僕のために、忘れていて

ことわ子

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このままがいい

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***

「やっぱ暑いな……」
「そうだね」

 中庭に出てきて、しばらくあてもなく歩いていた。7月の野外はそれなりに暑くて歩いている人もまばらだった。と言っても木陰に入ってしまえば我慢できない程ではなく、時々吹く風が心地良いとさえ感じる程度だった。

「どっか日陰で休めるところないかなぁ」

 俺は少し汗をかき始めていて、どこかで休みたかった。カフェに入るほどではないけど、座りたい。1週間動かなかっただけで体力が落ちてしまったのかと少し凹む。

「えーと」

 アキは周囲を見渡して場所を探した。俺はアキの方を見て一緒に目線を動かした。
 俺の隣で遠くを見るアキは表情は変わらないが少し頬を紅潮させていた。いつも青白い顔をしていて血の気の無さが気になっていたが、いつもと違う雰囲気に少しだけ唇を噛んだ。

「ごめん、暑いよな。もう帰ろっか」

 自分のことばかり考えていたが、アキも暑そうだ。

「あ、いいとこがある」

 アキは思いついた様に俺の方を見ると、俺の手を取った。
 結局病室を出てすぐに離してしまった手が再び繋がってまた熱がこもる。

「行こ」

 アキは俺の返事を待たずに手を引いて歩き出した。俺はつられるようにアキの後について行った。

「ここ、良くない?」

 アキは大きな木の裏に設置されているベンチの前で止まった。普段みんなが通る道からは木の影に隠れていて存在すら分からない。こんなに奥まった場所まで来る必要があったかと聞かれれば首を傾げるが、折角アキが見つけてくれた場所なので休むことにする。

「はぁー久しぶりに歩いたから疲れたー」

 俺はベンチに座るとパタパタと手で顔を仰いだ。
 続いてアキが隣に腰掛けた。と、俺が真ん中寄りに座っていたせいでぴったりと密着するような形になった。

 「あ、悪い」

 俺は場所を移動しようとしたが、アキが制止した。

「このままがいい」

 少しだけ含みのある言い方に状況を理解して急に距離が近いことを意識する。アキの方が背が高い分肩の位置も高くて自分と比べてしまう。すると、アキが首を傾けて俺の肩に乗せてきた。普段サイドに分けられている前髪が横になびき俺の肩に触れる。ぴったりと重なった部分が熱を帯び始めて気が気じゃない。暑さのせいだと思うが、それにしては鼓動が早い。

「あ、あの、アキ」

 どうしたらいいか分からなくなってとりあえず名前を呼ぶと、アキは俺の肩から頭を離し、覗き込むように見上げてきた。

「なに?」

 後に続く言葉を考えていなかった。やめろと言うのは流石にキツイだろうか。やんわりと暑いからと距離を取ってもらおうか。それともこのままでいいんだろうか。
 完全に混乱した俺は上手く言葉が出せずにもごもごと口ごもった。アキはまた俺の肩に頭を戻し、戯れる様に俺の手に触れ始めた。存在を確かめるように指で撫でられむず痒くて鳥肌が立つ。
 しばらく弄ばれた後、そろそろ本当に我慢ができないと思い始めた瞬間、アキが手を離した。

「リュージの手って僕よりいかついね」

 さっきまでの妙な雰囲気を壊すようにアキは無邪気に笑った。

「え、あー、アキよりは俺の方ががたい良いし」
「背は僕の方が高いけどね」
「褒めてるのか貶してるのかどっちなんだよ」

 友達の距離感に戻ったアキに少しほっとする。アキには悪いがまだアキを友達以上には思えない。さっきみたいに急に距離を詰められると反射的に拒否してしまいそうで怖い。

「もう戻るか」

 夏で日が長くなっていて気付かなかったが、もういい時間だろう。

「そうだね」

 アキは立ち上がるとまた手を差し出してきた。俺はその手を取らずに立ち上がり普通を装って笑顔を作った。

「もう大丈夫だから」

 それだけ言うと歩き出した。アキの反応が怖くて後ろに続くアキの顔は見れなかった。
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