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ことわ子

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ゼンとだって【トナミ】

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 作戦が成功してホッとしたのも束の間、仰向けに寝ているオレに被さるように、佐々木は両手をオレの両手に重ねてきた。

 普通抱き起こすとかしない!?

 至近距離で鼻息がかかり、もう一度目を瞑る。中年オヤジのドアップに目が耐えられそうになかった。

「そんなにおねだりしてくるなんて、今日のナナくんはいつもより積極的だなぁ」
「え……」

 目を開けるよりも早く、生ぬるい鼻息と共に唇に迫ってくる何かを感じた。
 思わず、オレは口を手の甲で塞いでしまった。
 手の平に分厚い唇が押し付けられる。全身に震えが走った。

「どうしたの?」
「あの、えっと……実は今日歯磨き忘れちゃって……!」

 我ながら苦しいと思ったが、今の状況を打開できる言い訳が見つからなかった。

「歯磨きくらいいいよ。少しくらい汚い方が興奮するしね!」

 全身に鳥肌が立った。冷たくなった血液が全身を駆け巡る。

「オレが嫌なの! マサシさんとは綺麗な姿で触れ合いたい……」

 落ち込んだようにそう言えば、佐々木は少しだけ気まずそうに距離を取った。

「ごめんね、ナナくんは俺のためを思って止めてくれたんだよね? 今日はキスは我慢するよ。ね?」
「うん。ありがとう」

 そう言って首に腕を回して抱きついてあげる。これで帳消しになるのだから、なんだかんだ言ってチョロい。
 オレは、死守した自身の唇を指先でそっと撫でた。

 ……まだゼンとだって、してないのに。

 自然にそう思ってしまったことに驚き、固まる。そういえば、ゼンの家に居候を始めてから、客とキスは一度もしていなかった。無意識に避けていたんだと気付き、不思議に感じた。

 まぁ、ゼンも客とキスした口で色々されるの嫌だろうし……

 答えらしい答えが自分の中に見つからず、最もらしい理由をつける。

「じゃあやっぱりこっち、触らせて欲しいなぁ」

 ぼんやりと考えていると、再び押し倒された。
 そしてまた馬鹿の一つ覚えのような胸への愛撫が始まる。

「ナナくんの気持ちいい顔はまだかなぁ」

 これはもう、オレがイッたフリをするまで終わりそうもない。ゲンナリとした気持ちで得意の声を出す。

「ん、気持ちいい、よ……」
「どこ? ここかな?」

 オレの返事が返ってくると、佐々木は嬉しそうに指で強く捻った。
 痛い、と叫びそうになるのを堪えて、気持ち良過ぎて涙が出てきた、と誤魔化す。

「ナナくんは強くされるのが好きなのかな?」

 そんなわけない。好きでもないやつからの強さなんてただの暴力でしかない。

 ゼンならきっと全部が優しいんだろうな、とゼンの顔を思い浮かべる。
 あの大きなゴツゴツした手で包み込むように触れて、いちいち大丈夫か、痛くないかって聞いてきて、それで。

 頭の中のゼンがオレに笑いかけた瞬間、佐々木がオレの胸の突起を指で弾いた。

「────ッン、ァ!」

 波打つ衝動が身体中を駆け巡ったかと思ったら、次の瞬間には一気に脱力していた。
 目の前がチカチカする。自分に起こったことが分からず、ボーッと天井を見つめる。

「今、ナナくんイッたよね!? 俺の手でイッたんだよね!?」

 現実を突き付けられ、茫然自失となる。
 違う、と否定したかったが、自分に起こったことが未だに信じられず言葉が出なかった。

「ほら見て、こんなにぐしょぐしょ!」

 怖いくらいのハイテンションで佐々木がオレの股間をさする。ズボンを履いたままだというのに、そこには深い色のシミが出来ていた。

「じゃあ今度は俺の番だね!」

 佐々木は異様なテンションのまま、自身のズボンとパンツを一度に引き摺り下ろした。
 自分の功績に興奮しているのか、今にも熱が溢れ出しそうになっていた。
 急に生々しさを感じて、吐きそうになった。

 気持ち悪い、と思ってしまった。
 妻子がいるのにも関わらず、お金でオレを買っているこの男も、こんな汚い場所でゼンのことを思い浮かべてしまった自分も。
 全部、全部気持ち悪い。

「ほら、ナナくん、ズボン脱いで、後ろ向いて」

 佐々木が要求してくる。オレに拒否権なんかあるはずがない。それなのに、もうこれ以上触れて欲しくないと思ってしまった。
 一度感じた思いは一気に膨れ上がる。
 止まらない嗚咽が口から漏れ出してくる。

「………………むり」
「え、?」
「もう、無理」
「は? 無理ってどういう──」

 オレは泣きそうになりながら、必死に四つん這いで自分のカバンまで行くと、財布を取り出し、始める前に受け取った二万円を佐々木に押し付けた。

「もう無理。マサシさんとは出来ない」

 多分、他の誰とも。

「だから、もう、帰ってほしい……」

 我慢しようとすればするほど、涙が溢れてくる。
 こんな生き方をしてきたのは自分なのに、自分で選んでこんな場所にいるのに、今更、全部無かったことにしたいなどと、都合良く願ってしまう。

「出来ないってどういう──」

 食い下がる佐々木を無視して、自分の荷物を拾い上げる。そして着替えもそこそこに部屋から飛び出した。廊下には佐々木がオレを呼ぶ声がしばらく響いていた。
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