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空を知る旅
第17話 この美貌が目に入らないのですか
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清潔な未来のため、石鹸の制作のため、そしてフォレスタ国民の生活のために動くと決めたネーヴェは、早速商人アントニオに相談することにした。
「オセアーノ帝国で、貝殻を仕入れて欲しい?!」
「かさ張りますでしょうか。その場で割って粉にすれば、大量に仕入れられるでしょう」
「お嬢さん、そんなことをして、いったい俺に何の得があるんだ?」
損得を気にする商人らしい切り返しだった。
彼を納得させるためには、簡潔にメリットを提示してやる必要がある。
「他の商人よりも安く、オリーブが仕入れられるようになりますわ。今年だけではなく、うまくいけば今後もずっと」
「なんだって?!」
ネーヴェの言葉に、アントニオは目を見開いて驚いた。
「貝殻の粉は、例の魔物の虫の対策になるのです。あなたがたは、フォレスタの危機を救った英雄になるでしょう。オリーブ農家も、あなたには信頼をもって格安で実を卸してくれるようになります」
「確かに、俺の親戚の畑も虫の魔物には、そりゃあ困ってる。だが、貝殻の粉が対策になるって確証が、どこにある!」
シエロの畑で実証済なのだが、信じてもらえるだろうか。
自分の畑ではないので、ネーヴェは迷った。
しかし、その時カルメラが動き、ネーヴェが被っているベールをばさっと剥がす。
氷薔薇姫と呼ばれる花のような美貌が露になり、正面のアントニオは呆けた顔になった。
「このお方の言葉を疑うってのかい?!」
「ちょ、ちょっとカルメラ!」
「このお方こそ、クラヴィーナ伯爵令嬢で、氷薔薇姫という呼び名で名高いその人だ。氷薔薇姫は、民に慈悲深い方だ。噂くらいは聞いているだろう」
「た、確かに……氷薔薇姫は、貧しい民の支援をされているという話だ。数年前の流行り病の時は、農村にもお医者様を派遣してくださった……」
畏敬の目で見られ、ネーヴェは少しのけぞった。
王子の婚約者になってから色々なことをしたが、民の間で評判になっていたとは知らなかった。
「……クラヴィーナ伯爵領からも、あなたを支援させます」
駄目押しとばかり、権力に訴えてみる。
アントニオは我に返ったように、首を横に振った。
「いいや、いらん」
一瞬、断られたのかと思ったが、違った。
「俺もフォレスタ国民だ。皆のために動くのに、否やはねえ! 氷薔薇姫様、ぜひ俺たちに協力させて下さい!」
その場に同席していた、傭兵たちや商隊メンバーは、感動している。
自身の人気を知らなかったネーヴェは「よろしくお願いします」と述べるので精一杯だった。いつも通り、氷のような表情を維持できているだろうか……。
勢いでアントニオを説得した後、ふとシエロの気持ちが気になった。貝殻の粉が虫対策に有用だと気付いたのは、シエロだ。ネーヴェは、彼の功績を横取りして自分のものにしただけである。
「申し訳ありません」
「何がだ?」
「あなたに相談せず、ことを進めてしまいました」
シエロは、怒っていないだろうか。
宿の一室で二人だけになった後、ネーヴェは恐る恐る聞いた。
カルメラと合流したので、彼女と同室にしてもらうことも考えたのだが、途中から変更するのも不自然だ。
氷薔薇姫とばれたので、事情は変わってきた。それでも、商隊以外には秘密なので、引き続きシエロには夫役をしてもらうしかない。念のため、カルメラは護衛として隣の部屋にしてもらった。
「別に構わない……そもそも、俺はお前のような人間を待っていた」
「え?」
シエロは静かに答える。
ネーヴェは呆気に取られた。
虫対策を一人占めにして大儲けしようとは、考えていなかったのだろうか。
「きっと誰かが気付いて、聞いてくるだろうと思っていた。それが学者でも役人でも王子でもない、お前のような小娘だとは、思ってもみなかったがな」
「ご自分の功績にしようと考えなかったのですか」
「富も名声も、俺には不要だ」
言葉どおりなら、なんと無欲な男なのだろう。
しかし、この世に、そんな聖人のような人間が実在するとは思えない。残念なことに、ネーヴェは善意を素直に信じるほど子供ではなかった。
「では、何か欲しいものは無いのですか? あなたには感謝しています。対策が成功したなら、私の葡萄畑の奉公を差し引いても報酬が必要でしょう」
ネーヴェは家を出入りしていた商人の口癖を思い出す。
タダより高いものはない。
理由もなく、優しくされるのに甘えては、いつか手痛いしっぺ返しを食らう。それに、男に借りを作りっぱなしは、ネーヴェの性に合わない。
欲しいものは無いかと聞かれた男は、深海色の瞳を細め、無精髭に覆われた口元に謎めいた笑みを浮かべた。
「そうだな……俺を退屈させるな」
「?!」
「精一杯あがいて見せろ。俺がお前に望むのは、それだけだ」
いったいどういう意味だろう。
ネーヴェは不意にぞくりと戦慄をおぼえる。
