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知らない恋人
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「良かった」
安堵の表情を浮かべたそいつはゆっくりと俺の手を取った。
「心配した」
見知らぬ男に手を握られて驚くなという方が無理だろう。思わず手を引っ込めると、また腕が痛んだ。俺は声には出さずに顔をしかめる。
「あぁ、ごめんね、いきなり」
男は何を勘違いしたのか、今度はゆっくりと俺の手に自分の手を重ねた。
全身に鳥肌が立つ。反射的に動いたさっきとは違い、明確な不快感が手から全身へと流れる。見ず知らずの、しかも男に手を握られて喜ぶ趣味は無い。しかしまた手を動かすとなると痛みが伴う。それは勘弁したいので、俺は小さく口を開いた。
「あの、手、どけてもらえませんか」
精一杯の嫌悪感を滲ませ、そう言う。男は一瞬びっくりしたような顔をして手を離し、悲しそうに俯いた。
嫌悪感は伝わったようだが、なんだか悪いことをした様な気分になってくる。いや、怒るには充分な状況だったとは思うが、少し口調がキツかったと思わなくもない。
「あ……の、離してもらえればそれで良いんで顔、上げてもらえませんか……?」
少し穏やかな口調でそう言うと、男はゆっくりと顔を上げた。そして間近で目が合った。
あまりの衝撃にちゃんと認識していなかったが、男は中々、いや、かなり顔が良い方だと思った。同性の自分が忖度なく評価したのだから間違いない。
しかし、サイドに雑に分けられた重めの前髪が日本人にしては茶色の瞳を隠していて、表情が読み取れない。加えて猫背気味の立ち姿、上背は高いが厚みがなく、陰と陽に分類するなら陰の気配が強く、なんとも言い難い雰囲気を醸し出していた。
一言で表すなら勿体無い。これだけの材料を揃えておきながら、外見などまるで興味がないという事が嫌でも伝わってきた。
「あれ、その制服……」
見た目ばかりに気を取られていたが、よく見れば俺と同じ高校の制服を着ていた。と、言っても指定のネクタイは外されていて、かろうじて体型に合っていないダボダボのズボンの柄が同じで気づくことができたのだが。
「え? 一緒のだけど……」
俺の呟きは不思議なものを見るような顔をしながら、当たり前だとでも言うように返された。
だけど、おかしい。こんなに顔が良い男がいたら女子たちが騒ぐはずだ。女子たちが騒げば自ずと注目の的になるはずなのに、俺はこいつを知らない。まぁ女子は女子で見た目だけじゃなくて、スポーツが出来るだとか、勉強が出来るだとか、そういう加点も含めてイケメンと判断したりもするから、単にこいつのぱっと見の容姿が琴線に触れなかっただけのことだろう。
俺は適当な理由をつけて、こいつのことはもう流そうと思った。が、一緒の高校だと言葉を発したっきり、無言になってしまい、流すつもりが、室内がなんとも言えない沈黙で満たされてしまった。気まずい。そう思った矢先に向こうが口を開いた。
「リュージ、もしかして」
そいつは俺のことをリュージと呼んだ。見知らぬ男に名前を呼ばれて背筋がぞくりとした。
しかし、この場合、どちらかと言えば非があるのは俺の方だろう。同じ学校に通っていて、こうやって病室までお見舞いに来てくれた。多分友達なのだろう。残念ながら俺は事故のせいでこいつの事を忘れてしまっているみたいだが。
普通ならそう考えるのが妥当だが、ふと、違和感が引っかかった。
俺が無くした記憶はここ1ヶ月の話で、友達もみんな覚えている。その友達の中にこいつはいない。もし1ヶ月間の内に仲良くなったとしたら話は別だが、こいつと俺は見た目からしてタイプが違っていて、普通に過ごしていたら仲良くなるとは思えない。
委員会が一緒?
バイト先が同じ?
はたまた友達の友達?
