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結婚式前夜【トナミ】
しおりを挟む「オーシャンビュー! でもシーズンオフだから海には入れない~!」
「トナミ、テンション高すぎ」
「だってこんなとこに泊まるの初めてなんだもん! しかもゼンと一緒に! これが普通のテンションでいられると思う?」
ホテルのカーテンを豪快に開き、ベランダに続く大きな窓を開ける。広めのベランダには小さなテーブルと椅子がセットされており、眼下に広がる海岸を一望できた。シーズン中には花火大会も開催されるらしく、そういう季節にはここで景色を眺めながらまったりいちゃいちゃするのも良さそうだと思った。
しかし今は二月の半ば。ただでさえ気温が低いのに海風も相まってあまりの寒さにすぐに部屋に戻った。
「寒い!」
「そりゃそうだろ」
テンションが高いオレと違い、ゼンは落ち着いていた。いや、一見、落ち着いているように見えるが、多分内心は余計なことをごちゃごちゃ考えていると思った。
その証拠に今朝は珍しく朝食を残した。
分かりやすいな、と思う。
「芽依さんの結婚式、そんなに緊張する?」
「は? 別に緊張とかしてないし……」
「ふーん……」
オレたちがシーズンオフにわざわざ海辺のホテルに泊まることになったのには理由があった。
「じゃあ、オレがついてくる必要なかったね」
「いや、それは……」
「ゼンもオレが一緒にいたら心強いって言ってたでしょ」
「そうだけど……」
ゼンに届いた結婚式の招待状。悩んだ末に、ゼンは出席に丸をして返した。オレとしては向こうが来てくれと言ってきているなら、余計な気を使う必要は無いと思ったのだが、ゼンはあれこれ悩んでいるようだった。
そもそも、元カレに結婚指輪をお願いするような良くも悪くも神経の図太い芽依は、ゼンのことを既に元カレとしてではなく、仲の良い友達として認識していると思うのだが、その辺がゼンには分かっていないようだった。
あれだけ引きずっていた手前、無理もないかもしれないが。
男は別名保存、女は上書き保存とよく聞くが、こんなに典型的な見本っているんだな、と思わず納得してしまう。
オレはどっちかっていうと上書き保存だからなぁ……
過去の関係を一々引きずっていてもしょうがない、とそういう考え方になったのはあんな生活を続けていたせいもあるのかな、と思う。来るもの拒まず去るもの追わず。時には来るものを自ら探しに行ったりもした。
「ゼンにはオレがついてるでしょ?」
出席の連絡をしたにも関わらず、いまいち煮え切らない態度のゼンに、この機会にきっちりとオレを上書き保存してもらうため、オレも前乗りについて行くことにした。
オレとしても、いつまでも心の奥に芽依がいるのは面白くない。
それに、結婚式の前乗りの同行はオレにとっても好都合だった。
なぜなら、ゼンのEDが治ってから数ヶ月、オレからキスをせがめばしてくれるものの、そういう雰囲気になるとゼンが逃げ腰になり、いつもかわされてしまっていたからだ。
毎日のように人に抱かれる生活をしていたのに、ゼンとの付き合いはプラトニックで、最初は新鮮で楽しかったものの、正直、オレも限界がきていた。
今夜、絶対に抱いてもらう!
不純すぎる目標を掲げて心の中で拳を握る。
ゼンには伝わっていないのか、心ここに在らずで部屋の中を所在なさげに彷徨いていた。
見ていられない。そう思ったオレはゼンに声をかけた。
「とりあえず、せっかくこんな綺麗なホテルに来たんだからデートしたい」
「デート?」
「そうだよ、デート! 付き合ってからどこにも出かけられてないでしょ」
責めるような口調になってしまったが、ゼンの仕事が忙しいかったのは分かっていたので、言い過ぎてしまったな、と反省した。
「オレ、ゼンとたくさん思い出作りたい」
「…………俺も」
ゼンが、ふ、と笑った。ようやくオレを見てくれて、舞い上がる。少しだけ緊張が解けたのか、表情も柔らかくなった。
やっぱりゼンの顔はこうがいい。
「じゃあ行こ!」
オレは腕を絡めて密着したいのを我慢して、ゼンの腕を引いた。
***
人通りが少ない海辺を二人で散歩して、近くのお店で買い食いをして、身を寄せ合いながらおしゃべりをする。世の中の恋人たちが普通にしていることオレたちは満喫した。陽が沈む地平線を眺め終わると、すぐにホテルに戻って予約していたディナーを食べた。
客に高い料理を奢ってもらうことが多かったので、一応マナーは分かっているオレと違い、ゼンはレストランに入った瞬間、ガチガチに固くなっていた。腕と脚が同時に出ていて面白くなる。
夜景が売りのレストランだけあって、どこの席からも綺麗な夜景が見えたが、ゼンは視界に入っていなさそうだった。
「ゼン、緊張しすぎ」
オレが笑うと、少し肩の力が抜けたのか、ゼンはオレに助けを求めるような情けない顔をした。
「大丈夫だよ、普通にしてれば」
「普通って言っても……なにが普通なのか最早分からない……」
「じゃ、オレの真似して」
普段はあんなに手先が器用なのに、危なげな手つきでフォークとナイフを使う。たぶん緊張のし過ぎで味なんか分からないんだろうな、と思うと、愛おしくなった。
「ねぇ、こういう場所でプロポーズってどう思う?」
何の気なしにオレが聞くと、ゼンが咽せた。
すかさずウェイターが水を持って来てくれた。ゼンはそれを一気に飲み干す。
「どうって……」
「ゼン、そういうの好きそうだなぁって思って」
「…………」
図星だな、と黙り込むゼンを見て思う。
ゼンは恋愛面においては本当にテンプレが好きなのだと再認識した。いや、好きなのではなく、それしか知らないのだ。
まぁ、そこは、じっくりオレの好みを教えていけばいいか。
相手を優位に立たせてあげる関係しか持ってこなかったオレにとって、自分好みに相手を育てるのは新鮮だった。
オレがにっこりと笑いかけると、ゼンは不思議そうな顔で首を傾げた。
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