プラチナピリオド.

ことわ子

文字の大きさ
上 下
31 / 36

コーヒーとココア【ゼン】

しおりを挟む

 都内の再開発地区にある立派なマンション群の一つに芽依の家があった。
 マンションの目の前には綺麗に整備された公園が広がっており、ほんの十分ほど歩けば最寄り駅に着く最高の立地だった。家族向けの物件が多いのか、公園では子どもが無邪気に遊んでおり、沢山の大人が見守っている。おそらく子育てするには丁度いい環境なのだろう。
 そんな家族連れで賑わう公園のマンションに面したベンチに一人、俯いて座っているトナミを見つけた。休日の公園には似つかわしくない陰気な雰囲気が漂っていて、はっきり言って異質だった。
 てっきりもう既に芽依の家に行ってしまっているかと思っていた俺は、トナミの姿を見た瞬間、安心して深く息を吐いた。
 俺は逃げられないように背後から近づき、思い切り腕を掴んだ。

「うわぁ!」

 急に腕を掴まれたら誰だってそんな反応になる。トナミの出した大きな声に、犬を散歩していたおじいさんが訝しげにこちらを見た。
 こんな所で下手に騒ぐと通報されかねない。

「ここにいたのかよー! 探したぞー!」

 おじいさんに聞こえるように大きめな声で言う。咄嗟の判断だったので少し棒読みになってしまった。
 おじいさんは興味が無くなったのか、再び犬を連れて歩き出した。
 ホッと息を吐いた俺はトナミの腕を掴んだまま強引に横に座った。

「トナミ、見つけた」
「離して!」

 またトナミが大きな声を出す。このままではさっきの二の舞になる。暴れるトナミを落ち着けようと声をかけようとすると、突然、ボロボロと泣き始めた。

「余計なことしてるって分かってる~!」
「え、?」
「でもどうしたらいいか分からなくて~!」
「ちょっと、待って、声……!」

 周囲がざわざわとし始めた。不審、というよりは好奇の眼差しが多数、こちらを見ていることに気がつく。どの視線も含みを持っていて居心地が悪い。
 そして一拍遅れて気付く。

 ……もしかして、カップルの痴話喧嘩と勘違いされてないか……?

 泣くトナミの腕をがっちりと掴んでいる俺は、側から見たら彼女を引き止めようとしているように見えるかもしれない。
 俺は慌ててトナミの腕を離した。両手を上げて何もしていません、と周囲にアピールする。
 トナミはなおも泣き続けていて、しばらく話は出来なさそうだった。

「……ちょっと離れるけど、絶対にここから動くなよ。逃げたら怒るからな」
「…………」

 トナミは返事をしなかったが、俺はベンチから立ち上がった。そして、少し離れた場所にある自動販売機まで駆け寄った。
 とりあえず自分用にコーヒーと、トナミは甘いものが好きだからと温かいココアを買う。温くなる前にと再び駆け足でトナミの元まで帰る。

「ほら、これ飲んで落ち着け」
「………………ありがとう」

 小さな声でお礼を言い、ココアを受け取る。泣いたせいで鼻の頭が赤くなっている。
 可愛い、と思ってしまった。

 いや、何考えてるんだよ俺は。

 トナミが泣くほど悩んでいることがあるのに、その姿を見て可愛いと思うなんて悪趣味にもほどがある。俺は出来る限り雑念を振り払うと再びトナミの隣に腰を下ろした。今度は少し間隔を空けて。

「んで、どうしてこんな所にいるんだよ」

 なんとなく、トナミのしようとしていたことは分かる。それでもトナミの口から聞きたかった。

「…………ゼンが可哀想だったから」
「? 俺が?」
「そう」

 トナミの会話は要領を得ない。それでも少しずつ事情を聞いていくことにした。

「どうして俺が可哀想だと思ったんだ?」
「それは……」
「もしかして、彼女のために作った指輪は結局渡せなくて、それなのにずっと未練タラタラで手元に残してて、同情した? 哀れに思った? だから代わりに渡しに行こうと思った?」
「そういうんじゃなくて!」

 少し意地悪な言い方をしてしまったと思った。こんな聞かれ方をしたら誰だって否定するだろう。しかし、トナミがこんなにも俺の思いを理解してくれていないと思わず、多少やさぐれてしまった。
 少し考えれば無茶な注文をしているのは分かるが、なんとなく、トナミは俺のことを理解してくれているのではという驕りがあった。

 まぁ、ちゃんと言葉にしない俺に責任はあるか。

 今まで言葉にしなかったせいで散々失敗して、後悔してきた。もう逃げないとここまで来たはずなのに、またしても俺は相手が動いてくれることを期待していた。
 俺は真っ直ぐにトナミの方を向いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...