頭を捻って考えてみるが答えが出そうにない。うーんと唸る俺を見かねて、そいつは声をかけてきた。
「もしかして、忘れちゃった……?」
いくら思い出せないとは言え、面と向かって友達に忘れましたごめんなさいとは言いづらい。言い訳を考えてみたが、どうすることも出来ずに俺は白状した。
「あの、悪い、俺、記憶喪失みたいなんだ……。って言っても1ヶ月くらいの話だからそんなに大袈裟なことじゃないんだけど……」
空気が重たくならないよう、なるべくあっけらかんと言ったつもりだったが、そいつは少しショックを受けたような顔で俺を見た。しかし、すぐに柔らかく笑うと首を振った。笑うとより一層顔の良さが際立って、不覚にもドキドキしてしまう。節操なしにも程があるだろ、と自分で自分にツッコミを入れてなんとか正気に戻る。
「リュージは悪くないよ。……じゃあ改めて自己紹介した方が良いかな?」
そうしてくれるならありがたい。話が分かる上に配慮もしてくれて、最初に抱いた印象よりも良い奴そうに見えてきた。覚えてはいないけど、こいつとならまた一から友達になれる気がした。が。
「僕の名前は黒咲アキ。リュージの恋人だよ」
安堵の表情を浮かべたそいつはゆっくりと俺の手を取った。
「心配した」
見知らぬ男に手を握られて驚くなという方が無理だろう。思わず手を引っ込めると、また腕が痛んだ。俺は声には出さずに顔をしかめる。
「あぁ、ごめんね、いきなり」
男は何を勘違いしたのか、今度はゆっくりと俺の手に自分の手を重ねた。
全身に鳥肌が立つ。反射的に動いたさっきとは違い、明確な不快感が手から全身へと流れる。見ず知らずの、しかも男に手を握られて喜ぶ趣味は無い。しかしまた手を動かすとなると痛みが伴う。それは勘弁したいので、俺は小さく口を開いた。
「あの、手、どけてもらえませんか」
精一杯の嫌悪感を滲ませ、そう言う。男は一瞬びっくりしたような顔をして手を離し、悲しそうに俯いた。
嫌悪感は伝わったようだが、なんだか悪いことをした様な気分になってくる。いや、怒るには充分な状況だったとは思うが、少し口調がキツかったと思わなくもない。
「あ……の、離してもらえればそれで良いんで顔、上げてもらえませんか……?」
少し穏やかな口調でそう言うと、男はゆっくりと顔を上げた。そして間近で目が合った。
あまりの衝撃にちゃんと認識していなかったが、男は中々、いや、かなり顔が良い方だと思った。同性の自分が忖度なく評価したのだから間違いない。
しかし、サイドに雑に分けられた重めの前髪が日本人にしては茶色の瞳を隠していて、表情が読み取れない。加えて猫背気味の立ち姿、上背は高いが厚みがなく、陰と陽に分類するなら陰の気配が強く、なんとも言い難い雰囲気を醸し出していた。
一言で表すなら勿体無い。これだけの材料を揃えておきながら、外見などまるで興味がないという事が嫌でも伝わってきた。
「あれ、その制服……」
見た目ばかりに気を取られていたが、よく見れば俺と同じ高校の制服を着ていた。と、言っても指定のネクタイは外されていて、かろうじて体型に合っていないダボダボのズボンの柄が同じで気づくことができたのだが。
「え? 一緒のだけど……」
俺の呟きは不思議なものを見るような顔をしながら、当たり前だとでも言うように返された。
だけど、おかしい。こんなに顔が良い男がいたら女子たちが騒ぐはずだ。女子たちが騒げば自ずと注目の的になるはずなのに、俺はこいつを知らない。まぁ女子は女子で見た目だけじゃなくて、スポーツが出来るだとか、勉強が出来るだとか、そういう加点も含めてイケメンと判断したりもするから、単にこいつのぱっと見の容姿が琴線に触れなかっただけのことだろう。
俺は適当な理由をつけて、こいつのことはもう流そうと思った。が、一緒の高校だと言葉を発したっきり、無言になってしまい、流すつもりが、室内がなんとも言えない沈黙で満たされてしまった。気まずい。そう思った矢先に向こうが口を開いた。
「リュージ、もしかして」
そいつは俺のことをリュージと呼んだ。見知らぬ男に名前を呼ばれて背筋がぞくりとした。
しかし、この場合、どちらかと言えば非があるのは俺の方だろう。同じ学校に通っていて、こうやって病室までお見舞いに来てくれた。多分友達なのだろう。残念ながら俺は事故のせいでこいつの事を忘れてしまっているみたいだが。
普通ならそう考えるのが妥当だが、ふと、違和感が引っかかった。
俺が無くした記憶はここ1ヶ月の話で、友達もみんな覚えている。その友達の中にこいつはいない。もし1ヶ月間の内に仲良くなったとしたら話は別だが、こいつと俺は見た目からしてタイプが違っていて、普通に過ごしていたら仲良くなるとは思えない。
委員会が一緒?
バイト先が同じ?
はたまた友達の友達?
頭を捻って考えてみるが答えが出そうにない。うーんと唸る俺を見かねて、そいつは声をかけてきた。
「もしかして、忘れちゃった……?」
いくら思い出せないとは言え、面と向かって友達に忘れましたごめんなさいとは言いづらい。言い訳を考えてみたが、どうすることも出来ずに俺は白状した。
「あの、悪い、俺、記憶喪失みたいなんだ……。って言っても1ヶ月くらいの話だからそんなに大袈裟なことじゃないんだけど……」
空気が重たくならないよう、なるべくあっけらかんと言ったつもりだったが、そいつは少しショックを受けたような顔で俺を見た。しかし、すぐに柔らかく笑うと首を振った。笑うとより一層顔の良さが際立って、不覚にもドキドキしてしまう。節操なしにも程があるだろ、と自分で自分にツッコミを入れてなんとか正気に戻る。
「リュージは悪くないよ。……じゃあ改めて自己紹介した方が良いかな?」
そうしてくれるならありがたい。話が分かる上に配慮もしてくれて、最初に抱いた印象よりも良い奴そうに見えてきた。覚えてはいないけど、こいつとならまた一から友達になれる気がした。が。
「僕の名前は黒咲アキ。リュージの恋人だよ」
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