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葡萄畑を耕していた理由
Side: ラニエリ
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天使は、次代の王選定にあたり、いくつか条件を設けた。
一つ、身分は問わない。
ただし、二十代以下の若者であること。壮年であれば代替わりが早く来るので、若い方が良いというのは、その通りだった。
二つ、フォレスタの三大貴族、およびフォレスタ王家の四つの家の内、一家以上から推薦を受けること。身分は問わないと言いながら、実際は貴族が有利な条件だ。
この条件を満たした者は、聖堂に行って、天使の選定を受ける。
一つ目の条件で文句を言い掛けたマントヴァ公は、二つ目の条件で口をつぐんだ。
「新しい王は、元王家フォレスタ公を含めた四つの家のうち、半数以上の同意を勝ち取らねばならん。でなければ、即位後の統治は難しいだろう。若く未熟な王を、誰かが支えなければならん」
天使の出した条件は道理に叶っていると、ラニエリも思う。
しかし、自分が王になりたい訳ではないのだ。
父親に背中を押され、聖堂の門をくぐったラニエリは憂鬱だった。
唯一の期待と言えば、今まで侯爵以上の高位貴族でなければ会ったことのない、天使に対面できるということくらいか。
後は……侍女として連れてきたネーヴェを、横目で見る。ベールで顔を隠した彼女は、涼やかな佇まいで、明らかに普通の侍女と一線を画《かく》していた。
いったい、ネーヴェは聖堂に何の用だ?
連れて来たのは、それが知りたかったからでもある。
「こちらで、お付きの方はお待ち下さい」
聖堂の広間で、司祭はそう言って、ラニエリ一人だけ階段を登るよう促した。
ラニエリはやや緊張しながら、階段を上がる。
いよいよ、伝説の天使に会うのだ。
聖堂の三階にある、燦々と陽光が射し込む窓辺で、淡い金髪の男性が振り返る。端正な面差しをした若い男で、不思議な威厳を漂わせている。身にまとう司祭衣は装飾が多く、男が高位だと分かる。
男が上座に立っていたので、ラニエリは戸惑った。
「翼が無いから、俺が天使だと疑っているのか?」
金髪の男は、ラニエリの心を読んだように言う。
「翼は隠せる。しかし、俺が天使かどうか、お前にはどうでも良いだろう。お前には、王になる意思が無いのだからな」
天使ではないにしても、只者でないのは、確かだ。
ラニエリは傲岸に頭を上げたまま、男を睨《にら》み返した。
「その通りです。天翼教会は、私の仕事を何だと思っているのか。からかうつもりなら、帰ります」
天使に会ったと言えば、父親は納得するだろう。
ラニエリは男の顔よりも帳簿が見たいので、すぐに職場に戻ろうとした。
身をひるがえし、階段を下り掛けたところで、金髪の男の声が降ってくる。
「エミリオに会わなくて良いのか」
「……」
「あれの無知のいくらかは、お前の罪だ。本当は分かっているだろう。この争乱の根源は、どこにあったか」
男の指摘が、鋭く胸を穿つ。
とうに捨てたはずの良心が荊の刺のように、ラニエリを苛んだ。
一つ、身分は問わない。
ただし、二十代以下の若者であること。壮年であれば代替わりが早く来るので、若い方が良いというのは、その通りだった。
二つ、フォレスタの三大貴族、およびフォレスタ王家の四つの家の内、一家以上から推薦を受けること。身分は問わないと言いながら、実際は貴族が有利な条件だ。
この条件を満たした者は、聖堂に行って、天使の選定を受ける。
一つ目の条件で文句を言い掛けたマントヴァ公は、二つ目の条件で口をつぐんだ。
「新しい王は、元王家フォレスタ公を含めた四つの家のうち、半数以上の同意を勝ち取らねばならん。でなければ、即位後の統治は難しいだろう。若く未熟な王を、誰かが支えなければならん」
天使の出した条件は道理に叶っていると、ラニエリも思う。
しかし、自分が王になりたい訳ではないのだ。
父親に背中を押され、聖堂の門をくぐったラニエリは憂鬱だった。
唯一の期待と言えば、今まで侯爵以上の高位貴族でなければ会ったことのない、天使に対面できるということくらいか。
後は……侍女として連れてきたネーヴェを、横目で見る。ベールで顔を隠した彼女は、涼やかな佇まいで、明らかに普通の侍女と一線を画《かく》していた。
いったい、ネーヴェは聖堂に何の用だ?
連れて来たのは、それが知りたかったからでもある。
「こちらで、お付きの方はお待ち下さい」
聖堂の広間で、司祭はそう言って、ラニエリ一人だけ階段を登るよう促した。
ラニエリはやや緊張しながら、階段を上がる。
いよいよ、伝説の天使に会うのだ。
聖堂の三階にある、燦々と陽光が射し込む窓辺で、淡い金髪の男性が振り返る。端正な面差しをした若い男で、不思議な威厳を漂わせている。身にまとう司祭衣は装飾が多く、男が高位だと分かる。
男が上座に立っていたので、ラニエリは戸惑った。
「翼が無いから、俺が天使だと疑っているのか?」
金髪の男は、ラニエリの心を読んだように言う。
「翼は隠せる。しかし、俺が天使かどうか、お前にはどうでも良いだろう。お前には、王になる意思が無いのだからな」
天使ではないにしても、只者でないのは、確かだ。
ラニエリは傲岸に頭を上げたまま、男を睨《にら》み返した。
「その通りです。天翼教会は、私の仕事を何だと思っているのか。からかうつもりなら、帰ります」
天使に会ったと言えば、父親は納得するだろう。
ラニエリは男の顔よりも帳簿が見たいので、すぐに職場に戻ろうとした。
身をひるがえし、階段を下り掛けたところで、金髪の男の声が降ってくる。
「エミリオに会わなくて良いのか」
「……」
「あれの無知のいくらかは、お前の罪だ。本当は分かっているだろう。この争乱の根源は、どこにあったか」
男の指摘が、鋭く胸を穿つ。
とうに捨てたはずの良心が荊の刺のように、ラニエリを苛んだ。
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