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面倒くさい
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「どうしてアキくんこっち見てくれないの?……」
沈黙が続いてどれくらい経ったのか。乃亜はアキの身体に縋りついたまま腕を伸ばし、アキの輪郭を細い指でなぞった。が、アキは小さく眉間に皺を寄せると片手で乃亜の身体を押し、自身から引き離した。小柄な乃亜は押された反動で少しよろけて2、3歩後ずさりアキを見上げる。
信じられない、という表情で乃亜はアキを凝視し、肩を大きく上下させた。
「アキくん…………?」
乃亜は小さく口を開き消え入りそうな声でそう名前を吐き出すと、大きな瞳から堪え切れない気持ちが溢れ出すように涙を流し始めた。
信じられないことにその様子を見てもアキは微動だにせず、何故か俺が焦り始めてしまう。目の前の女の子を泣かせてしまっている原因が心当たりは無くとも自分にあるのかもしれないとしたら、このまま黙っているのも良くない気がする。泣き止む気配のない乃亜は俯いて顔を両手で覆っている。
俺はこの空気をどうにかするべく口を開こうとした。が。
「乃亜とは遊びだったの!?」
唐突にヒステリックに吐き出された乃亜の声に思わず全身が固まる。
遊び? ってどういう意味だ……?
普通に考えれば遊びは遊びだ。何ら引っ掛かるような単語でも無い。ただこの場合の『遊び』には急に心臓がドクドクと動き始める程度の意味があることくらい、今の俺にも感じ取れた。
「酷いよ…………」
乃亜の悲痛な叫びが俺の心にも重なり、呼吸が浅くなる。一体、酷いことをしているのは誰なのか、と回らない頭で瞳を動かす。と、その言葉を向けられている人物と目が合い、一層大きく心臓が跳ねた。
「面倒くさいなぁ」
俺と乃亜、2人の視線を一身に受けながら無言を貫いていたアキは、心底気怠そうにそう吐き捨てた。この発言には俺のみならず、乃亜も動きを止めた。驚き過ぎて涙は引っ込み、声も出せずに立ち尽くしている。
「いや、面倒くさいってお前」
このアキの発言に、流石の俺も我に返った。乃亜がどのような人物がまだ完全に分かっていないが、この言い方はあんまりだ。
「なんでリュージが怒るの?」
「はぁ?」
「リュージに対して言ったわけじゃないから安心してよ」
何を勘違いしているのか、アキはいつもの笑顔を俺に向けてそう言った。いつもと変わらないはずのその笑顔に少しの不安と恐怖を感じて思わず目を逸らす。
「そうじゃねぇだろ! お前、今、何言ったか分かってんのか?」
顔がまともに見れない分、少しでも今の自分の気持ちを伝えたくて語気を強める。何故か俺まで泣きたい気持ちになってきたが歯を食いしばって意地でも耐える。
「乃亜のこと面倒くさいって言ったこと? そんなに怒ることかな?」
悪びれない様子のアキにどうしようもない距離を感じて絶望する。もう戻れないところまで来てしまっているような感覚が身体中を駆け巡る。それでもまだ、俺はアキと近づいたと感じた距離を手放したくなくて食い下がる。
「言っていいことと、悪いことぐらい分かるだろ」
先程よりだいぶ語気は弱め、諭すように言った。アキが発言のおかしさに気付いてくれるよう祈りながら。しかし、アキは首を捻った後、何故か自嘲するように笑った。
「リュージは優しいね。浮気相手かもしれない人の為に怒ってあげるなんて」
「は……」
「え、そういうことでしょ?」
段々とアキの顔が恐ろしく見えてきた。あんなに安心して寄り添っていたアキの隣にはもう戻れない気がしてきた。
「やっぱり、乃亜とは……」
押し黙っていた乃亜は掠れるように呟いた。先程から浅く呼吸を繰り返していて、今にも倒れてしまうのではないかと心配になる。俺は話が通じないアキから乃亜の方へ身体を向けようとした。瞬間。
「死んじゃえクソ男!!!!」
乃亜は髪の毛を振り乱しながらアキに駆け寄ると腕を大きく振りかぶり、アキの頬を叩いた。しかし、長身のアキと小柄な乃亜ではリーチの差が大きく、すんでのところでアキは身体を逸らし乃亜の爪が頬を掠っただけに留まった。アキの頬に薄らと赤い線が頬に浮き出る。乃亜は想像していた手応えには全く及ばない空回り具合に思い切り顔を歪めて拳を強く握った。しかし、これ以上仕掛けても勝ち目は無いと悟ったのか、また大きな瞳に涙を溜めながら、乱暴にドアを開け、出ていってしまった。
「リュージ」
小動物だと思っていた乃亜の意外な行動に呆気に取られていた俺はアキに肩を触られるまで正気を失っていた。アキに触られた部分から電気が走るように嫌悪感が広がっていく。
「触んな」
何事も無かったかのような空気を出して近づいて来たアキに吐き気がする。
今の俺はとても正常とは言えないくらい混乱しているが、それ以上にアキがおかしい。こんなやつじゃなかったはずなのに。
「ごめんね」
取ってつけたような謝罪をされ、ますます不快感が増す。この状況で謝れば許して貰えるとでも思っているのか。
「嫌な気分にさせちゃって」
そうじゃない。この場これ限りの謝罪に意味なんかない。
「ちゃんと説明しろ」
「乃亜と浮気してたんじゃないかってこと?」
「は…………?」
堂々と浮気という言葉を言ってのける。そんなアキの態度にもう言葉が出てこなくなった
沈黙が続いてどれくらい経ったのか。乃亜はアキの身体に縋りついたまま腕を伸ばし、アキの輪郭を細い指でなぞった。が、アキは小さく眉間に皺を寄せると片手で乃亜の身体を押し、自身から引き離した。小柄な乃亜は押された反動で少しよろけて2、3歩後ずさりアキを見上げる。
信じられない、という表情で乃亜はアキを凝視し、肩を大きく上下させた。
「アキくん…………?」
乃亜は小さく口を開き消え入りそうな声でそう名前を吐き出すと、大きな瞳から堪え切れない気持ちが溢れ出すように涙を流し始めた。
信じられないことにその様子を見てもアキは微動だにせず、何故か俺が焦り始めてしまう。目の前の女の子を泣かせてしまっている原因が心当たりは無くとも自分にあるのかもしれないとしたら、このまま黙っているのも良くない気がする。泣き止む気配のない乃亜は俯いて顔を両手で覆っている。
俺はこの空気をどうにかするべく口を開こうとした。が。
「乃亜とは遊びだったの!?」
唐突にヒステリックに吐き出された乃亜の声に思わず全身が固まる。
遊び? ってどういう意味だ……?
