僕のために、忘れていて

ことわ子

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接客の範囲内

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「そうなんですよー色々あって! でもまたバイト再開したんでまたいつでも会いに来てください!」

 冗談めかしてそう言うと、女の子はあははと笑った。当初の目論見通り、女の子との接点が増えるのは嬉しいが、今は色々状況が変わってきた。安易に誘いに乗るのは誰に対しても誠実じゃない。
 早く色んなことをはっきりさせて、恋人といちゃいちゃしたいなぁと思った瞬間にアキの顔が浮かんだ。

 いや、アキはそういうんじゃないから。

「じゃあまた会いにきますね!」

 冗談に乗ってくれるこのノリがとても心地良い。笑顔で手を振る女の子に後ろ髪を引かれつつもテーブルを離れた。
 キッチンに戻ると次のケーキが用意されていた。今日はなんだか忙しい。鈍った体と感覚に気持ちが落ち着かない分、いつもより大変に感じる。
 それでも笑顔を作ってテーブルまでケーキを運ぶと、目の前に見知った顔があった。思わず声が出る。

「アキ!?」

 いつもより何故か冷たく感じる表情でアキは俺を見た。
 他に連れは居ないようで、1人で2人用のテーブル席に腰掛けている。黒いTシャツに制服と同じサイズの合ってないジーパンを履いていて、いつものよりに折角の顔が台無しの格好をしている。オシャレなカフェには不釣り合いで微妙に浮いていた。

「なんでここ知って……って言うかいつから!?」

 アキはスッと目線を落とすと俺の質問には答えず、静かな声で抑揚なく聞いてきた。

「いつから居たのか気になるんだ?」
「そりゃあ、まぁ」

 アキの渇いた笑いに心がざわつく。

「それは、見られちゃいけないことをしてたから?」
「そんなことないけど」
「そっか」

 別にアキに見られてまずいことなんてしてないつもりだ。女の子との会話だって接客の範囲内で内心がどうであれやましい事はない。
 それでもアキはどこか納得していないような表情で目を伏せていた。その姿に何故かイラッとした。
 俺はアキの顔を両手で挟むと無理矢理顔を自分に向けさせた。

「アキ」

 アキはとても驚いた顔で俺の瞳から目を離せないでいた。アキの瞳が困惑で染まっていくのが分かる。
 と、背後から慌てて駆け寄ってくる音が聞こえてきた。

「す、すみません!」

 この声は堤さんだ、と思う前に俺は肩に手をかけられ、アキから引き離されていた。

「お前何やってんだ!」

 堤さんは小声で俺を叱咤した。遠目から俺がアキに掴みかかっているように見えたのだろう。

「違います。こいつ友達なんです」

 俺がそう言うと、堤さんは少し状況を理解したのか俺の肩に置いていた手を離した。アキは突然現れた堤さんには目もくれず、堤さんの手を凝視していた。

「そうなのか? いや、でもまぁ、一応今は仕事中だからな。友達とふざけるのは程々にしとけよ」
「はい」

 社員なのにそこまでうるさく追求してこない堤さんはやっぱり好きだなぁと思う。頭ごなしに怒ってこない所もポイントが高い。益々堤さんの株が俺の中で上がっていく中、引き続きよろしくな、とだけ言って俺の肩をポンポンと叩くと堤さんは元いた場所へ戻って行った。

「今日」

 アキが突然喋り出して俺は思わず肩を揺らした。アキは構わず喋り続ける。

「今日、終わるまで待ってる」
「え?」
「一緒に帰ろう」

 アキがとんでもない事を言い始めた。今日は後3時間近くはシフトが入っている。流石に待てる時間じゃない。

「終わるまで3時間くらいあるんだけど」

 時間を告げれば引くだろうと思った。が。

「分かった」

 了承されてしまった。

「いやいやいや、後3時間だぞ? 流石に長すぎるだろ!」
「平気」

 これまでの付き合いで少し察してきたが、こうなったアキは頑固でテコでも動かない。

「帰りにリュージが倒れたりしないか心配だし」

 そう言われて自分が病み上がりだということを思い出す。言われてみればその可能性もゼロではない。心配だ、と言われてしまうと断るに断れなくなってくる。悩みに悩んだ結果、待っていられたら一緒に帰ろう、気が変わったら先に帰って欲しいと曖昧な返事をしてしまった。
 それでもアキはその返答に少し安堵したのか笑顔を見せると分かったと答えた。

 俺は少しギクシャクしながらアキの元を離れると、今までの失敗分を取り返そうと、頭の中から懸念事項を消し去り仕事に集中した。
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