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空を知る旅
第24話 天使の恵み
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ネーヴェは幼い頃のフローラ、元気溌剌とした少女を想い描き、彼女が必要以上に大人しく見えないよう白粉を控えめにした。代わりに、濃い桃色を頬に載せる。目元と眉を、ブラウンの線で柔らかくはっきり描いた。
健康的な太陽色の紅で、唇を鮮やかに彩ると完成だ。
「できました」
フローラが目を開き、鏡を見て嬉しそうに笑む。
「ありがとうございます、ネーヴェさん。あなたは、何でも綺麗にしてしまうんですね」
ネーヴェに向かって頭を下げると、彼女は峠に向かって小走りで去っていった。
うまくいくと良い。
ネーヴェは同じ女として、フローラの成功を祈った。
「飛び立っていってしまいましたね」
いつの間にか、背後に立っていた司祭エストが、感慨深そうに言った。
「フローラは清掃は苦手ですが、帳簿の計算など得意で重宝していました。あの娘がいなくなると、寂しくなります」
その言葉は、彼女が修道女でなくなると、予期しているかのようだった。
エストはしばし、感傷に浸るように遠くを見てから視線をネーヴェに戻す。
そして、ゆっくり微笑んだ。
「ネーヴェさん、あなたの願いですが、主なる天使は聞き届けられました。海岸を見に行ってみて下さい。きっと望みのものが落ちているでしょう」
「本当ですか?!」
ネーヴェは無表情だが瞳だけ輝かせ、手早く化粧用具を店じまいする。
外に向かい跳ねるように駆け出した。
「姫、待って!」
カルメラが慌てて後を追った。
教会に残ったのは、無言のシエロと、司祭エストのみ。
いや……。
「彼女、面白いね。兄さんが気にかけるのも、分かるよ」
変声期前の少年の、弾むような高い声が教会の壁にこだまする。
シエロは振り返り、教会の奥、祭壇に行儀悪く腰掛けた少年を見た。普通なら、そこに座るなど、罰当たりにも程がある。だが、司祭エストは何も言わない。少年には、その行為が許されているのだ。
少年は輝くような金髪に、空のように明るい青透石の瞳をしていた。夏らしい青いチェニックの下にハーフパンツを重ねており、短い袖から伸びる腕や足は細い。
背中からは、真っ白な鳥の翼が一対生えている。
「代償は必要か? リエル」
シエロは少年に向かって問いかける。
「まさか! 兄さんが僕に頼み事をするなんて、百年ぶりくらいじゃないか。それに、彼女、教会を綺麗にしてくれたんだろう。勤労には報いないとね」
少年は子供のように足をぷらぷらさせながら言った。
「いつでも帰ってきてくれて良いんだよ、兄さん。フォレスタ王族は、天翼への礼を失している。加護が失われるのも時間の問題だ」
「……」
「早く諦めなよ」
シエロは答えず、深海色の瞳を剣呑に細める。
教会の中に、一瞬、ひんやりとした風が吹いた。
健康的な太陽色の紅で、唇を鮮やかに彩ると完成だ。
「できました」
フローラが目を開き、鏡を見て嬉しそうに笑む。
「ありがとうございます、ネーヴェさん。あなたは、何でも綺麗にしてしまうんですね」
ネーヴェに向かって頭を下げると、彼女は峠に向かって小走りで去っていった。
うまくいくと良い。
ネーヴェは同じ女として、フローラの成功を祈った。
「飛び立っていってしまいましたね」
いつの間にか、背後に立っていた司祭エストが、感慨深そうに言った。
「フローラは清掃は苦手ですが、帳簿の計算など得意で重宝していました。あの娘がいなくなると、寂しくなります」
その言葉は、彼女が修道女でなくなると、予期しているかのようだった。
エストはしばし、感傷に浸るように遠くを見てから視線をネーヴェに戻す。
そして、ゆっくり微笑んだ。
「ネーヴェさん、あなたの願いですが、主なる天使は聞き届けられました。海岸を見に行ってみて下さい。きっと望みのものが落ちているでしょう」
「本当ですか?!」
ネーヴェは無表情だが瞳だけ輝かせ、手早く化粧用具を店じまいする。
外に向かい跳ねるように駆け出した。
「姫、待って!」
カルメラが慌てて後を追った。
教会に残ったのは、無言のシエロと、司祭エストのみ。
いや……。
「彼女、面白いね。兄さんが気にかけるのも、分かるよ」
変声期前の少年の、弾むような高い声が教会の壁にこだまする。
シエロは振り返り、教会の奥、祭壇に行儀悪く腰掛けた少年を見た。普通なら、そこに座るなど、罰当たりにも程がある。だが、司祭エストは何も言わない。少年には、その行為が許されているのだ。
少年は輝くような金髪に、空のように明るい青透石の瞳をしていた。夏らしい青いチェニックの下にハーフパンツを重ねており、短い袖から伸びる腕や足は細い。
背中からは、真っ白な鳥の翼が一対生えている。
「代償は必要か? リエル」
シエロは少年に向かって問いかける。
「まさか! 兄さんが僕に頼み事をするなんて、百年ぶりくらいじゃないか。それに、彼女、教会を綺麗にしてくれたんだろう。勤労には報いないとね」
少年は子供のように足をぷらぷらさせながら言った。
「いつでも帰ってきてくれて良いんだよ、兄さん。フォレスタ王族は、天翼への礼を失している。加護が失われるのも時間の問題だ」
「……」
「早く諦めなよ」
シエロは答えず、深海色の瞳を剣呑に細める。
教会の中に、一瞬、ひんやりとした風が吹いた。
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