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葡萄畑を耕していた理由

第48話 私を止められると思っていらして?

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 国王直属の近衛騎士たちがやって来た時は、一瞬ひやりとした。鷹の紋章のはたを掲げた彼らは、必要ならば王の名の元に人を斬ることも許されている。
 しかし、エミリオを回収した彼らは「護送ありがとうございました」と頭を下げ、足早に立ち去ったので、ネーヴェは訳が分からず困惑した。

「戦いにならなかったのは良かったのですが……」
 
 クラヴィーアの戦士たちは警戒していたが、騎士のエリートである近衛騎士たちは、さすがに慎重だった。目的はエミリオだったらしく、クラヴィーアの戦士と衝突するのを避け、迅速に目的を遂げたのだ。
 
「姫が無事で良かったよ。王子の事は、荷物が減って良かったと思えば良い」
 
 カルメラの言葉に「そうですね」とネーヴェも同意した。
 こうして一行は、特に問題なく王都に到着した。
 フォレスタ王都エノトリアは、葡萄酒の国という意味だ。初代国王は「フォレスタは森に守られた国だ」と宣言し、農業、とりわけ葡萄栽培に力を入れた。王都は元は別の名前だったらしいが、初代国王の拘りで葡萄酒関連の名前になった。
 西の正門は「聖柊ホリーブの門」と呼ばれる。王都を囲む門は、それぞれ邪を払うとげを持つ植物の名が付けられている。
 聖柊の検閲けんえつで、ネーヴェは偽装の身分証を出すか迷った。
 もともエミリオを捕らえた後、王都の前に陣地を築き、彼を人質に交渉する予定があった。その際は、ネーヴェの身分を明らかにするつもりだった。正々堂々、エミリオの誤った行動を指摘しようとしていたのだ。しかし、その直前で近衛騎士が彼を連れて行き、しかも武力衝突も起きなかったので、予定は変わってしまった。
 もしかすると、シエロが何かしたのだろうか。
 それを確かめるためにも、ネーヴェは検閲で、はっきりクラヴィーア伯爵令嬢と名乗ることにした。

「少々お待ち下さい!」
 
 クラヴィーアの戦士を引き連れての入都なので、検閲の兵士たちもすわ戦争かと戸惑っている。
 兵士は「自分では判断できません」と上司に相談に行った。
 しばらく待つと、衛士長がやって来た。

「氷薔薇姫様、お聞かせ下さい。あなたはクラヴィーアの兵士を率いて、王都にこられました。いったい何のためでしょうか」
 
 衛士長は、正門を守る長として、体を張って役割を果たそうとしている。
 こちらもその覚悟に向き合うべきだろう。
 ネーヴェは胸を張った。

「私どもは、争いを起こすつもりはありません。むしろ、我が領地に攻めてきた殿下の所業を告発し、国王陛下に争いの仲裁をお願いしに参りました」
 
 もし王都に攻めいるつもりなら、検閲の列に並んでいない。
 ネーヴェの答えを聞いた衛士長は安堵したようだった。

「さようでございますか。どうぞお通り下さい」
「よろしいのですか」
「はい。つい先ほど、殿下の王位継承権剥奪について、国王陛下の御言葉が下されました。詳しくは、王都の中で聞いてみると良いでしょう」
 
 どうやらネーヴェが断罪する前に、誰かが彼をさばいたらしい。となると、この後ネーヴェがすべきことは、クラヴィーアの代表として国王陛下に謁見し、クラヴィーアに罪咎の無いことを確認する事だ。
 しかし、いくらネーヴェでも、アポイントメントなしで国王にすぐ会えると考えていない。
 国王陛下に目通りしたい旨を王城に知らせ、しばらく待つ必要がある。待っている間は暇なので、どうすれば良いかが目下の問題だった。

「王都に入れて良かったですね。これから、元フェラーラ侯バルド様のところへ行きますか」
 
 商人アントニオがうきうきとした顔で言うのに、ネーヴェは首を横に振った。

「いいえ。今すぐバルド様を訪問することはできません。南部プーリアン州は反乱の気配があると、噂で聞きました。クラヴィーアの兵士を連れてバルド様の元へ行けば、結託して反旗をひるがえそうとしていると見られますわ」
 
 フェラーラ侯が本当に内乱を起こそうとしているなら、クラヴィーアの兵士を連れて行くと巻き込まれる可能性が高い。もし噂が嘘でフェラーラ侯は何もしていないとしても、それはそれで変な噂を立てられて迷惑を掛けるかもしれない。

「では、どうします? 姫の連れてきた兵士を泊める場所も必要ですぞ」
 
 商人のアントニオは、抜け目なく指摘する。
 その問題はネーヴェも考えていた。王都は宿も多いが、それでもクラヴィーアの戦士数十人を突然受け入れはできないだろう。ここは、王都に住む有力者を頼る必要がある。



 その男を訪問すると言った時、カルメラは「正気?!」と声を上げた。

「姫の手柄を奪おうとした奴じゃないか!」
「ラニエリ様は、国を想ってのことですわ」
 
 ネーヴェは、宰相ラニエリの家を訪問しようとしていた。

「先日、貝殻の粉が魔物への対策になると、手紙でお伝えしました。情報料を頂かなければ」
 
 マントヴァ公と、その息子の宰相ラニエリは、国政の実務を一手に引き受けている。
 カルメラは困惑して言う。

「サボル侯の娘さん、アイーダ様と会わなくて良いのかい」
「今会えば、彼女に負担を掛けますわ。私たちクラヴィーアは、王子の軍に襲われた。それが王家の総意でないと確約いただかなければ、他の貴族に会うことはできません」
 
 その点、マントヴァ公の息子ラニエリなら、国王に代わりネーヴェたちの正当性を保障できる。彼らは王族に近い者たちだ。
 ネーヴェはクラヴィーアの兵士を門近くで野営させ、自分はカルメラと少数の護衛を連れて、宰相ラニエリの屋敷を訪ねた。

「ラニエリ様は、公務でここにはおられません。お引き取りを」
 
 しかし、当然ながら屋敷の執事が、ネーヴェを中に入れようとしない。

「では、屋敷の中で待たせて頂きたいですわ」
「ラニエリ様の許可なく、そのような事は」
 
 執事は断ろうと必死である。
 ネーヴェは、護衛に運ばせている荷車を指差した。

「些少ながら、手土産も持参しておりますわ。モンタルチーノの葡萄酒ワインと干し肉……そして、シロエニシダの一級箒」
ほうき?!」
「見たところ、扉の上の隙間にほこりが詰まっております。水鳥羽毛のハタキも用意がありますわ」
「む……」
「革製品に揉み込むと水をはじく上等の油と、雑巾に染み込ませて拭けば嘘のように汚れが落ちる洗剤」
「そのようなものが?!」
 
 常日頃、掃除などの雑用もしているのか、執事はよろめいた。
 ネーヴェは駄目押しのように言う。

「今なら、オリーブ油で精製した石鹸もお付けしますわ。ラニエリ様が使わないなら、使用人の湯船に備えてみてはいかが?」
「!!!」
 
 執事は衝撃にうち震えた。
 主人のラニエリは気にしていないだろうが、屋敷の管理をする者たちは仕事の都合上、綺麗好きにならざるをえない。

「どうぞ、お入り下さい」
 
 こうしてネーヴェは、ラニエリが帰ってくるまで、彼の屋敷の使用人と掃除談義に花を咲かせたのだった。

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