53 / 278
洗濯と、選択
第44話 決意
しおりを挟む
再会して早々に気を失ったミヤビを、ネーヴェは家の中に運び込んだ。
まさか、聖女と呼ばれる彼女が王子の元から逃げ出して来ようとは。彼らの仲は、悪いようには見えなかったのだが。
「ん……」
「目が覚めましたか」
ミヤビは一晩眠っていたが、朝様子を見に行くと、ちょうど目覚めた。
ネーヴェは傍らのテーブルに食事を置く。
「滋養のある薄味ミルクスープと、ライ麦のパン、洋梨のコンポート。どれか食べられるものはありますか」
「なんで、私を助けてくれるの……?」
「あなたが助けを求めたのではありませんか。私は、助けを求める女性の味方ですよ」
学園時代も、密かに下級生の女子生徒の悩み相談に乗ってやっていたものだ。王子の婚約者である権力を有効活用し、当人が望まない縁談を切ってやったのは一度や二度ではない。
ミヤビは上体を起こし、匙に手を伸ばす。
一口食べた彼女の瞳に浮かぶ涙を、ネーヴェは見なかったことにした。
「美味しい……」
「しばらく当家でゆっくり休んで、と言いたいところだけど、我がクラヴィーアは北方なので、すぐに冬が来るのです。早く移動しないと、雪道になって動けなくなります」
クラヴィーアの冬は、沈黙の季節だ。
分厚い雪に阻まれて前にも後ろにも進めない。雪が音を吸うので、静寂が満ち満ちる。
行き交いは途切れ、人々は家にこもって備蓄食糧を消費する。天気の良い日は狩に行くが、厳しい自然でそれは命掛けの行動でもあった。
「王子から逃げたいなら、フォレスタから出る手配をしますよ」
ネーヴェは自分のために父親が用意していた脱出手段を、ミヤビに使ってやろうと考えていた。
「いいえ……いいえ」
しかしミヤビは、首を横に振る。
「ネーヴェさん、私を召喚した魔術師を倒して下さい。あの魔術師がいる限り、私はどこへも行けないんです」
「ミヤビさん、一つ聞きたいのですが……あなたは聖女ではないのですか?」
言いながら、ネーヴェは答えを予想できていた。
ミヤビは確かに特別だが、民衆を救うような雰囲気は感じられない。彼女はどちらかというと、救われる側だ。
「私は聖女ではありません……!」
ミヤビの声は震えていた。
ネーヴェは一つ頷く。やはり、自分の勘は正しかった。
魔術師は自分の欲のために聖女と偽ってミヤビを召喚し、国王と王子は安易にそれに乗ってしまった。周囲の重臣も王族のやることだからと声を上げず、名誉を失う事を恐れ、王の名の元に行われたという理由を良いことに誘拐《しょうかん》を正当化している。
一番可哀想なのはミヤビだ。彼女には何の罪もない。フォレスタの災厄に巻き込まれただけの、哀れな異界の少女。
「ミヤビさん。ここで待っていて下さいますか。私は真実を明らかにし、かの魔術師が裁かれるようにします」
「ネーヴェさん……」
「この国の争乱に招いてしまって申し訳ありません、ミヤビさん。フォレスタ国民として、心から謝罪を」
ネーヴェは、王都に向かう決意を改めて固める。
しかし、ミヤビは「大丈夫ですか」と不安そうだ。
「ネーヴェさんは、王女でも何でもない、伯爵令嬢ですよね? 敵は国王と王子様と宰相に、謎の魔術師。国のトップ相手に、権力も腕力も足りないのでは……」
「そうですね。今の私は、王子の婚約者でも聖女でもない、只の女。けれど」
ネーヴェは譲れない想いを握りしめ、言葉をつむぐ。
「あなたをこんなにボロボロにした、ふざけた王子に平手打ちをしてやらないと、私の気が済まないですわ」
フォレスタに残るなら、どの道、王子と対決しなければならない。あの男は、わざわざ自分の息の掛かった侍従を付けてモンタルチーノに追放し、ネーヴェが許しを乞うのを待っていた。
まだ、ネーヴェが自分のものだと勘違いしているのだ。
その執念をネーヴェは気持ち悪いと思う。区切りを付けて先に進みたいのに、あの馬鹿王子が邪魔なのだ。この際、きっちり縁を切らねばなるまい。
まさか、聖女と呼ばれる彼女が王子の元から逃げ出して来ようとは。彼らの仲は、悪いようには見えなかったのだが。
「ん……」
「目が覚めましたか」
ミヤビは一晩眠っていたが、朝様子を見に行くと、ちょうど目覚めた。
ネーヴェは傍らのテーブルに食事を置く。
「滋養のある薄味ミルクスープと、ライ麦のパン、洋梨のコンポート。どれか食べられるものはありますか」
「なんで、私を助けてくれるの……?」
「あなたが助けを求めたのではありませんか。私は、助けを求める女性の味方ですよ」
学園時代も、密かに下級生の女子生徒の悩み相談に乗ってやっていたものだ。王子の婚約者である権力を有効活用し、当人が望まない縁談を切ってやったのは一度や二度ではない。
ミヤビは上体を起こし、匙に手を伸ばす。
一口食べた彼女の瞳に浮かぶ涙を、ネーヴェは見なかったことにした。
「美味しい……」
「しばらく当家でゆっくり休んで、と言いたいところだけど、我がクラヴィーアは北方なので、すぐに冬が来るのです。早く移動しないと、雪道になって動けなくなります」
クラヴィーアの冬は、沈黙の季節だ。
分厚い雪に阻まれて前にも後ろにも進めない。雪が音を吸うので、静寂が満ち満ちる。
