実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉

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天使の裁定

Side: カルメラ

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 真っ先に異変に気付いたカルメラだったが、剣を振るっても手応えはなかった。彼女の愛する姫は、影から伸びた黒い手に引きずり込まれるように消えた。
 あっという間の出来事だった。
 突然、人が消えるという異常現象に、周囲の人々は混乱している。

「……実家から、魔道具を持ってくるべきでしたね。もう少し防御出来たと思うのですが」
 
 アイーダは悔しそうだ。
 
「ネーヴェは死んだ訳ではない。連れ去られただけだ」
 
 意外なことに、シエロは冷静だった。
 彼はネーヴェを気に入っているから、取り乱す姿が見られるかと思ったのだが。

「シエロの旦那。連れ去られたって、どこへ? 何か分かるのかい?」
「城の上層部だろうな……地下から上がった方が良い」
「お前、ずいぶん余裕だな。ネーヴェ姫は、お前を好いているんだぞ!」
 
 グラートが余計なことを言った。
 それはバラしちゃ、駄目なやつだ。カルメラはフェラーラ侯爵を殴りたくなった。
 しかし、シエロは冷静な表情を崩さない。

「だから何だ?」
「っ……そうやって綺麗な顔で、女を騙してるのか。最低だな、お前」
 
 いろいろ誤解が発生している。シエロからネーヴェに手を出した事実は無いのに。旦那のフォローをした方が良いかと、カルメラは悩んだ。

「グラート様、救出した民を逃がすためにも、ここは一旦、地上に戻りましょう」
 
 侯爵の側近がそう言い、一行は警戒しながら階段を登る。
 湿った階段を滑らないよう注意して登ると、そこは一階の踊り場だ。
 踊り場には、行きにはなかった鉄の全身鎧フルアーマーが、十体以上ずらりと並んでいる。
 松明に照らされると、呼応するように鎧がガシャリと動いた。中に人が入っているとは思えない、無機質な動きかただ。ぎこちない動作で、鎧は長剣を構える。
 アイーダが叫んだ。

「これは人間ではありません! 中に影が入って動かしているのですわ! まともに戦っても勝ち目はありません!」
 
 彼女の言葉に、グラートの部下が「退路を確保しろ!」と言って走り始める。足の遅い一般人を先に逃がそうと、兵士は隊列を組んだ。

「グラート様、アイーダ様! お逃げ下さい!」
 
 皆が退却を始める中で、カルメラは迷っていた。
 あの鎧の向こう側にある階段を登って、上の階に行けば、ネーヴェを助けられるかもしれない。
 
「カルメラ」
 
 いつの間にか、シエロが目の前に立っていた。

「ネーヴェは俺に任せて、お前は他の奴らと逃げろ」
「!!」
 
 言いながら彼は切りかかってくる鎧を、半歩横に動いて避ける。
 何でもないように回避したが、実は相当戦い慣れしていないと出来ない動作だ。カルメラはそれを見て、シエロに任せようと思った。

「旦那。姫のこと、よろしく頼むわ」
「おい!」
 
 シエロが一人残ろうとしているのに、グラートも気付いた。
 彼は部下に説得されて、撤退しようとしているところだった。
 グラートは舌打ちし、シエロに向かって叫ぶ。

「丸腰で、どうするつもりだ?! 剣くらい持ってけ!」
 
 そう言って、鞘に入ったままの予備の剣を投げる。
 あれは、バルドの屋敷の武器庫で見つけた剣では……カルメラはもう出口に向かっていたところだったが、気になって振り返り、それを目撃した。

「……生意気な若造め」
 
 飛んできた剣を空中で掴みとったシエロが、獰猛な笑みを浮かべる。彼は、滑らかな動作で剣を抜き、一閃した。

「これは元々、俺の剣だ」

 途端に、操り人形から糸が切れたように、ガシャガシャと鎧が分解して地面に崩れる。
 それを見下ろすシエロの背中から、伸び上がるように白い翼が広がった。片方だけの翼だが、内側から光を放っているようで、彼の周囲だけ明るく輝いている。

「!!」
 
 カルメラは思わず足を止め、神話から抜け出してきたような、その姿を凝視する。グラートも驚愕して固まってしまっている。
 
「呆けてないで、さっさと城から離れろ。お前たちは、足手まといだ」
 
 隻翼の天使にそう言われ、カルメラは我に返り、グラートを引っ張って外へ走り出した。
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