僕のために、忘れていて

ことわ子

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散歩に行こう

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 事故に遭ってから1週間が過ぎた。
 頭の包帯も取れて、身体の痛みもだいぶ良くなってきた。当初は少し動かすだけでも痛んでいた手足も徐々に自分の思うように動くようになり、健康であるありがたみをひしひしと感じていた。

 医者からはそろそろ病院内なら少しの間だけ歩き回ってもいいと許可がおりた。今までの人生で1週間ベッドに寝たきりだったことなんて勿論なくて、こんなに自由に歩き回りたいと思う日が来るなんて思ってもみなかった。
 薄く開いた窓から少し湿った風が流れ込んできた。さっき水野さんが換気のために開けて行ったのだ。なんだか懐かしい匂いがする。

 今日は天気がいいから外に出てみようと思った。随分太陽の下に出てないなぁと思うと、夏の強い陽射しでさえなんだか恋しくなった。

 俺はふと窓の外に目をやった。多分そろそろのはずだ。
 と、コンコン、とドアがノックされた。そして俺れ返事を待たずに開かれる。普通なら驚くところだが、毎日のことなのでもう慣れた。すぐに嬉しそうな顔のアキが手に紙袋を持って近づいて来た。

「今日も来たよ」
「あぁ、ありがと」

 アキはあれから毎日学校が終わると手土産を持ってお見舞いに来た。大変だろうとやんわり断ると、自分がしたくてしているのだから気にしないでくれと逆に断られてしまった。

 アキが来てくれて、話し相手になってくれたり、学校であったニュースを聞かせてくれたり、病院から出られない俺にとってありがたい存在になっていた。
 たまに顔を見に来る家族もここまで親身に話し相手になってくれたりはしない。少しだけ滞在して、今日も元気そうで良かったわ!と笑って帰っていってしまう。家族もそれぞれ忙しいのは分かっている分、引き止めるのは気が引けて、ボーッとしている時間が長くなっていた。そんな中、アキが居る時は2人で笑って、時には勉強もして、充実した時間を過ごすようになっていた。勉強を教えてもらうようになって気付いたことだが、アキはかなり頭が良かった。これぐらいしか取り柄が無いから、と謙遜していたが、そんなことは無いと思った。まずよく見れば見た目がいいし。

 家族といるよりアキと居る時間が多くなり、色々なこと喋ったが、アキは自分のことをあまり多くは語らなかった。記憶を無くす前の自分は勿論アキのことをもっと知っていたはずで、改めて本人に聞くのはなんだか気が引けてしまいそのまま時間が過ぎていった。

「そろそろ散歩に出ていいって言われたからその辺ふらふらしに行こうかと思うんだけど」

 俺がそう言うとアキの表情が一瞬曇った気がした。けれどすぐにいいね、と相槌を打ってくれたのできっと気のせいだろう。

「その辺って言ってもどこに行く?」

 この感じは一緒について来てくれるらしい。特に考えていなかった俺はうーんと少し悩んだ。

「中庭……とか?」

 この病院には綺麗に整備された中庭があった。広さもそこそこあり、ベンチや確かカフェも併設されていて評判が良いらしい。

「あぁ、綺麗だもんねここの中庭」
「行ったことあんの?」
「いつも帰りがけに通るから」

 場所が分かっている人と一緒なら心強い。回復してきたと言ってもまだ多少痛みが残る身体で行くから尚更だ。

「はい」

 そう言ってアキは手を差し出してきた。反射で思わず手を握ってしまったが、はっとして離そうとした。が、軽く握り返されて少し気まずくなって結局そのまま手を借りることにした。

「ゆっくりで大丈夫だから」

 アキの言う通り、注意を払いながら立ち上がる。トイレに行く時以外立ち上がらないため、急には力が入らない。俺はバランスを崩して倒れ込むようにアキにしがみついた。

「うわぁっ」
「えっ」

 突然の攻撃に構えていなかったアキは俺を庇うように尻もちをついた。見た目から想像していた通りアキの身体は骨張っていて頼りない。全体重でのしかかり押し倒したような体勢になってしまい怪我をさせていないか焦る。

「ごめ、」

 急いで退こうとするが、アキに優しく腕を掴まれ制止させられた。

「急に動いたら痛いでしょ」
「あ、うん。そうだった。ありがとう」

 アキだって痛かったところがあるはずなのに、すぐに立ち上がると俺の手を持ってゆっくり立ち上がらせてくれた。アキの手のひらはひんやりとしていて、何故か現実味がないと思った。

「悪い。今度から本当に気をつける」
「うん」

 下手をしたらアキまで怪我をするところだった。どうにも注意力が欠けていていけないなぁと気を引き締める。

「あ、ちょっと待って」

 おもむろにアキが手を伸ばしてきて俺の太ももの付け根を手で軽く払った。急な接触に驚くと共に少し恥ずかしくなってアキの顔を見た。アキはきょとんとした顔で見返してきた。さっきまでくっついていたのに、アキから少し触れられる方がなんだか焦る。

「ゴミついてた」

 アキに下心は無いと分かっているのに、どうにも恋人という言葉が耳に残って離れないでいた。過去に彼女だって何人もいて、それなりの経験もしてきたはずなのに、まるで初恋の時のようにどうしたらいいのか分からなくなる時がある。アキだからなのか、俺の記憶が無いからなのか。今の状況では何も分からずに、ただただ戸惑うことしか出来なかった。

「行こっか」

 アキは何も気にしていないといった様子で手を差し出してきた。恋人なら手を繋ぐのは至って普通だ。

 じゃあ友達なら?

 アキは無言で待っている。俺はどうしたらいいか分からずに差し出された手のひらを凝視した。深い意味は無いかもしれない。また俺が転ばない様に気を遣ってくれたのかもしれない。そう、自分にとって都合の良い解釈だけが頭の中に浮かんで、俺はアキの手をとった。さっきと変わらない冷たい手に僅かに熱が広がった気がした。
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