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私の天使様
第76話 期待と不安
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翌日から、戴冠に向けての準備が始まった。
人の口に戸は立てられぬもの。新たな女王の噂話は、王城に出仕している者からすぐ城下町に広まり、やがて多くの人が知るところになった。
もちろん噂話だけではなく、国王からの正式な発表もあった。国内外に広く知らしめるのは戴冠式の時だが、その前に代替わりの支度がある。国王は表向き体調が悪いため辞位すると宣言したが、フォレスタを襲った虫の災厄が、王が招き入れた魔術師の陰謀だったと、賢い民はうすうす気付いている。
リグリス州を救ったネーヴェの活躍は広まっていたため、女王になるという話は、すんなり受け入れられた。文句を言う貴族もいたが、侯爵やら公爵やらに睨まれたら、黙らざるをえない。
民衆は、国王と王子の悪行をただした勇気ある姫としてネーヴェをたたえた。しかしネーヴェにしてみれば、あの夜会でエミリオと感情的に口喧嘩してしまったことは恥以外の何ものでもなく、そもそも不正を暴いてやろうとは考えてもいなかった。魔物の虫の被害を何とかしたいとは考えていたが、それは自分の生活と清潔さを守るためであって、正義感から為した事ではない。それが、こんなことになって、ほとほと困惑している。
ともあれ、味方は多いに越したことはない。
そう思うのは、カルメラと別れの話をしたからかもしれない。
「ずっと姫を守っていてあげたいけど、近衛騎士の代わりは出来ないからね」
「カルメラ……」
姉のように親しい傭兵の彼女は、苦笑して言った。
近衛騎士という身分は高いが堅苦しい職務に、傭兵の彼女は馴染まないだろう。護衛はもともと区切りが付くまでという話だった。
「そんな心細い顔しないで。姫のこと、気になるし、来春までは王都にいるよ。その後は旅に出るけど、アタシは、いつだって姫の味方さ。姫が困ったら、いつでも呼びな」
分かってはいるが、カルメラと別れるのは寂しい。
王になることになり、環境も立場もがらっと変わって、知らない人々に四六時中、囲まれる。ネーヴェはこの環境にまだ慣れない。
うなだれるネーヴェの頭を、彼女はぽんぽんと優しく撫でる。
「大丈夫だよ。姫ならやれる。それに、旦那がいるじゃないか」
「あの方は、聖堂に引きこもってますわ」
ネーヴェは唇を尖らせた。
あれからシエロは王城に来ていない。国王エルネストによると、天使様は基本的に王城に来ないそうだ。王城付き司祭アドルフにそれとなく聞いてみたところ、気になることを言っていた。
正式な王が決まるまでの間、繋ぎで王位を引き受けるとネーヴェが言ったので、従来どおり天使による戴冠を行うか、天翼教会内で揉めている、と。
もしかすると、あの男は戴冠式にも、来ないつもりかもしれない。
「天使の旦那にも、いろいろ事情があるのかもね。でも、旦那は姫を気にかけてると思うけど。古城にだって、付いてきてくれたじゃないか」
「……」
「姫はシエロの旦那を信じてやんな」
カルメラの言うことは正しい。
そう理屈では分かっていても、ネーヴェは心揺れる。想いを交わしてしまったからこそ、今までと違って期待してしまう。
また会いに来ると言っていたけれど……離れていると不安になる。あの月の夜に交わした約束は、あまりにも綺麗過ぎて、今となっては夢か幻のようだ。
人の口に戸は立てられぬもの。新たな女王の噂話は、王城に出仕している者からすぐ城下町に広まり、やがて多くの人が知るところになった。
もちろん噂話だけではなく、国王からの正式な発表もあった。国内外に広く知らしめるのは戴冠式の時だが、その前に代替わりの支度がある。国王は表向き体調が悪いため辞位すると宣言したが、フォレスタを襲った虫の災厄が、王が招き入れた魔術師の陰謀だったと、賢い民はうすうす気付いている。
リグリス州を救ったネーヴェの活躍は広まっていたため、女王になるという話は、すんなり受け入れられた。文句を言う貴族もいたが、侯爵やら公爵やらに睨まれたら、黙らざるをえない。
民衆は、国王と王子の悪行をただした勇気ある姫としてネーヴェをたたえた。しかしネーヴェにしてみれば、あの夜会でエミリオと感情的に口喧嘩してしまったことは恥以外の何ものでもなく、そもそも不正を暴いてやろうとは考えてもいなかった。魔物の虫の被害を何とかしたいとは考えていたが、それは自分の生活と清潔さを守るためであって、正義感から為した事ではない。それが、こんなことになって、ほとほと困惑している。
ともあれ、味方は多いに越したことはない。
そう思うのは、カルメラと別れの話をしたからかもしれない。
「ずっと姫を守っていてあげたいけど、近衛騎士の代わりは出来ないからね」
「カルメラ……」
姉のように親しい傭兵の彼女は、苦笑して言った。
近衛騎士という身分は高いが堅苦しい職務に、傭兵の彼女は馴染まないだろう。護衛はもともと区切りが付くまでという話だった。
「そんな心細い顔しないで。姫のこと、気になるし、来春までは王都にいるよ。その後は旅に出るけど、アタシは、いつだって姫の味方さ。姫が困ったら、いつでも呼びな」
分かってはいるが、カルメラと別れるのは寂しい。
王になることになり、環境も立場もがらっと変わって、知らない人々に四六時中、囲まれる。ネーヴェはこの環境にまだ慣れない。
うなだれるネーヴェの頭を、彼女はぽんぽんと優しく撫でる。
「大丈夫だよ。姫ならやれる。それに、旦那がいるじゃないか」
「あの方は、聖堂に引きこもってますわ」
ネーヴェは唇を尖らせた。
あれからシエロは王城に来ていない。国王エルネストによると、天使様は基本的に王城に来ないそうだ。王城付き司祭アドルフにそれとなく聞いてみたところ、気になることを言っていた。
正式な王が決まるまでの間、繋ぎで王位を引き受けるとネーヴェが言ったので、従来どおり天使による戴冠を行うか、天翼教会内で揉めている、と。
もしかすると、あの男は戴冠式にも、来ないつもりかもしれない。
「天使の旦那にも、いろいろ事情があるのかもね。でも、旦那は姫を気にかけてると思うけど。古城にだって、付いてきてくれたじゃないか」
「……」
「姫はシエロの旦那を信じてやんな」
カルメラの言うことは正しい。
そう理屈では分かっていても、ネーヴェは心揺れる。想いを交わしてしまったからこそ、今までと違って期待してしまう。
また会いに来ると言っていたけれど……離れていると不安になる。あの月の夜に交わした約束は、あまりにも綺麗過ぎて、今となっては夢か幻のようだ。
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