行き交いは途切れ、人々は家にこもって備蓄食糧を消費する。天気の良い日は狩に行くが、厳しい自然でそれは命掛けの行動でもあった。
「王子から逃げたいなら、フォレスタから出る手配をしますよ」
ネーヴェは自分のために父親が用意していた脱出手段を、ミヤビに使ってやろうと考えていた。
「いいえ……いいえ」
しかしミヤビは、首を横に振る。
「ネーヴェさん、私を召喚した魔術師を倒して下さい。あの魔術師がいる限り、私はどこへも行けないんです」
「ミヤビさん、一つ聞きたいのですが……あなたは聖女ではないのですか?」
言いながら、ネーヴェは答えを予想できていた。
ミヤビは確かに特別だが、民衆を救うような雰囲気は感じられない。彼女はどちらかというと、救われる側だ。
「私は聖女ではありません……!」
ミヤビの声は震えていた。
ネーヴェは一つ頷く。やはり、自分の勘は正しかった。
魔術師は自分の欲のために聖女と偽ってミヤビを召喚し、国王と王子は安易にそれに乗ってしまった。周囲の重臣も王族のやることだからと声を上げず、名誉を失う事を恐れ、王の名の元に行われたという理由を良いことに誘拐《しょうかん》を正当化している。
一番可哀想なのはミヤビだ。彼女には何の罪もない。フォレスタの災厄に巻き込まれただけの、哀れな異界の少女。
「ミヤビさん。ここで待っていて下さいますか。私は真実を明らかにし、かの魔術師が裁かれるようにします」
「ネーヴェさん……」
「この国の争乱に招いてしまって申し訳ありません、ミヤビさん。フォレスタ国民として、心から謝罪を」
ネーヴェは、王都に向かう決意を改めて固める。
しかし、ミヤビは「大丈夫ですか」と不安そうだ。
「ネーヴェさんは、王女でも何でもない、伯爵令嬢ですよね? 敵は国王と王子様と宰相に、謎の魔術師。国のトップ相手に、権力も腕力も足りないのでは……」
「そうですね。今の私は、王子の婚約者でも聖女でもない、只の女。けれど」
ネーヴェは譲れない想いを握りしめ、言葉をつむぐ。
「あなたをこんなにボロボロにした、ふざけた王子に平手打ちをしてやらないと、私の気が済まないですわ」
フォレスタに残るなら、どの道、王子と対決しなければならない。あの男は、わざわざ自分の息の掛かった侍従を付けてモンタルチーノに追放し、ネーヴェが許しを乞うのを待っていた。
まだ、ネーヴェが自分のものだと勘違いしているのだ。
その執念をネーヴェは気持ち悪いと思う。区切りを付けて先に進みたいのに、あの馬鹿王子が邪魔なのだ。この際、きっちり縁を切らねばなるまい。
797
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝🌹グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
そう名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
✴️設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
✴️稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。
秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。
「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」
第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。
着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。
「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。
行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。
「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」
「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」
氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。
一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。
慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。
しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。
「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」
これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました!
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる