止めになりやすい。外国から貴賓を招くにあたり、雪の季節は避ける必要があった。冬の間、ネーヴェは現国王と共に、収穫が少ない地域、主にフェラーラ侯が治める南部のフォローを行った。税の引き下げや物資の支援をすると共に、復興への道筋を付けるため、貴族の有力者や専門業者を呼び寄せてさまざまな施策を検討した。
 春の訪れと共に女王に就任したネーヴェは、これでやっと城を思い通りに出来ると意気込んだ。

「掃除する範囲も広げられますわね!」

 もとは由緒正しい伯爵令嬢、氷薔薇姫という華麗な二つ名を持つ、新しい女王の個人的な趣味―――それは、家事全般、特に掃除であった。
 およそ貴族に似つかわしくない実用的な趣味である。伯爵といっても極貧な家に生まれ育ったネーヴェは、氷細工の薔薇のような女性らしい見た目と裏腹に、雑草のような根性と趣味を持ち合わせていた。

「あらあら~。王室の家事妖精が、城のあちこちに出没するようになったと、噂が広まってしまいますわ」
 
 侍女頭のディアマンテが、おっとりした口調で呟いた。
 ディアマンテは白髪混じりの上品な老婦人で、実はネーヴェの叔母である。娘が暫定国王になったのに驚愕したクラヴィーア伯爵が、せめて身内を側に付けてやろうと急遽送り込んだのだ。
 自分の部屋だけ、ちょっといじらせて欲しい。そのようなネーヴェの願いを聞いたディアマンテは、ストレス解消になるのならと許可した。しかし、夜中にネーヴェが、こそこそ掃除するようになった結果、彼女の部屋付近だけ異様に綺麗になり「夜中に家事手伝いをする妖精さんがいる」と噂になってしまった。
 ここフォレスタは、妖精の伝承が残る地域でもある。妖精は人前に姿を現すことは滅多にないが、いざという時にこっそり助けてくれる……そのような伝承が語り継がれている。
 こうして、新女王の密かな趣味は、妖精さんのお手伝いとして、微笑ましく城中に受け入れられていたのである。
 それを良いことに、戴冠したネーヴェは掃除の範囲を城中に広げようとしていた。

「ネーヴェちゃ…様、いくら城の中でも、夜中に一人で出歩くのは不用心ですよ。近衛騎士を伴に付けない?」

 ディアマンテの指摘はもっともだった。趣味を公にしたくないネーヴェだったが、周囲の理解を得ないと続けられないことは想像できた。
 こうして選ばれたのは、ロスモンド伯爵の次男だという若い騎士ノルベルトである。
 騎士は、ネーヴェの前に跪《ひざまづ》いて誓った。

「けっして口外いたしませんゆえ、御身を守らせて下さい」

 気障《きざ》な台詞も嫌みにならない、黒髪のイケメンだった。貴族出身だけあって身なりに気を使っており、薔薇《ばら》でも差し出しそうな雰囲気がある。
 普通の女性なら頬を染めるところだが、ネーヴェは綺麗にスルーした。

「ありがとうございます。掃除を見ているだけで良いので、よろしくお願いしますね」
「はっ」
 
 夜中に男同伴でこそこそ城内をうろつくなど、付き合っている彼氏が聞いたら気を悪くすると普通は想像できる。しかし、ネーヴェは掃除のことしか頭になかった。そして、ディアマンテは可愛い姪っ子に付き合っている男がいることを知らなかったので、わざわざ指摘したりしなかったのである。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈 
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

(完)貴女は私の全てを奪う妹のふりをする他人ですよね?

青空一夏
恋愛
公爵令嬢の私は婚約者の王太子殿下と優しい家族に、気の合う親友に囲まれ充実した生活を送っていた。それは完璧なバランスがとれた幸せな世界。 けれど、それは一人の女のせいで歪んだ世界になっていくのだった。なぜ私がこんな思いをしなければならないの? 中世ヨーロッパ風異世界。魔道具使用により現代文明のような便利さが普通仕様になっている異世界です。

【完結】恋の終焉~愛しさあまって憎さ1000倍~

つくも茄子
恋愛
五大侯爵家、ミネルヴァ・リゼ・ウォーカー侯爵令嬢は第二王子の婚約者候補。それと同時に、義兄とも婚約者候補の仲という複雑な環境に身を置いていた。 それも第二王子が恋に狂い「伯爵令嬢(恋人)を妻(正妃)に迎えたい」と言い出したせいで。 第二王子が恋を諦めるのが早いか。それとも臣籍降下するのが早いか。とにかく、選ばれた王子の婚約者候補の令嬢達にすれば迷惑極まりないものだった。 ミネルヴァは初恋の相手である義兄と結婚する事を夢見ていたというに、突然の王家からの横やりに怒り心頭。それでも臣下としてグッと堪えた。 そんな中での義兄の裏切り。 愛する女性がいる? その相手と結婚したい? 何を仰っているのでしょうか? 混乱するミネルヴァを置き去りに義兄はどんどん話を続ける。 「お義兄様、あなたは婿入りのための養子縁組ですよ」と言いたいのをグッと堪えたミネルヴァであった。義兄を許す?許さない?答えは一つ。

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ
恋愛
 ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。  ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。  その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。  ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?  

処理中です...