彼女が氷薔薇姫と分かってからも、シエロは傲慢な態度を崩さない。ネーヴェは王族ではないが、王子の婚約者になるくらい有名な姫だ。なのに、へりくだる様子は微塵もない。
とんでもない人物を味方に引き込んでしまったのではないかと、そう感じたのだ。
「オセアーノ帝国で、貝殻を仕入れて欲しい?!」
「かさ張りますでしょうか。その場で割って粉にすれば、大量に仕入れられるでしょう」
「お嬢さん、そんなことをして、いったい俺に何の得があるんだ?」
損得を気にする商人らしい切り返しだった。
彼を納得させるためには、簡潔にメリットを提示してやる必要がある。
「他の商人よりも安く、オリーブが仕入れられるようになりますわ。今年だけではなく、うまくいけば今後もずっと」
「なんだって?!」
ネーヴェの言葉に、アントニオは目を見開いて驚いた。
「貝殻の粉は、例の魔物の虫の対策になるのです。あなたがたは、フォレスタの危機を救った英雄になるでしょう。オリーブ農家も、あなたには信頼をもって格安で実を卸してくれるようになります」
「確かに、俺の親戚の畑も虫の魔物には、そりゃあ困ってる。だが、貝殻の粉が対策になるって確証が、どこにある!」
シエロの畑で実証済なのだが、信じてもらえるだろうか。
自分の畑ではないので、ネーヴェは迷った。
しかし、その時カルメラが動き、ネーヴェが被っているベールをばさっと剥がす。
氷薔薇姫と呼ばれる花のような美貌が露になり、正面のアントニオは呆けた顔になった。
「このお方の言葉を疑うってのかい?!」
「ちょ、ちょっとカルメラ!」
「このお方こそ、クラヴィーナ伯爵令嬢で、氷薔薇姫という呼び名で名高いその人だ。氷薔薇姫は、民に慈悲深い方だ。噂くらいは聞いているだろう」
「た、確かに……氷薔薇姫は、貧しい民の支援をされているという話だ。数年前の流行り病の時は、農村にもお医者様を派遣してくださった……」
畏敬の目で見られ、ネーヴェは少しのけぞった。
王子の婚約者になってから色々なことをしたが、民の間で評判になっていたとは知らなかった。
「……クラヴィーナ伯爵領からも、あなたを支援させます」
駄目押しとばかり、権力に訴えてみる。
アントニオは我に返ったように、首を横に振った。
「いいや、いらん」
一瞬、断られたのかと思ったが、違った。
「俺もフォレスタ国民だ。皆のために動くのに、否やはねえ! 氷薔薇姫様、ぜひ俺たちに協力させて下さい!」
その場に同席していた、傭兵たちや商隊メンバーは、感動している。
自身の人気を知らなかったネーヴェは「よろしくお願いします」と述べるので精一杯だった。いつも通り、氷のような表情を維持できているだろうか……。
勢いでアントニオを説得した後、ふとシエロの気持ちが気になった。貝殻の粉が虫対策に有用だと気付いたのは、シエロだ。ネーヴェは、彼の功績を横取りして自分のものにしただけである。
「申し訳ありません」
「何がだ?」
「あなたに相談せず、ことを進めてしまいました」
シエロは、怒っていないだろうか。
宿の一室で二人だけになった後、ネーヴェは恐る恐る聞いた。
カルメラと合流したので、彼女と同室にしてもらうことも考えたのだが、途中から変更するのも不自然だ。
氷薔薇姫とばれたので、事情は変わってきた。それでも、商隊以外には秘密なので、引き続きシエロには夫役をしてもらうしかない。念のため、カルメラは護衛として隣の部屋にしてもらった。
「別に構わない……そもそも、俺はお前のような人間を待っていた」
「え?」
シエロは静かに答える。
ネーヴェは呆気に取られた。
虫対策を一人占めにして大儲けしようとは、考えていなかったのだろうか。
「きっと誰かが気付いて、聞いてくるだろうと思っていた。それが学者でも役人でも王子でもない、お前のような小娘だとは、思ってもみなかったがな」
「ご自分の功績にしようと考えなかったのですか」
「富も名声も、俺には不要だ」
言葉どおりなら、なんと無欲な男なのだろう。
しかし、この世に、そんな聖人のような人間が実在するとは思えない。残念なことに、ネーヴェは善意を素直に信じるほど子供ではなかった。
「では、何か欲しいものは無いのですか? あなたには感謝しています。対策が成功したなら、私の葡萄畑の奉公を差し引いても報酬が必要でしょう」
ネーヴェは家を出入りしていた商人の口癖を思い出す。
タダより高いものはない。
理由もなく、優しくされるのに甘えては、いつか手痛いしっぺ返しを食らう。それに、男に借りを作りっぱなしは、ネーヴェの性に合わない。
欲しいものは無いかと聞かれた男は、深海色の瞳を細め、無精髭に覆われた口元に謎めいた笑みを浮かべた。
「そうだな……俺を退屈させるな」
「?!」
「精一杯あがいて見せろ。俺がお前に望むのは、それだけだ」
いったいどういう意味だろう。
ネーヴェは不意にぞくりと戦慄をおぼえる。
彼女が氷薔薇姫と分かってからも、シエロは傲慢な態度を崩さない。ネーヴェは王族ではないが、王子の婚約者になるくらい有名な姫だ。なのに、へりくだる様子は微塵もない。
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