普通に考えれば遊びは遊びだ。何ら引っ掛かるような単語でも無い。ただこの場合の『遊び』には急に心臓がドクドクと動き始める程度の意味があることくらい、今の俺にも感じ取れた。
「酷いよ…………」
乃亜の悲痛な叫びが俺の心にも重なり、呼吸が浅くなる。一体、酷いことをしているのは誰なのか、と回らない頭で瞳を動かす。と、その言葉を向けられている人物と目が合い、一層大きく心臓が跳ねた。
「面倒くさいなぁ」
俺と乃亜、2人の視線を一身に受けながら無言を貫いていたアキは、心底気怠そうにそう吐き捨てた。この発言には俺のみならず、乃亜も動きを止めた。驚き過ぎて涙は引っ込み、声も出せずに立ち尽くしている。
「いや、面倒くさいってお前」
このアキの発言に、流石の俺も我に返った。乃亜がどのような人物がまだ完全に分かっていないが、この言い方はあんまりだ。
「なんでリュージが怒るの?」
「はぁ?」
「リュージに対して言ったわけじゃないから安心してよ」
何を勘違いしているのか、アキはいつもの笑顔を俺に向けてそう言った。いつもと変わらないはずのその笑顔に少しの不安と恐怖を感じて思わず目を逸らす。
「そうじゃねぇだろ! お前、今、何言ったか分かってんのか?」
顔がまともに見れない分、少しでも今の自分の気持ちを伝えたくて語気を強める。何故か俺まで泣きたい気持ちになってきたが歯を食いしばって意地でも耐える。
「乃亜のこと面倒くさいって言ったこと? そんなに怒ることかな?」
悪びれない様子のアキにどうしようもない距離を感じて絶望する。もう戻れないところまで来てしまっているような感覚が身体中を駆け巡る。それでもまだ、俺はアキと近づいたと感じた距離を手放したくなくて食い下がる。
「言っていいことと、悪いことぐらい分かるだろ」
先程よりだいぶ語気は弱め、諭すように言った。アキが発言のおかしさに気付いてくれるよう祈りながら。しかし、アキは首を捻った後、何故か自嘲するように笑った。
「リュージは優しいね。浮気相手かもしれない人の為に怒ってあげるなんて」
「は……」
「え、そういうことでしょ?」
段々とアキの顔が恐ろしく見えてきた。あんなに安心して寄り添っていたアキの隣にはもう戻れない気がしてきた。
「やっぱり、乃亜とは……」
押し黙っていた乃亜は掠れるように呟いた。先程から浅く呼吸を繰り返していて、今にも倒れてしまうのではないかと心配になる。俺は話が通じないアキから乃亜の方へ身体を向けようとした。瞬間。
「死んじゃえクソ男!!!!」
乃亜は髪の毛を振り乱しながらアキに駆け寄ると腕を大きく振りかぶり、アキの頬を叩いた。しかし、長身のアキと小柄な乃亜ではリーチの差が大きく、すんでのところでアキは身体を逸らし乃亜の爪が頬を掠っただけに留まった。アキの頬に薄らと赤い線が頬に浮き出る。乃亜は想像していた手応えには全く及ばない空回り具合に思い切り顔を歪めて拳を強く握った。しかし、これ以上仕掛けても勝ち目は無いと悟ったのか、また大きな瞳に涙を溜めながら、乱暴にドアを開け、出ていってしまった。
「リュージ」
小動物だと思っていた乃亜の意外な行動に呆気に取られていた俺はアキに肩を触られるまで正気を失っていた。アキに触られた部分から電気が走るように嫌悪感が広がっていく。
「触んな」
何事も無かったかのような空気を出して近づいて来たアキに吐き気がする。
今の俺はとても正常とは言えないくらい混乱しているが、それ以上にアキがおかしい。こんなやつじゃなかったはずなのに。
「ごめんね」
取ってつけたような謝罪をされ、ますます不快感が増す。この状況で謝れば許して貰えるとでも思っているのか。
「嫌な気分にさせちゃって」
そうじゃない。この場これ限りの謝罪に意味なんかない。
「ちゃんと説明しろ」
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